ある日の休日〜綾香〜
久々に姉妹水入らずの日曜日。
両親の死から色々あったけど…その後はお姉ちゃんがインターンで忙しくしているけど、今日はお互い予定が入っていない。
という事は、お姉ちゃんと久しぶりにゆっくり話したり買い物行ったりできる!
今朝は私の方が早く起きたので、お姉ちゃんの好きなフレンチトーストを焼いた。
メイプルシロップとヨーグルト、淹れたてのコーヒーを用意して、お姉ちゃんを起こしに行く。
「お姉ちゃん、朝だよ~ご飯できたよ」
「ん?んー…わかった、起きる」
のそのそと起き出してきたお姉ちゃんに、冷たい水の入ったコップを手渡す。
「ありがとう」
朝起きたらまず、1杯の水。
これは麻子さんの教え。
美味しく淹れられたコーヒーを、お仏壇のパパと麻子さんにも持っていく。
「いただきます」
食事の前にはちゃんと両手を合わせる。
これも麻子さんの教え。
ただ、食べられれば…お腹を満たせば、という食事から、美味しさはもちろん、栄養バランスまで考えた食事を教えてくれたのも麻子さん。
『毎日の食事が綾香ちゃんの身体を作っていくのよ。
好き嫌いは仕方ないけど、食わず嫌いはダメ。
出来るだけ色々なものを、バランスよく食べよう』
麻子さんはいつもそう言っていた。
私の成長や家族の体調を考えて、バランスのとれた食事を作ってくれた。
嫌いだった人参も、調理法や味付けを変えて食べられるようにしてくれた。
こうしてみると、何もしてくれなかった母よりも、麻子さんの方がよほど母親らしい事を沢山してくれてたんだなって、しみじみ実感する。
お仏壇の方をじっと見つめていたからか
「お父さんお母さんの事、思い出してた?」
振り向くと、お姉ちゃんが切ない、でも優しい目をしてこちらを見ていた。
「…うん。
私、ずっと“麻子さん”って呼んでいたけど、今更だけど“麻子ママ”って呼びたかったな、ってね」
別に意地を張っていた訳でも何でもない。
ただタイミングを逃したのと…後は1回“麻子さん”で定着した呼び方を、何となく変えられなかっただけ。
「麻子ママ…って、呼んでほしかったのかな?」
「…どうかな?
あの人、そういう所拘りがないから。
綾香がニコニコしていて、家族の仲が良かったら呼び方なんて何でも良かったんじゃないかな」
——そう、かもしれない。
でも他人行儀な“麻子さん”じゃなく、1回位ちゃんと“ママ”って、呼びたかったな。
私の自己満足、かもしれないけど。
「でも、そう思うなら今からでもそう呼んであげたらどうかな?
母さん、多分喜んで義父さんに自慢するよ。
綾香にママって呼んでもらえた、って」
その光景は、割と想像できる。
『“麻子さん”と“麻子ママ”。
綾香ちゃんにとっては、両方とも“お母さん”の意味よね?
色々な言い方で沢山“お母さん”って呼んでもらえるなんて、素敵だと思わない?』
そんな事を言って、パパと一緒に微笑んでいる姿が眼に浮かぶ。
* * *
「あのね、綾香。ちょっと話があるんだけど…」
朝食の後、お姉ちゃんが切り出した話は意外なものだった。
「この家を、売ろうかと思うの…」
「…え?」
「鷺山のおじいちゃんおばあちゃんとも相談したんだけど、横浜に引っ越そうかと思ってるんだ。
おじいちゃん家じゃなく、近くにマンション買ってね、そこで暮らすの。
…どうかな?
横浜なら綾香の高校も近くなるし、蒼製作所も近くなる。
これから私は卒論でますます帰りが遅くなるし…就職すれば尚更ね。
それに今回の件で思ったんだ。
何かあった時、頼れる人が近くにいた方が良いって。
逆に、おじいちゃんおばあちゃんに私達が頼られる事もゆくゆくあるかも知れないし、そんな時お互い近くにいた方が何かといいかなって」
——あぁ、お姉ちゃんは気づいているんだ。
この家で、私が1人寂しい思いをしている事。
ううん、知っているのかもしれない。
経験上…。
お姉ちゃんが今、そしてこれから忙しいなる事は分かっている。
学校と家の往復という限られた世界で暮らしている私より、大学そして就職とお姉ちゃんの世界は先に広がっていく。
今よりもっと、うちでゆっくりする時間は減るだろう。
私のたわいもない話を聞いたり、一緒に出かけたり、そんな時間も減るかもしれない。
働き出せば、帰りが遅くなったり泊まりになったりする事もあるだろう。
そんな時、私の為にと我慢したり諦めたりして欲しくない。
私が1人家で待っている事に、引け目を感じて欲しくはない。
お姉ちゃんの足枷には…なりたくない。
寂しいけど、私だけのお姉ちゃんでいて欲しい気もするけれど…。
置いていかれたようで、ちょっと悔しいけれど、でも…。
「良いんじゃないかなぁ。
確かに防犯面ではちょっと…だもんね、この家。
セキュリティのしっかりしたマンションで、鷺山のおじいちゃんおばあちゃん家に近いところだったら、今より遊びに行きやすくなるし」
そう言うと、お姉ちゃんはあからさまにホッとした顔をした。
「そう?よかった。
マンションもいくつか候補があってね。
今度一緒に見に行こう」
「うん、せっかくだったら見晴らしのいい部屋がいいな」
「綾香、高いところ好きだもんね。
お金の件も、おじいちゃんが弁護士さん紹介してくれたから何とかなりそうなんだ。
来年からは私も働くし、その辺は心配いらないからね」
昔…小さい頃は、お互いに足りないものを埋め合うような、そんな共依存のような関係だった事もある。
それが懐かしく…戻れるものなら戻りたいという思いも、正直あるにはあるけれど。
でも、私達…ううん、私もいつまでも子供のままではいられない。
両親の死と、そして実母の存在が痛みを伴ってそれを教えてくれた。




