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第十六話 聖法国

「おい、お前はもう一台の馬車で行く予定ではないのか」


 馬車に乗り込んできたジャンヌに、エマが言う。ジャンヌの護衛が二人、後ろの馬車に乗っているはずだ。


「ええ、そのつもりでしたけど、せっかくの道中にお話もできないなんて寂しいですし。どなたか私と代わって頂けますか?」


「断る」


 エマが、にべもなく言う。


「そう言わずに」


「あー、では、僕が」


 気の良いロークが立ち上がりかけたが。


「待てローク。良い方法がある。レム、こっちにおいで」


「うん」


 レムを俺の膝に乗せる。彼女はフード付きローブを着ているので、角は上手く隠している。


「これでみんな仲良く五人乗れるぞ」


「おおー、ユーヤ、天才だな!」


「そうですね!」


「フフフ」


 軍師たるもの、このくらいは当然でござるよ。


「ううむ、ま、いいだろう。出発だ!」


 よし、エマが妥協してくれた。

 ああ……幼女の小さなお尻を膝に乗せる幸せ。ここは夢か天国か。


 だが、当然、リリーシュがすぐに気づき、俺の幸せはあっさりと奪われてしまった。


「ほんっと! 油断も隙も無いんだから。レム、ロリコンにくっついちゃダメって言ったでしょ」


「はぁーい」


 リリーシュの馬でレムが二人乗りになったが、まあ、それでもいいだろう。


「ロ、ロリコン……」


 ジャンヌが俺を汚らわしい物でも見る目つきになったが、聖法国はその辺りは厳しそうだな。残念だ。


「オホン、と、ところで、レムさんは、どういったご関係で?」


 ジャンヌが確認してきた。


「彼女は孤児で、今はラドニールに住んでいるんです」


 嘘では無い。レッドドラゴンだけど。


「そうでしたか……可愛らしい王女殿下の妹君ですね」


 気遣わしげな目をして微笑んだジャンヌは、外交の時は手強かったが、それほど悪い人間でも無さそうだ。


「そうですね。まあ、姉妹二人とも(・・・・)手がかかるんですが」


 俺は肩をすくめた。


「まあ、ふふふ」


 


 聖法国までの五日間の道のりは、結構な数のモンスターが立ちはだかったが、リリーシュとジャンヌの護衛達が片付けてくれた。


「さあ、ユーヤ様、あれが聖法国オルバです!」


 ジャンヌが馬車の窓から覗いてみろと勧めるので、身を乗り出して外を見た。


「へえ、あれが」


 純白に統一された国がそこにはあった。

 すべての建物は白いモルタルや漆喰(しっくい)を使っているようで、白亜の壁が並んでいる。

 並びは不規則だったが、綺麗な街並みだ。


「うーん、確かに綺麗ね……」


 リリーシュが何か引っかかるのか、素直には褒めていない。


「おおー、なんか美味そう」


「食べられないぞ、レム」


「分かってるよ!」


「かなり大きいですねぇ」


 ロークも感心したように言う。


「エマさんはご覧にならないのですか」


「不要だ」


「それは残念です。素晴らしい景色だと思いますけど」


「竜人族は見た目や飾りよりも礼と武を重んじる。覚えておくことだ」


「はい、そうしますね」

 

 ジャンヌは怒った風でも無く微笑んだ。


 馬車は美しい白亜の街並みをまっすぐに通り抜けると、巨大な神殿の前で止まった。


「ここが大聖堂です」

 

 正面に立ちはだかった巨大建築物は、とにかく尋常な大きさでは無かった。

 いったい誰が使うというのか、その入り口は身長の何十倍という遥か上の高さまである。これは巨人が住まう城か? 威圧感が半端ない。


 馬車を降りた俺達は思わず、そろって口を半開きにして建物を仰ぎ見た。


「うへえ…」

「ふおお、おっきい!」

「これは……凄いわね」

「ううむ…」


 よくもまあ、こんなものを作ったものだ。

 宗教的に威光を示す役割もあるのだろう。


「さ、こちらへ。聖女様は不在ですが、大司母様がお待ちです」


 ジャンヌの聞き慣れぬ言葉に、俺は聞き返した。


「大司母様?」


「ええ、大司母様はオルバ国民の母、国母と言っても良いでしょう。マザー・ナサリーは大司祭の中でも最高齢の御方です。聖女が神の奇跡を呼び起こすのに対し、大司母は教えを(つかさど)る御方。そのお人柄もあって、皆に敬愛されております。そうですね、私より上、聖女様と同格とお考え下さい」

 

 オルバの長老、実力者か。


「うっ、どうしよう、私、王女としてご挨拶しないとまずいわよね?」


 自分から付いてきた癖に、リリーシュが引きつった顔で落ち着きを無くした。


「もちろんですじゃ、姫様はラドニールの第二王女、この使節団の中では最も格上、正式なトップであらせられますぞ?」


 俺は意地悪く老臣ぶって言う。


「ユーヤぁ、そこを何とか。だいたい、あなたが呼ばれたんでしょ、勇者様ぁ」


 すがって泣きつかれた。


「仕方ないな。ラドニールの印象もあるから、シャキッとしててくれ。あとは俺が何とかするから」


 剣を持たせれば怯むところを知らぬ『剣姫』も外交となると苦手分野のようである。

 今まで国王や姉様に全部やってもらってたんだろうし。リリーシュも儀礼的な挨拶くらいはできるだろうが、政治的な交渉や権謀術数が絡んでくるとなると、裏表の無い性格の彼女には難しいだろう。

 俺の返答を聞くと、リリーシュは安心したのかほっとした様子で肩をすくめた。


「ありがとう。まさかここに来てそんな大物が出てくるとは予想してなかったわ」


 ここは相手のホームグラウンドだから、聖女がいなくても色々と大変だと思うのだが。

 ただ、まあ、ジャンヌにしても国母にしても、聖法国側はリリーシュ相手に外交の条件交渉などはしてこないだろう。

 してきたとしても、国に持ち帰って国王陛下にご相談しますと言えばそれでいい。

 国と国同士の交渉事となれば、最後に大事な事を決めるのはトップである。


「ご心配に及ばずとも、難しいお話はなさらないでしょう。マザー・ナサリーは『奥の祭壇』においでです」


 ジャンヌが表情を(なご)ませてそう言い、俺たちは足音が反響する大理石の広間を抜け、長い長い廊下を通り、これまた長くて立派な階段を登っていく。

 そこかしこに天使や神を模した彫像や装飾があり、それがステンドグラスから差し込む光によって淡く赤や青に色づいている。

 おそらく、お日様の位置によっても色味が変わり、見え方の感じが変わるのであろう。

 まさに建物そのものが芸術品だ。


 だが――あまりにも広い神殿に俺は一つ気になった。


「ローク、オルバ聖法国って、新興の国だよな?」


 なので低い小声で、下調べをきっちりやってくれているはずの、頼れる小姓様に聞いてみる。


「はい、そうです。オルバ獣人国から変わったのが大陸歴520年ですから、今から七年前になりますね。その時にはこの神殿は無かったはずですが……」


 ロークも建物をどうやって七年間で仕上げたのか、不審に思ったようだ。


「この大聖堂は数多くの信徒の献身的な働きによって三年がかりで完成しております。もっとも、設計や彫刻など、専門的な技術が必要なところは、対価を支払い、エルフやドワーフ、巨人族の方々にも手伝って頂きました」


 ジャンヌが聞こえたようで説明してくれたが、なるほど、この世界は巨人族もいたか。

 対価を支払ったということだが、取引ができる相手なら襲われる心配も無いかな?


「それにしても、『奥の祭壇』にはまだ着かないのか? そろそろ歩き疲れてきたぞ」


 エマが文句混じりに言うが、運動不足気味の俺もちょっと足が疲れてきた。


「ええ、もう少しだけ、ご辛抱を。『真徒の道』を抜ければすぐですから。――ここです」


 ジャンヌがそう言った先、廊下の向こうが明るくなっている。

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