第二十九話 戦車?
狼牙王国の西、カルデア王国国境付近――。
このあたりは両国の長年の領有権争いで国境の線引きは曖昧になっているそうだ。
砂漠地帯で国境の目印となるものもないので当然の成り行きの気もするが、こういう領土は欲しくないな。
トラブルだけで何も役に立たない土地だ。
西のカルデア王国へは俺が直接出向けなかったので、代わりに手紙を送ったのだが、結局返事ももらえず、黙殺されてしまった。周辺国が味方に付いているというのが分からないと、向こうだって乗れない話だろうしな。
しかし、たった今、斥候が南南西から来る土煙を発見したところだが、カルデア王国軍だろうか?
味方として馳せ参じてくれたのなら万々歳だが、そういうときは普通、誰かが先行して連絡に来るものだ。敵か味方か、敵味方識別装置が無いこの世界では、うっかり同士討ちっていうのもあり得るし。
「敵!? 数は?」
リリーシュも緊張の面持ちで問う。
「およそ五百! ただ、背の低い馬車のようなもので……」
「それじゃよく分からないわ。御者は見えるのね?」
リリーシュが詳しく聞く。
「いえ、馬と手綱は見えますが、御者は衝立の後ろにいるようで、確認できません」
「ううん、馬車の前に衝立ですって?」
「馬車というのも……あれは車輪ではありません」
「ええ? なんなのよ、もう」
「申し訳ありません、初めて見るもので、アレは姫様にも見ていただいた方がいいかと」
「分かった。すぐに出る」
「待った。レムに飛んでもらった方が早いぞ」
俺はスピードを第一に考えて言う。総大将は部隊の指揮からあまり離れて欲しくないし。
「そうね! じゃ、ユーヤ、急ぐからちょっとそこに埋まってて」
「ファッ!? うおっ! よ、よせ、リリーシュ、そこまでするぶぁっ!」
転がされて砂までかけられ、本当に埋められた。
「全員、目を閉じよ!」
レムが変身を終えてから、ようやく掘り起こされ、救助される俺。
砂が口の中に入ってしまった。
「ぺっ、ぺっ、酷すぎるぞ、この扱いは……俺がいったい何をしたと言うんだ!」
「申し訳ございません、軍師殿。姫様より、キツく言われて訓練と演習までやっておりますので」
兵士の一人が申し訳なさそうに言うが、変身シーンごときに念の入ったことだ。
「申し上げます! 猫耳族アオイ将軍より、伝令! 『アレを攻撃していいニャ?』……です!」
アオイもちょっと要領を得ない聞き方だが、さっきの報告にあった『馬車のようなもの』のことだろうな。
「まだ敵の正体が判明していない。『ダメ! 指示あるまで待機』と言っておいて」
「了解しました、軍師殿!」
今回、アオイは犬耳族と合わせて二千の獣人歩兵部隊を率いている。犬耳のハチさんも仲良く一緒だ。
敵の数も多いので、南部獣人連合も頼りにしないとな。
さて……南を見るが、まだ何も見えない。
狼牙族が仕掛けてくるにはちょっと早すぎる。まだ彼らは集結している最中だ。
大軍はきちんと集まって整列してから行動しないと、ただの移動ですら混乱しがちだからな。
やってきた部隊は、狼牙軍本隊とは逆方向からだ。
「敵で無いとすれば……味方か」
俺の予想通り、リリーシュが笑顔で手を振って戻ってきた。ドワーフの親方、ギルドマスターも一緒だ。
「ユーヤ! アレが完成したぞ!」
俺を見るなり、『どうだ、ついにやってやったぞ! てやんでい!』そんな感じの顔をする親方だが……。
「え? 僕は何か他に頼んでましたか?」
約束していた鉄の剣千本はすでに受け渡し済みだ。
「アレだアレ、戦車って言ったか?」
「ああ。うえ、マジで作っちゃたんですか!」
サスペンションの他にもっとアイディアは無いのかと手紙で聞かれ、こんなのがありますよと、適当に書いた図を渡してやったのだが、もう完成させるとは。
恐るべし、ドワーフ職人。
これ以上のことは教えない方が良さそうだな。
ヤバイ兵器とか作られても、敵に情報が流れたりしたら困るし。
「調べてみるとな、槍兵を後ろに乗せた馬車はチャリオットってのがレオンハート帝国にあるんだが、車輪の代わりにキャタピラーを使ったのはうちが初めてだぜ!」
団子鼻を自慢げに指でこすって親方が言うが、さすがにエンジンまでは作れなかったようだ。
ちょっと安心した。
しばらくしてドワーフの兵士達が運転し、馬が引くキャタピラー戦車の一団がやってきた。
「このキャタピラーの材質は……木かな?」
「ああ。頑丈な樫の木を細長く切って、それをビッグスパイダーの糸を縒り合わせた縄で編み上げたのよ。苦労したぜ」
耐久性が心配だが、そこはドワーフ謹製、ちょっとやそっとのことでは壊れないだろう。
戦闘用の馬車を意識してか、車体も敵の矢を防ぐ構造になっている。
馬車を引く二頭の馬も、鉄兜と前掛けを装備しててちょっとカッコイイ。
「ありがとうございます、親方。ラドニール王国を代表してお礼を言わせていただきます。後で国王陛下も感謝状を下さるでしょう」
「なあに、いいってことよ。速度は出ねえが、どんな悪路でも車輪がハマったりしねえし、見ての通り、砂漠でもへっちゃらでい!」
「でも親方、これじゃ敵か味方か分からないから、旗は掲げてもらわないと」
リリーシュが指摘する。
「おっといけねえ、忘れてた。おい! 野郎共、旗を出せ!」
親方が大声で怒鳴ると、馬車に乗っているドワーフたちが旗を馬車の角に立てた。
青地に、緑の杉の葉が円を描くラドニール王国の旗だ。
「それと嬢ちゃん、これをくれてやろう」
親方が一振りの剣をリリーシュに差し出した。
「私に?」
「おうよ。聖銀で打った剣よ。魔法の清めはやってないが、それでも鋼よりはずっと切れ味が上だぜ?」
「わぁ! ありがとうございます! 一度で良いから、ミスリルの武器、使ってみたかったのよねぇ……ふふっ!」
「んん? 王族ならそれくらい持ってそうなもんだが」
ちょっと前までのラドニールは貧しかったからなぁ。
飛び上がらんばかりのリリーシュの喜びように、ちょっとほろりときてしまう。
「良かったですのぅ、姫様」
「だから、そこで好々爺の笑みはやめて、ユーヤ」
皆が笑って和んだが、援軍も増えて、こちらは準備万端だ。
後は狼牙軍が動くのを待つだけ。
士気も高い。
包囲網同盟を組んだ国々もそれぞれの役割でしっかりと協力してくれている。
後は、全軍の指揮、軍師たる俺の采配に勝敗が懸かっていると言っていいだろう。