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第八話 勇者の怪しい行動、そして狼

 城下町の通りで良さそうな家を見つけた。

 兵士とロークを連れた俺はそのドアをノックする。

 

「はい。あっ、な、何かうちにご用でしょうか」


 出て来た二十代の女性は結構美人だった。


「文官のユーヤと申します。今、よろしいですか」


「え、ええ」


「お邪魔します、フフ」


 兵士を連れているせいか、断られることは無い。


「ママー、お客さん?」


 おっと、小さい女の子、発見。歳は四歳くらいか、メモメモと。


「ええ、あなたは向こうに行っててね」


「うん……」


「あの、それで……」


 不安そうな母親がこちらを見る。


「簡単なアンケート調査です。これもラドニール王国のため。陛下にもご許可を頂いておりますので、どうかご協力を。なーに、すぐ済みますよ」


「はあ、いったい、何をお知りになりたいのですか?」


「まず、お名前と家族構成を教えて下さい。年齢も」


 質問に素直に答えてくれたが、この家は靴職人の夫と三人暮らしだそうだ。


「ほうほう、ご主人は、今、職場ですか?」


「え、ええ……」


「今月、何を買ったか、できるだけ詳しく教えて下さい。値段も」


「ええと、この子の下着と、コップと……」


「下着はおいくらでしたか」


「安物です」


「具体的な値段を」


「はあ、8ゴールドです」


 この家は子供用品の出費が多かった。まあ、当然か。


「ご協力感謝します」


「あの、うちの人が何か?」


「ああ、いえいえ、そう言うことでは無いのでご安心下さい」


 脱税や殺人の調査と思われるようで、まあ、兵士を連れてるからか。


「さて、次の家だ」


「ユーヤ!」


「ああ、リリーシュ、何か用か?」


「いったい、何をやってるのよ。あちこちから不審な男が根掘り葉掘り聞いてるって通報が城に来てるわよ」


「むむ。おかしいな。俺が文官だというのは紹介してあるはずなんだが」


「文官だと影が薄いからじゃない? 勇者って言えば、みんな一発で覚えてくれると思うけど」


「それもなあ」


 勇者らしいところが一つも無いので、名乗りにくい。


「で、何してたわけ?」


「国勢調査だ」


「国勢調査?」


「そ。国民がどういう生活をしてるか、抜き取りサンプルだけど、調査してたんだ。エンゲル係数を知りたかったからね」


 エンゲル係数とは家計の支出の中で食費にどれだけの割合を使ったかという指標だ。

 これが高いと、食い物ばかり買っていることになり、生活水準が低く、苦しい生活だとされている。

 今のラドニールはようやく食料が行き渡り始めたばかりだが、他に何が足りていて何が不足気味か知っておくのは大事だと思った。


「可愛い女の子捜しのためじゃないのね?」


「どうしてそうなる……」


「だって、年齢も聞いてたって言うし」


「それは、人口ピラミッドを知りたかったからだよ。子供が多いのか、大人が多いのか、老人が多いのか、それで国に必要なモノは変わってくるからね」


「なるほど、まともな目的だったんだ……」


「君はいったい俺を何だと思ってるんだ」


「ロリコン」


「くっ、言うと思った」


「ふふっ、まあ、何か意図があるんだろうとは信じてたわよ」


 そのくせ、ちゃっかり確認してきてるあたり、もう少しリリーシュに信頼してもらわないとな。



 さて、データを集めたのはいいのだが、三桁以上の割り算をできる人間がほとんどおらず、合計だけ出してもらって俺が全部割り算したので、結構キツかった。

 学校で割り算も教えていかないと。


 それからすぐに必要なモノが判明した。


 紙だ。


「メモ用紙にすら困るって、昔の人はいったい、どうしてたんだ?」


 羊皮紙一枚が千ゴールドもすると聞いて俺は仰天してしまった。日本円でおよそ十万円。

 日記を付けるために何枚ももらっていたのだが、もっと早く「それ高いのよ」って教えてくれれば良かったのに。

 街に出たついでに自分で買って帰ろうと思って、値段をようやく知った。


「ちょっとしたことなら木の板に書いてますよ」


 ロークが教えてくれるが、板は何枚もかさんでくると邪魔だもの。


「とにかくこれも緊急会議だ。知恵のありそうな学者と商人を片っ端から集めてくれ」


「分かりました」



 城の広間に集まってもらい、俺が司会を務める。


「それでは第一回、筆記用具を安くしたいんだけどどうしたらいいでしょう会議~」


「ふむ」


「紙、ということですな?」


 集まってくれた学者の一人が確認する。


「そうです」


「ずっと西のカルデア王国にはパピルス紙というものがあります。現地では羊皮紙よりも安く手に入るのですが…」


 商人の一人が難しい顔をして言う。


「そいつぁダメだろう。生産量も少ないし、何より輸出禁止の品だ」


 バッグス船長が問題点を挙げた。


「ええ」


 商人も異論は無いようで頷く。


「製法は分かりますか?」


「植物を叩いて伸ばしてるって噂だが、それも機密だからな。再現できる奴はいないぞ。いたら、とっくに売りに出してらあ」


「そうでしょうね」


 特にこれと言ったアイディアは出ず、安く手に入る方法を探してもらうようには頼んでおいたが、すぐ見つかるとも思えない。

 高価な紙だ。誰だって製法を見つけて一儲けしてやろうと今まで思っていたに違いない。


「新製法がダメなら、羊皮紙を大量生産してもらうしかないが……」


 商人が言う。

 しかし、羊を潰さないと作れないからな。家畜すら不足気味のラドニール王国でそれは無理な相談だ。


「やっべぇ、俺の無駄な日記が悔やまれる……」


 結局、良いアイディアは出ず、会議は解散となった。




「あ、ユーヤ」


 自分の部屋に戻ると、レムがいて、なぜか慌てて彼女は自分の口を両手で塞いだ。


「げっぷ」


「お前、何を食って……ああ、また狼を食ってきたのか」


 獣の臭いがする。


「だって、お腹空いた」


「まあ、別に、狼なら俺は何も言わないぞ。ちょっと部屋の空気を入れ換えようか」


 木の窓を開け手で仰ぐ。

 ばつが悪そうにもぞもぞしているレムは、狼を食べたことがちょっと恥ずかしいようだ。

 臭いに気を付けてくれれば、害獣だろうし、別にどうでもいいんだが。

 それよりも、だ。


「こっちの飯はやっぱり足りてないのか?」


「んー、そうでもないけど、お腹空いたから」


「ならいいが。あっ! お前、羊は食っちゃダメだぞ?」


「オレ様は家畜は食べないよ! みんなが大事にしてるし」


「そうか、良い子だな」


 頭を撫でてやる。


「えへへー」


「でも、そう言えば狼って羊とどう違うんだろうな?」


 ふと思いついた疑問。


「んんん?」


 羊皮紙は羊の皮だが、別に狼の皮でもいいんじゃね?


「よし、レム、ちょっと狼退治を手伝ってくれるか」


「いいよー」


 外でレッドドラゴンに変身したレムが飛んでいく。

 おっと、眺めてる場合じゃ無かった。


「ローク! 羊皮紙の職人を集めてくれ!」


 そして、戻ってきたレムが狼を吐き出した。

 コイツが人間の幼女に変身してる間、胃袋の中、どうなってるんだろう……? まあいいか。


「どう? 使えそう?」


 俺は職人に聞いてみる。


「大丈夫だと思います」


「よし!」


 工程を教えてもらったが、まず皮を剥ぎ――そこでとてもグロかったので俺はギブアップした。


 後でロークに教えてもらったことだが、その後は川の水で洗い、次に消石灰の水溶液に漬け込む。消石灰は貝殻を窯に入れて高温で焼き、それに水を加えて反応させて作るそうだ。

 消石灰に十日ほど漬け込んだ後、ナイフで綺麗に毛を落とし、木枠に張って外側に引っ張り、伸びきって乾いたところで今度は貝の粉を使って磨き上げて、できあがりだ。


 それなりに大変な作業だが、材料と人数さえそろっていれば量産が可能だった。


「獲ってきたぞ! ユーヤ! GOoOOOOO――!」


「レム、みんなが怖がるから吠えるのは止めてくれ」


「ああ、ごめんごめん、つい。じゃ、オエー」


 レッドドラゴン姿のレムが狼を吐き出す。


「おお、大漁だな」


「解体班! かかれ!」


「「「 ははっ! 」」」


 きちんとお給料を出してヒマ人を集め、それぞれ分業体制で紙の量産だ。

 

「よう、やってるな」

「どうもです、ヌフフ」


 できあがった紙は半分ほどバッグス船長とミツリン商会に売り、金に換えてもらう。

 冒険者にも依頼して狼の皮はこちらに売ってもらうようにした。


「ううむ、なんかボロ儲けなんだが」


 高額で売れるので、材料の仕入れ値や手間賃を差し引いても、儲かる。

 狼の肉も売れる。


「ユーヤ様、本当にありがとうございます。まさかラドニールに特産ができるなんて……夢のようです」


 アンジェリカが少し涙ぐみながらお礼を言ってくる。

 南部獣人連合からもらっている『黒松露』に続いて、ラドニール特産『狼皮紙』の誕生だ。


「いやいや、羊皮紙をタダでもらっていたお返しだからね」


 それに、まだまだ収入源は作るぜ?

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