第五話 S級レア食材
『獣人部族連合』が種のお礼にやってきたという。
大商人ホードルがここに届けてくれた種や芋を、竜人族や獣人族にも気前よく分けてやったのだ。
ラドニール城の応接室で待っているというので、そちらに俺は向かった。
「やあ、ハチさん、アオイ」
俺とリリーシュが応接室に入ると、ソファーに座っていた二人がすぐに立ち上がった。
「おお、ユーヤ殿、王女殿下も。種をかたじけない。我らは裏切ってそちらに攻め入ったというのに……」
白い犬耳の老人がそう言って気難しい顔をする。隣のアオイはばつが悪そうに目をそらせると下を見つめた。青髪の猫耳少女だ。
「戦はもう終わりました。上納金を納めて頂くという取り決めもしたので、その話はもういいでしょう」
俺は言う。ねちねち言ってもお互い、腹の足しにならないしな。
「そうね」
「おお、そう言って頂けると」
「ただし、次に裏切ったら、ラドニールの将来の安全のため、獣人族を皆殺しにさせて頂く」
まあ、皆殺しというのはブラフだけどね。もちろんタダでは済まさない。
レッドラインを越えたらペナルティがあるぞと、先に相手に思わせておくのは抑止力になるだろう。
「わ、分かっている。ラドニールの城が堅いのは我らも思い知った。二度と逆らうことはせぬ。そうだな? アオイ殿」
「も、もちろんニャ」
二人とも冷や汗を掻いてるし、お芝居と言う感じでも無い。この分なら大丈夫だろう。
「それで、今日はお礼を言いに来たそうだけど」
「うむ。種を頂いたお礼に、我ら犬耳族はこのキノコを山で採ってきた。大した量では無いが、上納金とは別ということで、お納め頂きたい」
二十センチくらいのカゴ一杯にキノコが入れられているが、彼らも食料が厳しい中で持って来たのだ。充分なお礼だろう。
椎茸とエノキダケとシメジだな。あと、黒いライチ……アボガド?みたいな実もあるが。
ふうん、それにしてもキノコってこの季節にも採れるのか。秋だけかと思ってた。
「猫耳族は魚の干物を持って来たニャ!」
アオイが紐にぶら下げた干物を前に出す。二十匹くらいだな。
「ありがとうございます。ラドニール王国として感謝します。我らが陛下もきっとお喜びになるでしょう」
「はっ!」
「ははーっ、ニャ!」
「私からもお礼を言うわね。ありがとう」
「いえ、王女殿下、もったいなきお言葉」
「ははー、ニャ!」
「ああ、そこまで大げさにしなくていいから」
リリーシュが手をひらひらさせて軽く苦笑する。
「ちなみに、この実はなんなんですか?」
俺はカゴの中の黒い実を掴んで言う。持った感じは軽い。
「むっ、申し訳ない、お気に召さなんだか。少しでも多くと思って――」
「いやいや、全然そうじゃなくて、僕も初めて見るもので、何かなと」
「おお、そうでしたか。それは『黒松露』と呼ばれるキノコで、スープに少量入れて香りを楽しむものですじゃ」
「ほう、言われてみれば、くんくん、変わった匂いがするなあ」
今まで嗅いだことが無いような、すーっと鼻に抜ける、爽やかなキノコの匂いだ。
「ホントね。あ、でも私、これ、食べたことあるかも。誕生日の料理、ステーキにちょこっとまぶしてあったわ。味は覚えてないんだけど…」
「味はほとんどしませんからな」
「そのキノコはあんまり美味しく無いニャ。魚が一番ニャ」
猫耳族はやはり魚好きか。
「それでは我らはこれで」
「魚はまた持ってくるニャ!」
「ああ、無理はしなくていいからね」
二人が帰っていった後、さっそく、今日の夕食に出してもらおうと、俺達は城の厨房へ向かった。
「おお、これは姫様。何かお作りしましょうか」
白い布服に白い帽子を被ったコックが俺達を見て笑顔でやってくる。
「いえ、料理長、夕食の時で良いけど、これをお願い。さっきもらったの」
「魚とキノコですか。では、魚のキノコあんかけ料理にしましょう」
「お願いね」
楽しみだ。
「かしこまりました。椎茸、シメジ、エノキダケ、それに……フゴッ!?」
料理長が変な声を挙げる。フゴ?
「ど、どうしたの?」
「こ、これは黒松露ではございませぬか!」
「ああ、そうだけど……」
「くっ、姫様、料理人としては嬉しいのですが、このような高級食材をこんなに買い込まれるなど、国民に飢え死にが出ている今は、なにとぞお控え頂きたく」
「ええ? いや、買っては無いわよ? それって犬耳族からのもらい物だから」
「ああ、そういえば先程もらったと、いや、失礼しました」
「いいけど、高級なんだ?」
「それはもう。これ一つで金貨一枚ですぞ」
「えっ」
「高っ」
一万ゴールド、日本円で一個百万円だと?! バカな!
「大きなモノは丸ごとなら金貨三枚です。滅多に手に入らない食材で、ラチェット王国でしか採れぬと聞いておりましたが」
ほほう。
「衛兵ッ! 犬耳族の長を捕まえてくれ! 今すぐ!」
俺は命令を出す。
「ハッ! すぐに引っ捕らえて参ります!」
「あ、いや、手荒にはしないでね。ここに連れてきてくれるだけでいいから。お客さん扱いで」
「分かりました」
緊張した面持ちで戻ってきた犬耳族の長に、俺はどこでこのキノコを手に入れたのかを確認する。
「うちの里ですじゃ。それほど多くは採れませぬが、山の南側に時々生えております。雷が落ちた後にはよく生えますな」
「おお。ハチさん、これ、高値で売れる高級食材ですよ!」
「ええ? うちでは匂いがきつくあまり美味しく無いので安物ですがのう」
鼻が利く犬耳族にとってはあまり好まれないのだろう。
「なら、上納金はこの黒松露も代わりでいいですよ。一個につき金貨一枚分で」
「ま、真でございますか!?」
「こちらにはそれだけの高い価値があるので」
価値を黙ったまま取り上げていた方がお得だが、後でバレたときに揉めても嫌だからな。
一度に取り尽くして絶滅させても困るので、残して栽培の研究も考えるようにハチに言い含めておく。
あとがき
『黒松露』は松茸と黒トリュフがモデルですが、
松茸も雷の後に生えるそうです。1.5キロの白トリュフが2000万円で落札されたこともあるとか。