第十五話 二人の姫
(視点が別人に変わります)
黒髪の少年がじっと森の奥を見据えた後、乗り込んだ黄金の馬車。
その車列が森の中を進んでいくのを、木の上から優雅に睥睨する者がいた。
その近くに控える配下が気遣わしそうに言う。
「ミレット様……、よろしいのですか?」
「んー?」
問われた彼女は、きらびやかな絹服のミニスカートに身を包んだ深紅の瞳と髪を持つエルフだった。
深紅の髪はエルフでも極めて珍しく、数百年に一度しか生まれぬ色合いである。
ゆえにミレットは絶大なカリスマを持つこととなり、姫として崇められ君臨しているのだ。
『烽火の姫』と。
――いや、それだけがエルフの頂点に君臨している理由では無かった。
予言者ミレットは他のエルフの知性を凌駕するスキルを持っているため、恐れられてもいた。
配下は緊張しながらも、自分が懸念した理由を述べた。
「我らも狼共には苦戦しております。彼らが包囲網を作るということであれば、孤高の方針は一時脇に置いておいてでも参加した方が……」
「あなた、ひょっとしてバカなのぉー?」
「もっ、申し訳ございません! エルフこそ至高ッ! ハイッエルフ!!!」
手を胸に当て絶叫する男。それはエルフの中のエルフたれという合い言葉のようなものであり、エルフ族の結束を高める麻薬でもあった。
「大きな声を出さない。ここで見てるのがバレるでしょ、バーカ」
「は……」
冷や汗を垂らしながら縮こまる男に、別の配下達が鋭い視線を向ける。
ミレット様のお叱りを受けるとは裏山けしからん。
この場にいる紅姫親衛隊は選び抜かれたエリートであり、何より護衛の能力が優れていなければならないのだ。
護衛に長けた体格を持ち、何らかのスキルも併せ持つ。
だがいくら優れたスキルがあろうと、護衛に支障があるようなおつむでは困る。
エルフは最も賢き種族なのだ。
「ご安心を。き奴らにはしっかりと監視をつけ、万が一、怪しい動きがあれば即刻、始末します」
仲間の失態を嘲りつつ、別の護衛が自信ありげに言う。
「アンタもバカね」
「なっ! も、申し訳ございません」
「もー、なんで分からないかなぁ。ラドニール包囲網と狼牙王国が潰しあってどっちも弱ってくれた方が、ミレット達にとっては最高じゃん?」
「「 おお 」」
配下達が感心した目つきでミレットを見上げ、そしてすぐに慌てながら視線をそらす。
そのミニスカートは見せる前提のものとはいえ、やはり女神の絶対領域を覗き見るのは恐れ多いことであった。
「だから少々の動きで始末しちゃ、だーめ。包囲網はちゃーんと作ってもらわないと。でも、あの軍師、よほど切れるわね。ミレットのスキルを使わなくても狼ちゃん達に勝つって分かっちゃうもの。でしょ?」
ミレットが配下に同意を求めた。
「も、もちろんでございます。竜人に加え、ドワーフのミスリルの武器、それにラドニールが従えている獣人共、それに巨人まで加わるとなれば、狼牙の大群もただでは済みますまい」
「んー、まあ、それもあるけどぉー、あの軍師の知恵よ。普通、弱い国が隣同士で組むってのはよくある話だけどさー、ぐるっと周りを全部取り囲む同盟を作り上げようとするなんて、ちょっと思いつかないじゃない?」
ミレットは蠱惑的に人差し指を自分の唇に当て、そしてクスッと笑う。
「確かに」
「思いついたとしても実行にはなかなか移せないわ。しかも一番小さな国が主導権を取るなんてね。ラドニールにそんな賢い軍師がいるなんて話、ぜーんぜん聞いてなかったしぃ、あの年で今までスキルを隠していたって訳でもないでしょうし、どこか大陸の西からやってきたのかしら?」
「これは古き伝承にございますが、かの国はかつて勇者を呼び出して魔王を屠っております。あるいは、『知恵の勇者』を呼んだのでは、と。ちょうど去年はその条件たる二連月食が起こった年でもあります」
「ふーん? ふふ、知恵の勇者。なにそれ面白そー!」
「で、ですが、それが真ならば、危険では?」
「とーぜん。だから潰し合って弱ったところをキュッてしちゃうのよ」
ミレットはかわいらしい顔で両手を絞り、勇者抹殺を命じた。
ミレットにとっては魔王ですら、恐れる相手ではないのだ。
「「「 はっ、ミレット様の仰せのままに! 」」」
「ま、どんなに知恵があったところで、未来を予測できるミレットちゃんの超スキルがあれば、よゆー! みたいな? ミレットォー」
「「「 ハイッ! ミレットハイッ! ミレットハイッ! ミレットハイッ! ハイハイハイハイ、フォーッ!」」」
拳を振り上げ大声で自分の名を唱和する配下達にミレットはうっとりしながら喜んだ。
すでに黒髪の軍師は見えなくなっており、いくら声を出そうがもう構わない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(視点がさらに別人に変わります)
同時刻――エルフ達が威勢良く拳を振り上げ、自分達の栄光の未来を確信していた頃、狼牙族の姫ブランカは絶望を味わっていた。
「ば、バカな。それでは謀反ではありませんの!」
父のいない玉座の間で重臣から報告を受けたブランカは声を荒げた。
まだ皇太子として認証を受ける前とはいえ、王位継承権第一位は間違いなく自分なのだ。
父ロボウの実の一人娘であり、常に父のそばにいた。
それを、どうして他の馬の骨とも付かぬ人間が、王位を主張できるというのか。
「ですが、すでに軍師殿――いえ、逆賊ショーンめは陛下の剣を王家の証として主張しております」
「剣がどうしたと言うのです。そんなもので王位継承権が取れるとでも?」
「いえ……ただ……」
「いいからおっしゃいな」
「失礼ながらブランカ様はまだ年齢が幼く周囲を納得させるには、それだけの後見人が必要かと。しかし、ゴーマン将軍は敗戦の責任を取られ今は謹慎中、ハイネ将軍もどこへ行かれたのやら連絡が付かぬ状態です」
「では、ゲオルグ将軍を後見につけますわ。それでいいでしょう」
「は」
長らく病で伏せっているゲオルグでは心許ないと部下は感じたが、適当な人物が他にいないのも事実である。
それに、王位継承権の障害はそれだけではなかった。
ここでは恐れ多くてとても口にはできないが、ブランカ姫のその美しき白髪は両親とは異なる髪の色であった。それは妾の子ではないかというウワサが王都では飛び交っているのだ。
おそらく、裏切った軍師ショーンの仕業と思われるが、しかし、色が違うのは事実であり、人々の疑心を呼び起こすには充分であった。それがもしも本当であれば王位継承権の順位は大きく変わってしまう。
部下が後見委任の件をゲオルグ将軍に伝えるべく扉を開けたが、しかし、外からいきなり兵がなだれ込んできた。
「ぐあっ!」
「な、何事!」
「王位を騙る妾の子を討ち取れ! 狼牙の王にはサウスブルーマウンテンの血筋こそがふさわしいのだ!」
「「「 応! 」」」
「なんてデタラメを。ワタクシもサウスブルーマウンテンの出ですわ!」
「い、いかんッ! 姫様をお守りするのだ!」
親衛隊長が血相を変えて衛兵に怒鳴る。
こうなった以上、どちらの主張が正しいかなど論じていても意味が無い。
相手は剣を抜いて玉座の間に入り込んできたのだ。
反逆罪も覚悟の上だろう。
だが、いくら武技に秀でたエリートの親衛隊でも、これは相手の数が多すぎる。
よもやこんな力業で王位を取りに来るとはこの場の誰も予想していなかったのだ。
それだけに、警備の強化が遅れたことが悔やまれた。
「姫様、こちらですじゃ」
玉座の後ろから聞き覚えのある声をかけられたブランカはそちらを見て驚く。
「ゲオルグ! あなた、病気で寝ていたのではないの?」
「ええまあ、寝ておりましたがの、さすがにこううるさくては、おちおち寝てもいられませんでな」
昔は父と並ぶ豪傑だったそうだが、今ではすっかり痩せこけて見る影も無い。
総白髪で長いひげを蓄えた老将は、杖をつき、立っているのもやっとではないかという弱々しさだ。
この男に後見を頼むなど、間違いでは無いか――とブランカは思ったが、他に良い人物も思いつかない。
武門で鳴らす狼牙王国において、四天王と呼ばれる武将より偉い人物は王しかいないのだ。
そして今はその王がいない――。
「ブランカを逃がすな!」
相手もすぐに気づき、兵がこちらへ斬りかかってきた。
「やれやれ、今は味方同士で斬り合っている場合でも無かろうに、困った奴らじゃ、ほいっと」
杖で軽々と剣を受け流したゲオルグが、そのまま兵士の首根っこを杖で突く。
「ぐえっ!」
それだけで簡単に兵士が倒れた。
「やりますわね!」
「お褒めいただいて恐縮ですが、ワシ一人ではとてもこの人数は捌ききれませぬ。お急ぎを」
「このワタクシに、おめおめと逃げろと言うの?」
「今はご辛抱くだされ。雑兵の手にかかってはそれこそあの若造、ショーンの思う壺ですぞ?」
「こんなやり方、認められるはずが無いわ、絶対に!」
「ええ、ですが、実行犯も処刑して、あちらは知らぬ存ぜぬで通す事でしょうな」
「えぇ?」
それで通るとは思えないが、ブランカが死んでしまえば、他にふさわしい王族も立てられないだろう。
こんな横車で地位を脅かされるとは、ブランカは情けなくなった。
それもこれも、父ロボウほどの統率力が自分に無かったためだ。
下唇を噛みしめつつ、ブランカは自らも剣を振るって、玉座の間の裏手からなんとか脱出に成功した。
「さ、姫様、こちらですじゃ」
「いいえ、こっちよ、ゲオルグ」
カーテンをはぐり、王族だけに知らされている秘密の通路を通ってブランカは城外へ出た。
「将軍、ご無事でしたか」
ゲオルグの部下が馬車を用意しており、それに乗り込む。
「姫様、これをお被りくだされ」
渡されたのは黒髪のかつらであった。
「私に、変装してまで逃げろと言うの? この白髪はお父様が褒めて下さっていたのに……」
「あなた様のお命には代えられません。さ、急いでくだされ」
ゲオルグ自身も髭に炭を塗りたくり、黒く染め始めた。
「覚えていなさい、ショーン。この屈辱、決して……決して忘れませんわ」
幼き王女は復讐の光をその瞳に宿し、その小さな拳を血がにじむまで固く握りしめた。




