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第三十話 包囲蜃気楼陣!

 包囲網同盟を崩せず、焦りを見せ始めた狼牙王国。

 彼らは彼ららしからぬ小手先の罠を仕掛けてきた。

 狼牙王国の実権を握る総大将ショーンが少数の護衛で西の砂漠に視察にやってくる――

 

 そのおびき寄せの罠に堂々と乗ってやった俺たちに対し、ついに狼牙軍も動いた。

 

「申し上げますッ! 狼牙軍総勢三万、三隊に別れて進軍を開始! こちらを包囲する模様! 数は本隊二万、分隊がそれぞれ五千ずつ! ユニコーン騎兵五千はすべて本隊に集中!」


 竜人兵の斥候が空からやってきて告げる。

 かつては人族を小馬鹿にしていた彼らだが、同盟を組んで(はや)一年、軍の運用もラドニール式に合わせてくれているので、それも信頼と敬意の証だろう。

 

「ついに来たわね」


 リリーシュが待ちかねたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。


「ああ」


 俺も勝てると見切ってこの場に来ているので、同じ顔で頷く。

 

「じゃ、リリーシュ、作戦通りに」


「ええ。各部隊に通達! 『包囲蜃気楼(しんきろう)陣』を組め!」


「「「 はっ! 」」」

 

 あああ……リリーシュは真面目な声で指示を出したけど、ちょっぴり恥ずかしさがこみ上げてくる。

 事前に作戦を話し合ったときに、俺がちょっと気取ったおふざけで「名付けて包囲蜃気楼陣!」と言ったのがそのまま採用されてしまったのだ。ガルバス将軍とルルあたりがニヤニヤ笑って聞いていたし、タミーオが「それ陣形ちゃうやん!」とツッコミを入れたというのに。

 

 ま、暗号文と思えばいいか。

 

 この砂漠では、『逃げる水』と呼ばれる蜃気楼が見える。


 先輩の三代目勇者がラドニールに秘伝として教えた方位磁石や、夜の星座で方向をきちんと見ておかないと、迷ったあげくに水を切らして蜃気楼を砂漠で追いかける羽目になりかねない。

 

 もっとも、獣人の種族のいくつかは渡り鳥のような性質なのか、方向で迷うことが無いそうだ。

 狼牙族もある程度の方向は分かるそうで、彼らが砂漠で迷うことは考えにくい。

 

 包囲蜃気楼陣とは、その追えば逃げる蜃気楼を模したもので、敵が近づいてきたら見える距離のままで逃げていくというやり方だ。

 

 もちろん、敵は包囲する気満々で囲ってくるのだから、工夫が必要だ。黄色い布を被ってカメレオン状態にして消えて見せたり、逆に大きな人型の布を旗のように掲げて距離感を狂わせたりする予定。

 全軍に黄色い布を持たせてある。

 要所には旗だけ立てて、兵がいるぞと見せかけて実は無人でしたと言うための偽装もやった。敵の斥候の目をかいくぐって短期間に仕掛ける必要があるので、移動力のある竜人族に任せてある。

 

 そして、ただ逃げるだけではどうにもならないので、これに加えて矢を使う。

 ラドニールは小国であり、籠城戦が多くなると予想した俺は、軍師に就任してからずっと、みんなに矢を作ってもらっていた。どこぞの軍師は一夜で十万本の矢を手に入れたりしちゃうのだが、地道にコツコツが一番確実ですよ?

 ラドニール兵や竜人兵にも弓矢の練習をしてもらい、弓兵の数も増やした。

 

 運用としては、Aの部隊が姿を見せて敵を誘い込み、Bの味方部隊が砂丘の上で黄色い布を被って待ち構えていて矢を放つ。

 そんな作戦だ。

 一度、布をはぐって攻撃すれば、敵もその正体を正確に理解するだろうが、策が見え透いていたとしても敵の斥候を上手く潰していけば、この作戦は有効に機能すると俺は考えている。

 

 ダメなら撤退すれば良いのだ。

 

 そのため、こちらは退路を常に確保した上で、敵の位置も正確にいち早く把握せねばならない。


 狼牙族は人の何倍もの筋力があるのでまともには立ち向かえない。

 しかし、彼らは空を飛ぶことはできないのだ。

 一方、我らが同盟軍、竜人兵は空を飛んでの斥候が可能である。

  

 場合によってはレムに変身して空から偵察する予定でいる。

 

 この『空の目』を持つか否かが、この地での決定的な差になるはずだ。




「エマ将軍より報告! 敵の北分隊と会敵! 攻撃しつつ北へ誘導中とのこと!」

 

「よし、良い感じだな」


 竜人兵はあっちこっちに移動してもらわないといけないのでスタミナが心配だが、まずは一番槍で上手くいっているようだ。

 

「ガルバス将軍より報告! 我、南分隊と接敵、作戦通りに行動中とのこと!」


 元ミストラ王国の精鋭騎兵部隊が、この足場の悪い砂漠の地でどこまでやれるか心配だったが、弓騎兵として今のところは問題ないようだ。

 

 まずは敵の包囲作戦を囮で散らす。

 戦場を広く使えば、敵もそれだけ伝令が遅れ、動きが緩慢になる。

 

「私たちも移動しましょう」


「リリーシュ、まだ早いんじゃないのか?」

 

「そうかしら? こちらが移動にかかっちゃう時間もあるし、敵との距離二キロの半分、会敵まで三十分と考えたら、そろそろ敵の本隊に一撃を与えておかないと、敵の本隊がどっちに行くか分からないわよ?」


「そうか、移動時間もあるんだよな……」


 ゲームだとこちらのターンで一瞬で部隊が動いたりするが、リアルタイムの戦闘だと移動時間も意識しておかないとな。

 

「ええ。本隊! これより、東へ移動する! 目標は敵本隊! 騎兵は先行せよ!」


 リリーシュが勇ましく騎馬隊を率いて移動を開始した。馬も砂に足は取られているが、移動は可能のようだ。

 ドワーフのチャリオット部隊もリリーシュに合わせて移動を開始したが、騎兵ほどのスピードは出ないはずだ。今のところは全力疾走ではないからいいけど。

 

 俺とレムは親方のチャリオットに乗せてもらって移動した。歩かなくて良いのは楽ちん。

 

「歩兵隊、停止! 布を被れー!」


 歩兵隊長が指示を出し、歩兵が一斉に黄色い布を被る。

 でこぼこしているが、遠目に見れば、消えて見えるかな。

 

 騎兵はそのまま隠れずに移動し、狼牙軍本隊と互いの顔が見える距離まで近づいた。


「騎馬隊、反転、下がれー!」


 先頭を駆けて指示を出すリリーシュが、器用に馬上で矢を放ち、旋回しながら進行方向を変える。

 馬もスピードを上げ、砂を蹴散らして疾走した。


「逃がすな! 追え!」


 狼牙軍の隊長が食らいつくように指示を出し、全軍で追いかけてくるが、よし、距離は縮まらない。

 これなら勝てる。

 

 そのまま後方へ下がり続け、そこで待ち構えていた味方の歩兵部隊が矢を一斉に放った。

 

「ぐあっ!」

「ふ、伏兵!」

「応戦しろ!」


 狼牙軍も弓矢持ちは何人かいたが、弓兵部隊と呼べるような規模ではない。

 筋力に物を言わせる彼らならば、槍や剣、あるいは素手のパンチが一番良いだろうからな。

 

「騎兵は北西へ向かえ! 歩兵は南西!」


 リリーシュが指示を出し、部隊を完全に分ける。

 敵のさらなる分散を狙ってのことだ。  

 

 伏兵の攻撃により、一時足が止まった狼牙軍だが、再び追いかけてくる。

 

「申し上げますッ! 敵ユニコーン騎兵部隊、接近中!」


 さすがにユニコーン部隊は、向こうの方がスピードがあるか。


「竜人兵の位置は?」


 リリーシュが竜人兵の伝令に確認する。


「北におよそ五百メートル、まもなく見えます!」


「よし、煙幕用意! 交代(スイッチ)する!」


 この世界には無い言葉で、暗号として指示を出すリリーシュ。

 煙幕を張った後は、こちらは例の黄色い布を被って隠れて休息し、代わりに竜人兵が敵を引きつける戦術だ。

 

 ま、姿が変わったのはバレバレかもしれないが、見えている敵をそのまま追いたくなるのが人情というものであろう。とにかく敵のユニコーン部隊には、竜人兵でないと逃げ切れない。




 戦闘開始から、日が傾いておよそ四時間後――

 

 相変わらずの追いかけっこをしている両軍だが、交代で休息を挟んでいる俺たちと、ひたすら目に見える敵を追いかけている狼牙軍では疲労の度合いも目に見えて差が付いてきた。

 彼らはもう走っていないし、肩で息をして汗も凄い。


「また伏兵だ!」

「くそっ! やってられるか!」

「畜生、死にたくねえ!」


 ここにきて初めて、狼牙兵の何人かが逃げ始めた。

 

「貴様ら、何をしている! 敵前逃亡など、狼牙族の名折れ、末代までの恥ぞ!」


「知ったことか!」

「ショーンの指揮が悪い! 総大将を代えろ!」


「ええい、貴様、後で牢屋にぶち込まれたいか!」


「フン、ここでくたばるよりはその方がマシだ! やめたやめた!」


 一人がそう言い返して剣をその場に放り投げると、他の狼牙兵も真似をして武器を捨て始めた。

 暑かったのか、鎧を脱ぎ捨てる者もいる。

 

「何をしている! 戦え!」


 隊長が叱り飛ばすが、武器を捨てた者は聞く耳持たずの様相だ。


「勝機! 全軍、攻撃せよ!」


 リリーシュがその隙を見逃さず、一斉攻撃を指示した。

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