第十七話 行きは良いけど、帰りは怖い
「さーて、戻るぞぉー」
馬車に乗り込み、次のエルフとの会談に向けて気合い十分の俺。
「待ってください!」
だが、小人族のロネッタが鼻先に飛び込んできた。
「うわ。な、なんだ? ロネッタ」
「ここから南東に向かって、ぜひ、私たちのクロートの里も仲間に入れて下さい!」
「いや、うん、エルフの後でちゃんと行くから」
「ホントですかぁ?」
「いやいや、嘘は言わないぞ。な? ローク」
「はい。ユーヤ様は正直なお方です。理由無くして嘘なんて言いません」
「ん? それって、理由があれば、嘘をつくってことですよね?」
「ああいえ、それは……」
ロークが困った顔をするが、スキルを秘密にしてリリーシュに黙っていたり、外交でブラフを使ったりもしているからな。
「とにかく、エルフの後で行くから、約束しよう」
「エルフの前に行くというわけにはいかないですか?」
「いや、だって、先に南東に行ったら、遠回りにならないか?」
「いえいえ、そこはこのロネッタにお任せ! 近道があるんですぜ、兄貴。へへ」
ロネッタが盗賊を真似たのか、親指を立ててウインクしているが。
「うーん、ロネッタが本当のことを言ってるかどうか、怪しいしなぁ」
「えーっ! 何でですか! 私、今までユーヤさんに嘘なんてついたことないですよ!」
確かにロネッタが嘘をついた覚えは無いが、こいつとは会ったばかりの奴だし。
「ローク、地図を出してくれ」
「はい、分かりました」
地図を見てみたが、どー見ても、ここからはエルフの国の方が近い。というか、手前にあるし。
「で、どう近道があるんだ?」
一応、ロネッタに聞いてやる。
「あー、私、地図見てもよく分かんないんでー」
「じゃあ、駄目だな」
「だいたい、ロネッタ。お前が急ぐ理由は何だ?」
エマが理由を聞いた。
「それは、今まで話を聞いているとエルフがラスボスだって……」
俺がラスボスと言っていたから、ロネッタはエルフの後はもう真っ直ぐに帰ると思い込んだようだ。
「あー、それか。いや、確かにエルフ族がラスボスだとは言ったが、あれは一番手強いって意味で言ったんだぞ?」
「じゃあ、小手調べでレベルアップして行きましょうよー」
「いやいや、遊びの旅行じゃ無いんだから、悠長にやってる時間も無いぞ。いつ狼牙族が攻めてくるか分からないから、それまでに準備をやらないといけないし」
「だーかーらー、近道の方がいいですって」
「それ、絶対、迷わないんだな?」
「んー、たぶん?」
怪しい。ここは……。
「却下」
「エー」
「当然だな」
エマも頷く。
「ま、まあ、ロネッタさんの気持ちはありがたいですけど、こちらの予定もありますし、それなりにルートを調べて来たので、予測の立たない道は避けたいんですよ」
ロークがきちんと理由を言ってロネッタをなだめた。
「絶対、近道の方が早いのに……ぶぅ」
機嫌を損ねてふてくされたロネッタは俺のリュックの中に入って、籠城してしまったようだ。
ま、彼女のことだから、すぐ機嫌を直してくれるだろう。
「よし、出発だ」
「はっ」
巨人の国を出て、再び、エルフの国に入った。
「近道の方が早いのに……」
「まだ言うか。後でお前の里にも寄るとユーヤは約束したのだから、それでいいだろう。もうその話は出すな」
エマが叱ると、ロネッタはプイッと顔を背けて俺の頭の後ろに隠れた。
じろりとエマが俺を睨むがそれ以上のことは何もしてこない。エマに対しては俺の後ろがが一番安全だと思っているようだ。
俺ごと、パンチされなきゃいいな。
「エルフ族です」
外から兵士が言う。
通行許可を前に出してくれたから、話さえ通せば大丈夫だろう。
俺がそう思って外に出ようとすると、エマが俺を手で制止した。
「待て、私が出よう。連中は弓を持っていたからな」
「ああ。じゃあ、頼む。友好的にな」
「分かっている」
エマが外に出た。
「ラドニールの使者だな」
「いかにも。その様子なら、通行許可の件は話が通っているようだな」
「そうだが、長老が軍師ユーヤを歓迎するそうだ。小さな子供も交えての歓迎会を用意している」
なんですと!? エルフの……子供!?
「あ、行きます、行きまーす! 喜んで行かせていただきます!」
俺が手を上げて喜び勇んで外に出ようとしたが、むんずと俺をつかんで引っ張っる手があった。
「おい、何するんだ、レム」
「駄目だ、ユーヤ。奴ら、嘘をついているぞ」
「ええ!? あっ、エマ、戻れ!」
「どうした、ユーヤ。私の話し方はいつもあんなものだと、お前も知っているだろう」
「いや、そうじゃない。レムの嘘発見器だ」
「なに? ではどうする?」
「そうだな……ここは気づいていないふりをして――あの! ちょっとはぐれた仲間を迎えに行ってきます!」
俺は外に向かって大声で言う。
「それは後で我らが迎えに行く。まずは料理が冷めぬうちに、長老の家に来てもらいたい」
これはごまかしきれないな。
「総員! 逃走!」
俺は叫んだ。
「私も出るぞ」
「あっ、エマ!」
せっかく馬車の中に戻ってきたのに、また彼女が外に出てしまった。
この馬車は金属製の車体だから、中にいれば安全なのに。
「一号車を先に行かせろ! 二号車は足止めする!」
「くそっ、三時の方向にも敵だ!」
「九時の方向にもいるぞ! 畜生、囲まれてるだと!?」
馬車が急発進する中、緊迫した護衛の兵士の声が聞こえてくる。
兵士は鎧を着込んでいるが、それでも顔は晒しているので矢に対して万全では無い。
彼らも全員、助かって欲しいが……。
「レム、しんがりゲームの準備を……いや、駄目だな」
俺は言いかけて止める。
「何でだ?」
「エルフは魔法の武具を持っているはずだ。持っていなくとも、彼らは強力な魔法が使える。レッドドラゴンでも、魔法の武具だと危ないからな」
「む、オレ様はエルフ共にやられるほど弱くないぞ!」
「戦ったことがあるのか?」
「無い、けど」
「じゃあ駄目だ。連中は賢い。長生きしてる分、レッドドラゴンの対処法も知ってると考えた方がいい」
「はわわわ、カンカンって、何か馬車に当たってますよぅ!」
「落ち着け、ロネッタ。この馬車は金属製でしかもドワーフの頑固職人の作だからとびきり頑丈だ。万が一、貫通しても、お前に当たる確率はゼロに近いし、俺の懐に隠れてろ」
「は、はい! あっ、あれは!」
「んん? あ、おい! ロネッタ! どこへ行く! 戻れ!」
ロネッタは俺が止めるまもなく、自分で馬車の窓を開け、外に出て行ってしまった。
「なんなんだ、くそっ」
「ぎゃっ!」
悲鳴が外から聞こえ、誰かが怪我をしたようだ。敵か味方かも分からない。
外の様子を見たくなったが、流れ矢に当たっては、護衛してくれているエマや兵士達に申し訳が立たない。ロネッタの事が心配だったが、俺は歯ぎしりしつつ馬車の窓を閉める。
「ぐふっ! くそっ」
「ポールッ!!! 待ってろ、今助けるぞ!」
「オ、オレのことはいい、勇者様の馬車から離れるな!」
「だが、お前は来月、道具屋の娘と――」
「いいんだ。先に行けッ! ここはオレが一人で食い止めてみせる! 我が名はラドニール親衛隊ポール=アレクシス! 推して参る!」
「よせっ! ポールッ!」
そんな声が外から聞こえてしまった。
「ああくそっ! 俺にスキルがあったら! こんな時に守られてて、何が勇者だ!」
何もできない。腹立たしさを馬車の椅子にぶつけるしか無かった。その傷ついた俺の拳をロークが両手で優しく包む。
「ユーヤ様、ご辛抱ください。人にはそれぞれ役割がございます。あなたはスキルが無くとも、包囲網を作れたではありませんか。それはあなたにしかできなかったことです。兵士にも私にも、スキルに優れた剣姫でも、それはきっと無理でした」
「……分かった、ローク。そうだな、包囲網を作るのが俺の任務だ」
そしてまだ包囲網はできたばかり。これから網を動かさねばならないのだ。
「逃すな! 追えッ!」
「防げーッ!」
「囲みを突破するぞ! 速度は落とすな!」
「い、いかん、アレは!」
「デカい! なんて大きさだ……」
「まずい、来るぞッ! 馬車を右に回せ!」
「駄目です! ま、間に合いませんッ!」
「いいから避けろォおおおおおお!!!」
「フハハハ、当たれぇえええ!!!」
剣を打ち合う音が激しさを増し、敵味方の怒号が交錯し、さらに爆発音もそれに入り混じった。
外の様子が見えない状態で、馬車がぐらりと倒れそうなほど大きく揺れる。
おそらくエルフが魔法を使ったのだろう。
馬車の内部はなんとか無事だったが、まずいな、外は大混乱のはず。
だが、不意に、すべての音が消え、急に静かになった。
馬車も速度を緩めて普通にまっすぐ止まる。
「開けてー」
ロネッタが窓を叩いたので、俺は素早く窓を開けて彼女を招き入れた。
「ロネッタ! 早く入れ」
「ああ、慌てなくても大丈夫。近道に入れたから。やー、危なかった。二十人くらいで囲まれてて、もう駄目かと思いましたぁ」
「近道って……」
「木に時々、穴があるじゃないですか。アレですよ、アレ」
「いや、そう言われてもさっぱり分からんが」
だいたい、それ、どうやっても馬車が通れない大きさだろ?
「あの、もう一台の馬車は?」
ロークが外を確かめて聞く。
「あ、ヤバ。む、迎えに行ってくる!」
「お待ちを。追っ手に気づかれては逃げた意味がありません。隊長も、迎えは望んでおられないはずです」
兵士が言った。
「ええ? でも、あのままじゃ……」
ロネッタが置き去りになった兵士達を心配した。
「大丈夫、隊長達も全員スキル持ちで腕は立ちますよ。さすがに、剣姫相手ではかないませんけどね」
兵士が笑ってみせる。
レムが難しい顔をしたが、嘘だとは言わずに黙っていてくれた。
「仕方ない。先を急ぐぞ」
俺は冷徹に言う。
「ええっ? ユーヤさん!? エマさんも来てないんですよ!」
「分かってる。彼女なら、飛んで逃げられるはずだし、追っ手まで呼び込んでしまったら、こっちは全滅の可能性もある。悪いが、俺はまだここじゃ死ねないんだ。包囲網はまだ機能していない」
「そんな……」
「行きましょう。エルフ達が気づく前に、ここを離れるべきです」
ロークも言う。
エマは俺たちの次の行き先は知っているし、小人の国の場所が分からなくても、ラドニールか竜人族の里には自力で戻ってくるだろう。
きっと無事のはずだ。
無事でいてくれ……!




