第十八話 不思議の国のフェアリー
全員、黙り込んだまま、ロネッタの故郷へ入った。
「着きましたー」
「え? ここ?」
馬車から降りて、俺は困惑する。
腰まである草が生い茂っているだけの草原だ。
あたりには小人の姿も無い。
草原しか見えない。
「誰もいないみたいですが……」
ロークにも何も見えないようだ。
「くんくん、うんにゃ、近くにたくさんいるぞ」
レムが鼻をきかせて言う。
「みんなー、この人達は危なくない人だから出てきて大丈夫ですよー」
ロネッタが周りに向かって呼びかけた。
「ホントかしら」
「ロネッタの言うことだしなぁ」
確かに誰かいるようで、声は聞こえてきたが。
「ぐっ、ここでも私の信用が低いって、どーしてですかぁー!」
泣き真似をしてぽかぽかと俺のほっぺたを殴るロネッタ。
ま、そうは言ってもここの連中も本気で信用してなかったら、声も出さないだろう。
「初めまして、みなさん。ラドニール王国の軍師にして人間族の勇者、ユーヤです」
ご挨拶してみる。
すると、一斉に虫……じゃなかった、綺麗で愛くるしいフェアリー達が星屑を振りまきながら出てきた。
「「「 勇者だって!? 」」」
「お前勇者って知ってる?」
「いや、知らね」
「なんか知らんが、なんだか凄そうだぜ!」
知ってて出てきたんじゃ無いのか……。
数はやたら多いが、凄く……頼りなさそうです。
「軍師ってなんだー?」
「偉い人です!」
「「「 おおー 」」」
ロネッタが一言でまとめて納得されてしまったが、まあ、間違いでは無いと思うし、補足だけしておくか。
「私は、ラドニール王国の重臣で、ラドニールではとても大切にされています」
「重心?」
「重りか?」
「それ、食べられるー?」
「食べられません」
そこは誤解無きよう、はっきり言っておく。
「なんや、それ偉い奴ちゃうやん。食えてないやん」
「あー、ちゃんと食えるお給料はもらってます。その意味ではたらふく食えます! 百人は食わせられます」
「「「 おおー 」」」
「大物だ!」
「大物が来たー!」
幼稚園児並みの知性かとも思ったが、違うな。
ま、ロネッタくらいの知性の種族なのだろう。
となれば、同盟の話もできそうだ。
「今日はラドニールの代表として、みなさんに同盟の話を持ってきました。みんなー、狼牙王国が嫌いですかー!」
「「「 嫌いでーす 」」」
「美味しい物を食べたいですかー」
「「「 食べたいでーす 」」」
……。
「ニューヨークに行きたいかーッ!」
「「「 おおーっ!!! 」」」
「ニューヨークってどこ?」
「さあ?」
知らないのに威勢良く返事をしてくれる不思議な人たち。
丸め込むのは簡単だが、一応、きちんと彼らが得する面とまずい面は誠実に説明しておこう。
それが後々の信頼につながるのだから。
「――というわけで、皆さんの得意分野で包囲網に協力してもらえればと思っています」
数人がこっくりこっくり草の上で船をこぎ始めたが、まあ聞いてる奴がいたから良いだろう。
「得意分野かー」
「ならこれだな。そーれ」
一人のフェアリーが俺に向かって手をかざしたが、黄色い輪っかのようなオーラが飛んできた。
「よ、避けてッ!」
「え?」
ロネッタが慌てた声で言ったが……。
「ひっ、ゆ、ユーヤ様、か、顔が」
ロークがこちらを見て青ざめた顔になる。
「んん? げえ、なんか俺の顔がざらざらボコボコしているぞ? な、何をした?」
「魔物の顔にしてみましたー」
フェアリーの一人が明るい笑顔で言う。
「ええっ!?」
「戻してくれ」
「あー、私、戻し方は知らないのでー」
「オイ!」
「だ、大丈夫ですよ、ユーヤさん、しばらくすれば元に戻りますから」
ロネッタが教えてくれた。
「そうか、ふう、焦らせてくれる。で、どれくらいで元に戻るんだ?」
「一週間くらいで……」
「え? ちょっと長いなそれ……。ローク、鏡を貸してくれ」
「いえ、見ない方がよろしいかと」
「え? そんなに?」
「正直、怖いですぅ」
ロネッタも引き気味だ。
「でも、ロネッタ、君もこういう魔法が使えるんだろう?」
「ええ、まあ。でも、どの顔になるかは人それぞれなので」
「そうか。まあ、敵を混乱させるのには使えるかな」
「えへへ。そーれ!」
「いや! もう良いから! 俺の顔で遊ばないよーに」
「「「そーれ!」」」
「あっ!」
今度はロークや兵士やロネッタの顔まで変えられてしまった。
「ぎゃー、なんで私までぇー?!」
「オホン、あんまりおふざけが過ぎると、信頼問題に関わるので、同盟の話は無かったことにさせてもらいますが、いいですね?」
「そうだぞ。ユーヤを怒らせたら、オレ様も怒るぞ」
レムも腕組みして真面目に言う。彼女は魔法耐性があるようで、元の顔のままだ。ちょっと羨ましい。
「うっ、やり過ぎた?」
「まぁ、これはやり過ぎやろ。人間さんも怒ってるやん」
「ごめーん」
フェアリー達が反省して真面目モードになってくれたので、こちらも同盟の役割分担の話をして、俺たちはフェアリーの国を後にした。
現在、オークの顔と、マントヒヒの顔と、牛の顔と、正体不明モンスターの顔が焚き火を囲んで野営中。
「なんだか、シュールですね……」
「言うな、ローク。ちょっとした仮装大会だと思えば良い」
「ええ。そうですね」
「でも、黙ってたらなんだか気持ち悪いので、もっとみんな喋りましょーよー」
ロネッタが言うが、ずっと喋り続けるのも疲れるからな。護衛の二人の兵士は護衛にも神経を使っているためか、ほとんど黙りだ。ひょっとして顔の一件でロネッタを怒ってるかな?
……いや、そうじゃないな。同僚の四人がいなくなって、彼らのことを考えているのだろう。
エマもまだ俺たちに追いついていない。
彼女はきっと大丈夫だろうと思っているが、兵士の方は正直難しいかもしれない。
全員無事に、エルフの追っ手を逃れてくれていたらいいのだが。
「ロネッタ、みんなも疲れてるから、無理に話さなくたっていいだろう」
俺はそのことには触れずに言う。
「あ、はい、そうですね」
ロネッタも察したか、それで静かにしてくれた。
ちなみに彼女は同盟の連絡役を買って出て俺たちに同行することになっている。
干し肉を炙って食べ、今夜はここで野宿だ。
「ユーヤ、近くに誰かいるぞ」
寝ていると、むくりとレムが起き上がって言った。
「ん? エマが追いついてきたか?」
「いや、違う奴の匂いだ。くんくん、こいつは知ってる奴だな。誰かは忘れたけど」
「兵士じゃないのか?」
「違う」
レッドドラゴンのレムの嗅覚は信頼できる。
そのやりとりで護衛兵の二人も警戒モードに入り、剣を抜いて焚き火の周囲を固めた。