第十四話 巨人国を目指して
この回は地理の話がちょっと出てくるので、後書きに例の地図を入れました
『鉄血ギルド』との交渉を円満に終えた俺たちラドニール外交使節団は、ドーアハイド山脈を北に抜け、巨人族の国へ向かった。
ただし、巨人国は狼牙王国の北側にある国なのでそちらに向かうには『エルフ魔法王国』か『狼牙王国』のどちらかを通り抜ける必要がある。
『聖法国オルバ』が仲介役となり和睦交渉が進んでいるとはいえ、戦争中の狼牙王国を通り抜けるのは無理だろう。
「ロネッタ、路銀をくれてやるから、ここから一人で東へ向かってもいいんだぞ?」
ロネッタの目的地はエルフの国の向こう、南東にある小人族の国なので、このまま北に進めば遠回りになってしまう。
俺がそう言ったが、ロネッタは背中の羽ばたかせ、くるりと宙返りすると、怯えた顔で言った。
「そ、それだけはご勘弁を。また悪い行商に捕まって、鳥かごに入れられる予感がありありなんです!」
「うーん、まあ、俺たちは構わないんだが」
そう悪い奴らばかりではないと思うが、確実とは言えないし、一度捕まってしまったロネッタとしては不安になって当然だろう。
彼女はヴェネトに買い物に行く途中、悪い行商に騙されて鳥かごに入れられ、危うく見世物小屋に売り飛ばされそうになったところを辛くも逃げだし、別の行商に拾ってもらったという話だ。
「ありがとーごぜーますだぁー、ははぁー!」
「ロネッタ、そう卑屈になるのはよせ。お前に非の無いこと、それにユーヤは良い人間だ。そこまで謙らなくても、連れて行くぞ」
エマが注意する。
「でも、ユーヤさんは軍師で、この中では一番偉い人なんですよね?」
「そうだけど、無礼講でいいぞ。俺だって元は平民なんだし、今でも平民のはずだ」
「いえ、ユーヤ様は勇者ですから」
ロークが言うがこの世界での勇者の地位ってのはよく分からないな。
「ははぁー!」
「だから、よせと言っている。お前がそこまですることはないし、特に、この男の前で何でもするなどとは言わないことだ」
エマが腕組みして俺をじろりと見て言うが、あれ、この態度、前にエマが何でもすると言ったときに、お尻を見せてもらおうとした魂胆がバレてる?
あれはあくまでも、竜人族のしっぽがどうつながっているのか、興味があっただけで、決してハイレグレオタードのお尻が見たかった訳ではない。
まだあの時点では。行けるかどうか探りを入れただけで。
「な、なんででしょう? エマさん」
「こいつは小さい女の子が大ちゅき!だからな。そんな誘惑をされては、何をやらかすか分からん」
「えっ! 小人スキーなんですか? な、なんて、マニアック……!」
ロネッタが身の危険を感じたようで両手で胸を隠してエマの後ろにすいっと隠れた。
「いやいや、襲ったりはしないぞ?」
「ユーヤよ、お前はロネッタと裸で二人きりになっても本当に襲わないと誓えるか?」
「えっ! 裸で二人きり?」
エマが言うが、そんなことになったら、俺の理性が持つわけ無いだろう!
あんなことやこんなことをやるに決まってる!
「うわ、もういいです! ユーヤさんも、私が裸になってるところを想像したら駄目ですぅー!」
「ぐえっ」
顔を真っ赤にしたロネッタが飛んできて、恥ずかしまぎれに俺の鼻にパンチをくれたが、加速してのパンチは予想以上の威力だった。
なんだよ、小人族でも戦えるじゃん。
ナイスパンチ……ぐふっ。
「まったく、迷う時点で要警戒ではないか。これではこの場の全員、二人きりにさせないように見張らねば。仕方ない、今夜から私がお前のそばで寝るからな。私から離れるな」
エマが怖い目をして言う。
「お、おう」
それってエマちゃんと夜は二人きりってことの気がするが、まあ、エマなら自衛できるか。
「そ、それって、あの、僕も対象なんでしょうか……」
後ろ手に合わせた指をモジモジとさせながら頬を赤く染めるローク。
「いやいや、何を言ってるんだ、ローク、君は男じゃないか、へへへ」
そう言いながら、ちょっとニヤケ顔の俺。
「対象だ!」
エマが腹立たしそうに断言してしまった。
「あのう、勇者殿、それでどちらに」
そういえば御者の兵士が、馬車をどちらに向けるかを聞きにきていたんだった。
「ああ、ごめんごめん、北東へ向かってくれ」
俺はエルフ王国を通って北に向かうルートを指示した。
「はっ、分かりました」
馬車が分かれ道を曲がって進み出す。
だが、ほんの数分も経たないうちに馬がいななくと馬車が急停止した。
ブレーキも装備していたようで、『ラドニール式ラグジュアリー・キャリッジ安楽ん一号』やるなぁ。
「何事だ!」
エマが怒鳴って馬車から飛び出す。そのときに開けたドアのすぐ近く、地面に矢が突き刺さった。
「ここから先は我ら崇高なるエルフの領域である。蛮族共よ、知らなかったのなら今すぐ立ち去るが良い。知っていての愚行ならばその行為を後悔するがいい」
うーん、聞きしに勝る排他的な雰囲気だな。
だが、警告無しの射撃でない分、交渉の余地はあると見た。
「き、危険だぞ、ユーヤ」
エマが顔を引きつらせるが、俺は任せてくれとばかりに馬車の外に出た。
「失礼した。我が名はラドニール王国の軍師にして外交使節団の全権大使、ユーヤと申す者。エルフの里を荒らす意思は毛頭無い。巨人族の国へ通り抜ける許可をいただきたい!」
俺がそう名乗ると、草色の布服を着た二人のエルフが眉をひそめて顔を見合わせた。
武装は弓だけでどうやら兵士では無く、猟師のようだ。
エルフ二人は判断に迷ったようで、小声で話し合い始めた。
「どうする?」
「しきたりならば、誰であろうと問答無用でいいだろう。エルフに非ずんば人に非ずだ」
「だが、相手は外交使節団、あの豪華な車体を見ても間違いは無いだろう。上に相談すべき事案だと思うが」
「そうだな。外からの干渉を招く事になっては姫に申し訳が立たぬ」
おや、議会制なのかと思ったら、エルフの国には姫と呼ばれる地位の人間がいるようだ。
「分かった。では、長老達に報告してくるから、しばし、待たれよ」
「承知しました」
二人のうち片方がこちらの見張りにつき、片方が報告に向かったようで走り去る。
それにしても、エルフか……確かに長い耳先が尖っている。
男というのが残念だが、美形だ。
これは、期待できる。
特にエルフの幼女は!
「フフフ」
「むっ、貴様、何か企んでいるのか?」
「あいや、そうではなく。楽しい事を想像していただけで」
「ふん、どうだかな。しかし、ラドニールと言えば、ドーアハイド山脈の南向こうの国だろう。なぜそんな離れている国が巨人国へ向かう?」
「我々は狼牙王国の侵略を受け、戦争中です。ですので狼牙国の周りの国に協力を求めようと、外交をやっているわけです」
「なるほどな。だが、弱き人間族に協力する者などいまい」
「いいえ、すでに竜人族とドワーフ族は協力の約束をしてくれました」
「なに……? なるほど、竜人族が護衛に付いているからには、人族お得意のハッタリというわけでもなさそうだ」
俺の前に立っているエマを見て、エルフもすぐに納得したようだ。竜人族のプライドの高さについては、彼らもよく知っているのだろう。
「ラドニールは今年豊作でしたが、エルフの里はどうでしたか」
待っている間、あまりにヒマなので、情報収集にいそしむことにする。
世間話だ。
「そんなこと、知ったことか。話には付き合わんぞ」
にべもない。
相手を怒らせては意味が無いので、俺も肩をすくめて馬車の中へ入った。
「ユーヤさん、この人達とも同盟を結びたいんですか?」
ロネッタがちょっと心配そうに聞いてくる。
「まあね。ただ、この感じだと駄目元だな」
「そんな感じですねえ。あ、うちの家族とお友達には私から頼んでみますので!」
「ありがとう、ロネッタ。まあ、代表の人と話すから、そんなに頑張ってくれなくてもいいよ」
「でも、クロートにはそんな代表みたいな人って、いないですよ?」
「んん? そうなのか?」
「ええ、国王とか長老とか、そういうお偉い方は一人もいないです」
「じゃあ、誰が国の方針を決めるんだ?」
「いや、そういうのも無いので……」
「でも、何か、決めなくちゃいけないときがあるだろ?」
「そんなときはみんなで話し合って決めますね!」
「ふうん? 民主主義ってことかな」
「よく分からないけど、そうじゃないですかねー」
ま、それは行ってみたときに調べればいいだろう。
小人の国は離れているから重要度としては低い。ロネッタの申し出はありがたいが、後回しだ。
ロネッタに小人の国の風習をあれこれと聞いていると、ようやくエルフの相方が戻ってきた。
「ラドニールの使者よ、待たせたな」
「いえ、それで、結果は……?」
「長老達の話し合いの結果、内なる声の導きにより、寛大にもお前達の通行を許可しよう。ただし、今回に限り特例だ。不遜なる狼共との戦で、お前達が我が領域を通る他ない事情も考慮してだ。帰りも通ることを許可する」
「おお」
「だが、決まったルートを少しでも外れれば、不法侵犯と見なし、その場で処刑する。くれぐれも気をつけることだ」
「分かりました。寛大なる措置、ありがとうございます」
帰りも許可をくれるというのはありがたい。彼らも、狼牙族の侵攻を受けているようだから、こちらの外交が成功することを願ったのだろう。長老達には包囲網のことは話していないが、彼らの知能ならば、その結論を導き出してもおかしくない。
ただ……帰りの許可がすでに出ていながら、それ以外のルートは処刑。
これは交渉の余地は無しと見るべきだろう。
この国は不干渉を貫くつもりらしい。
エルフの高度な魔法があれば、強力に違いないのに残念だ。
ま、自力で狼牙王国に対抗できるのなら、わざわざ組もうとはしないか。
巨人族や小人族も包囲網に加えた上で、勇者を名乗り、あともう一つ切り札があれば……あるいは、と言うところかな。
待ってろよ、まだ見ぬエルフの幼女よ、俺はまだ諦めた訳じゃ無い。