第十八話 ご神託
オルバ聖法国の大幹部、マザー・ナサリーが勇者である俺に伝えたい『ご神託』があると言う。
神様のお告げなんて正直、俺は信じてもいないのだが、聖法国が神の言葉を告げるとなれば、重要な事だろう。
オルバが何を望むか。
これは神の言葉であると同時に、オルバの総意でもあるはずだ。
てっきり策士のジャンヌが俺を強引にここへ連れてきたんだと思っていたが、少し事情が違っていたようだ。
「お、お待ち下さい! 我らはラドニールの国の者。聖法国の神聖なる儀式にお付き合いするのは、何と申しますか、そのぅ……」
リリーシュがご神託で俺を寄越せと言われては敵わないと思ったか、心配して止めに入る。
「安心おし、別に取って食おうなんて思っちゃいない。それに神の言葉をどう受け取るかはその人次第。聞いた後で無視してもらっても構わないよ」
「大司母様、それは……」
今度はジャンヌが困った顔をする。聖法国のご神託を公然と無視されては、彼らの面子も丸つぶれだろう。
さて、遠慮して聞かずに帰るか、無理難題であろうと聞くか。
聞かない方が無難だが、何というか、マザー・ナサリーは信頼に値する人物に思えた。
地位を振りかざしたりしない。相手への思いやりがある。
狼牙国の軍事力をちらつかせてのご招待は強引だったが、それは策士ジャンヌが画策したものかもしれない。
決めた。
「聞きましょう」
「ユーヤ! 知らないわよ、もう……」
「いや、リリーシュ、ここで聞かないというのもかえって失礼だろう」
「それはそうだけど」
「気を遣わせたようですまないね。ま、聞けば分かることさ。では勇者よ、心してお聞き、これより天啓を伝える。これは聖女アルマが夢枕で聞いた言葉であるが、神の言葉と心得よ」
聖法国をここまで大きくした奇跡の少女。
その彼女が聞いた言葉とは――。
「……禍々しき闇が地上を支配せんと蠢いておる。その闇の深きこと、地獄の底よりもさらに遥か下なり。闇がすべてを支配するとき、世界は生きとし生けるものの血涙の洪水に染まるであろう。大地は枯れ果て、水は毒となり、風は怒り、火は至る所で暴れ回る。命はかくも短くなりけり」
何か良くない予言のようだ。
「しかし、世界に一縷の希望の光あり。大陸の辺境、最も朝日が早く訪れる国に呼び出されし人の子の勇者、この災厄を乗り切る術を持つなり」
この世界でも朝日は東から登るので、中央大陸の中で朝日が一番早く来るのは『自由交易都市ヴェネト』だ。その次がラドニール王国。国に呼び出されたということからしても勇者とは俺のことだろう。
しかし、闇に対抗できる術なんて持ってないんだが……。ヴェネトに呼び出された勇者が他にもいるのか?
「その者、奇跡を持たず。力無き者なり。されど道理を示す者なり。やがて勇者の下に多くの強者と民が集い、大きな力となれり。白衣の国と武の国、微笑みの国の誅伐に破れたり。黄金の川を作り、虹の橋を渡りし勇者、偽りの勇者を倒し、忌み嫌われし紅玉と黒き魔剣を使い、この闇を打ち払うであろう――」
奇跡も力も持たないのは俺なんだが……
『道理』ってどういう意味だっけ?
ま、最後にどこかの勇者が闇を打ち払ってくれるなら、万々歳だ。
気がかりは、偽りの勇者が倒されるってことだが……うん、俺は今日からもう勇者を名乗るのは止めよう。
俺が偽物だったら困るし。
文官ユーヤだ!
黄金色の川と虹なんて、ラドニールの国民全員を山に集めて一斉に『おしっこ』をしてもらったら――ゲフン、いや、何でも無い……川を作るなんてそんなの俺には無理だから。
「以上じゃ」
「凄い……さすがお父様とクロフォード先生が呼び出した勇者ね!」
「おおー」
リリーシュ達がキラキラした目をこちらに向けてくるが、俺はすぐさま言う。
「あ、リリーシュ、俺は文官ユーヤだから。そこんところよろしく。今日から俺、勇者辞めるわ」
「はあ?! 何でよ。ユーヤは勇者でしょ。正真正銘の勇者だから。世界を救わないでどうするのよ」
「そうだぞ、ユーヤー」
やめて、俺を死地に追いやらないで。
「お前ら、今の予言をよく聞いてたか? 偽の勇者が登場するんだぞ」
俺は大事な事を言う。
「それは、いーえ、ユーヤが本物よ。決まってるじゃない」
「そーだー!」
「うむ、ユーヤが本物だ」
「僕もそんな気がします」
ダメだこいつら、早く何とかしないと。
「ほほ、まだ偽物と決まっておらんのに、随分と弱気な勇者じゃのう。ま、それはいずれ分かるであろう。このオルバを倒す者こそが、真の勇者じゃ」
「「「えっ?」」」
「マザー・ナサリー! 白衣の国とはオルバのことではありません! 我が国にはあなたのように違う色の服を着た人間もいますが、ラチェット王国の国旗は白いローブ、国を言い表すならば、まさしくラチェットのことでしょう。それに微笑みの国は『微笑みの神獣』がいるカルデア王国のことです」
ジャンヌが声を荒げるが、予言が抽象的な言葉のために、彼らでさえ見解が分かれているのだろう。
ま、そんなあやふやなものを真に受けてはダメだな。
夢は夢、占いは占いだ。
人事尽くして天命を待つ。
合格を神に祈るヒマがあったら、勉強する方がよほど確実だ。
「フン、どっちだっていいよ、そんなもの。だが、武の国は狼牙で間違い無いだろう。戦争バカの国さね」
『狼牙国』はオルバの同盟国だと聞いているが、マザー・ナサリーの吐き捨てるような物言いだと、どうも彼らを嫌っているようだ。
「しかし『狼牙国』は大国です。そう簡単に破れるとは思いません。武を重んじる『竜人族』のことでは?」
「さてね。さ、これで用事は済んだ。神のお告げは確かに伝えたよ。あとは、ユーヤ、お前次第だ」
「はあ。じゃ、とりあえず……帰国しても?」
「構わないよ。忙しいだろうに、無理を言って済まなかったね」
少しほっとしたが、ジャンヌが口を挟んだ。
「お待ちを。これは条約としてラドニール国王との間で取り決めたこと。簡単に予定を変えてもらっては困ります」
「シスター・ジャンヌ、ラドニール国王が勇者を早く返してもらって何か困ることがあるのかい?」
「いえ、それは……我が国の外交的な威信もありますし」
「それを言うならこちらだってラドニールとの外交関係もあるだろうに。ま、国事はお前さんの担当だ。老いぼれが口を挟んでも上手く回らないだろう。任せたよ」
「はい、最初の予定通り、一週間こちらにご滞在頂き、それから速やかにご帰国して頂きたく。よろしいでしょうか、勇者様、王女殿下」
リリーシュが俺の顔を見る。
俺が決めていいようだ。
できれば早く帰りたいが、もしも予定を超えてこちらに引き留めるようならシスター・ナサリーが黙っていないだろうし、聖女もラドニールにいるのだ。
オルバの目的も理解できたし、彼らも無理に俺を引き留めたりはしないだろう。
「いいでしょう、予定通り、観光させてもらいましょうか」
俺は頷いた。
「良かった。ありがとうございます、勇者様」
「大丈夫かしら……?」
リリーシュはまだ心配しているようだが、こちらには万が一の時にもレムという切り札がある。
心配は要らない。