第三話 植える
ミストラ王国へ送り込んだ密偵の情報だと、ドラン国王は数人の責任者を糾弾して公開処刑した後は玉座の間に姿を見せず、兵も集めていないという。
威信失墜で、暗殺を恐れて引きこもっている、と言うところかな。
引き続き、動向には注意が必要だが、攻城兵器を作っていないなら攻めてくるまでまだ時間がありそうだ。
ならば、やることは一つだ。
俺は第一王女アンジェリカの執務室に向かい、お願いしてみた。
「いいだろ、アンジェリカ、なあ頼むよ、君と俺との仲じゃないか。君がうんとひと言言ってくれれば、あとは俺が全部上手くやるから」
「ユーヤ様、それは……困ります。私にも立場というものが」
「そんなもの、みんなには内緒にしとけばいいじゃないか。別に減るものでも無いんだ、ちょっとくらい見せてくれたっていいだろう。秘密は守るし、さ、ちょっとで良いから。見るだけ。そこをぴらっとめくって見せて、ぴらっと」
「ええ? そんなところに手を突っ込んでどうされるおつもりですか」
「君を楽にして良くしてあげたいんだよ。色々とね、ふふふ」
「あっ。ユーヤ様、いけません、触らないで下さい、それを見せるのは恥ずかしいですから。汚いですし」
「ええ? どこが。凄く綺麗じゃないか。恥ずかしがる必要がどこにあるんだ。さあ、手をどけて。隠さない」
「ううん……これは妹には内緒にして下さいね?」
「んん? リリーシュも知っておくべきだと思うけど。三人で仲良く一緒にやろうよ。もっと大勢でさ、こういうのは公開して見てもらった方が良い」
俺はそう言って強引にアンジェリカの手をどける。
「あっ、ダメ」
「このド変態勇者、姉様に何を――! あれ?」
バンッ! と後ろのドアが勢いよく開いたので俺は驚いたが、リリーシュがこちらを覗き込んで変な顔をした。
「リリー、なんて言いぐさですか。ノックも無しでいきなり」
「どうかしたのか」
事情が分からぬ俺とアンジェリカはリリーシュに説明を求めた。
「いや、ええと……、二人でここで何してたの?」
「何って私は仕事に決まっているでしょう。そうしたらユーヤ様が予算書の一覧を見せてくれって」
「は? 予算書?」
「ええ、予算書よ」
「無駄な経費がないか探して、まあ、役職としては内政に手を突っ込むのはどうかと思うけど、戦も今は落ち着いてヒマだからね」
俺も目的を言う。
「ああ、なるほど、手を突っ込むのはそこか。……汚くて恥ずかしいってのは?」
「これは自分用に私が書いた写しで適当な書式でまとめたものだから。きちんとしたものを清書して出しますね、ユーヤ様」
「そこまでしなくても凄く綺麗な字で書いてあるのに……」
「あー、アハハ、そういうことですか……」
「リリー、あなた盗み聞きしてたみたいだけど、何をどう誤解したのかしら?」
「い、いやいやいや、何でも無いです……」
赤面したリリーシュは縮こまった。
「ふーん?」
アンジェリカはそれを見てニヤニヤする。
「そ、それより、ユーヤ、なんだか姉様と随分仲良くなったみたいね」
「ええ? そこまででも無いと思うけど、敬語で無くて良いって君の姉様にも言われたからね」
「そう。あっ! それより姉様、予算書なら別に私に内緒にしなくたっていいでしょう!」
「リリー、立ってないで座ったら? 今、お茶を入れてあげるわね。国境の砦の方はどうかしら?」
うわ、露骨にアンジェリカが話題をそらしたな。
「ええ、国境周辺とミストラ軍をしっかり警備して兵に見張らせてるけど、このところ動きが無いから私だけ戻ってきたわ。それより予算書」
「清書したら見せてあげますね」
「今それを見せてよ。これね」
リリーシュがさっと羊皮紙を掴んで広げて見たが。
「うーん、特におかしな所は無さそうだけど……ん? 姉様、この予備費ってなんの予備なの?」
「それは色々な物に対する予備よ。今回も焼き払われた村の見舞金や、ウサ耳族の政府活動資金に充てたから」
「でも、見舞金はここの修繕費に計上されてるし、ウサ耳族の活動資金はこの外交贈答費じゃないの?」
「んー、リリー、あなたって馬鹿ではないのよね……」
「小馬鹿にした感じでお褒め頂いてどうも。で、どうなの姉様。私は姉様の返答次第では、予算横領の疑い有りとして父上に報告する義務があるんだけど」
「ふう、仕方ないわね。横領はしていないけど、予算に余裕を持たせようとして予備費にプールし、繰越金をゼロに見せてるってわけ」
「ええと、要するに、その年に使い切れずに余った予算を貯金してへそくりしてたってこと?」
「そうなるわね」
「ええ……? お金があるなら私、募兵や装備の予算、もっと欲しかったんだけど。そりゃあの予算でも勝利できちゃったけどさあ」
「そうね。必要性は私も感じてるわ。どこも予算不足だから。でも、いざというときのお金は手元に残しておかないと、とんでもないことになるのよ」
「言ってることは分からなくもないけど……何か納得いかない」
「ふう、だからあなたには見せたくなかったのよね」
「ユーヤはどう思うの?」
リリーシュが俺に聞いた。
「そうだな。不測の事態に備えた余裕資金は絶対に必要だ。でも、繰越金を毎回ゼロにしてたら、予算の規模の変化も見えなくなっちゃうから、予備費の割合をきちんと決めた上で、それ以上の余裕は繰り越し金で計上した方が良いんじゃないかな。俺が個人的にそう思っただけだけど」
「うん、そっちなら納得がいく」
「仕方ないわね。あとでお父様にも相談して予備費の割合を決めておくわ」
「よしっ! これで兵の装備品が買える!」
「お金が余ったらね」
アンジェリカはニコニコと笑いながら言うが、なかなか手強い財務官のようだ。
「失礼します。ユーヤ様、大商人が戻ったそうです」
ロークがやってきて報告してくれた。あれこれと気が利き、細かな雑務を一手に引き受けてくれる頼れる部下だ。
「おお」
ついに来たか!
「種と芋ね!」
「すぐに植えられるものがないか、見てみましょう」
俺達は城門まで走り、ミツリン商会のホードルと再会した。
「ヌフッ、ご注文の品をお届けに上がりました」
太鼓腹のホードルは両手をモミモミしながら、能面のような笑顔で言う。この人の笑いが不気味に見えるのは何でだろ。
「ありがとうございます。米はありましたか?」
「残念ながら、水場で育つ穀物は見つかりませんでした」
「ああ、そうですか……」
白ご飯が食べたいと思っていた俺はちょっとがっかりだ。
「商会本部には伝えておきましたので、見つかり次第ご連絡させて頂くと言うことで、ご勘弁下さい、ヌフ」
「ええ、お願いします」
「おおー、たくさん食い物があるぞ!」
「あっ! こらレム、それは食っちゃダメだ」
レムが木箱に入った芋にかぶりつこうとしていたので、俺は慌てて言う。
「えー? なんでー?」
「これは植えて増やす種芋だからだよ」
「植える?」
レッドドラゴンの幼女は知らなくて当然か。
「土の下に埋めて、芽が生えてくるのを待つのさ」
「へー」
「レムも一緒に植えてみるか?」
「うん! やるー!」
さっそく、畑に種や芋を植えてみることにする。
畑の方は土も耕してあり、すでに準備万端だ。アンジェリカの指示で農民達がやってくれている。
ただし、その畑は新たに開墾したわけでは無く、植える麦の種が足りずに畑だけ残っていたという状況なので、冷や汗ものだ。
「ん? なんだあのゼリーみたいな塊は」
畑の中に大きな丸いゼリー塊がむき出しで置いてあるので、俺は不思議に思った。
直径四十センチもある綺麗な半透明の赤色だ。
見た目は美味しそうに見えるのだが、なぜか食いしん坊レムはアレに反応していない。
「ああ、レッドスライムだべ。まーた入り込んだべか。よいさっと」
農夫のおじさんが、でっかいフォークの農具でゼリーを突き刺した。するとゼリーはブルッと震え、溶けてすぐに地面に消えていった。
土が濡れているが、何も残らない。ドロップ品は何も無しか。
「柵は……一応、あるんだな」
俺は畑の周りを見たが、木の杭と板で簡単な柵は作ってあった。
「アレはイノシシよけの柵だべ。スライムは狭い間からでもニュルッと入ってくるから意味無いだよ」
「そうですか……異世界だなぁ」
その場にいる農夫のおじさんも、他の皆も慌てていないので、畑にスライムが入り込むのは日常茶飯事のようだ。
ま、一撃なら俺でも倒せそうだ。特に問題も無いのだろう。
気を取り直して畑の中へ。
「まずはこれだな」
紅芋は見た感じはサツマイモに見える。食ってみないと同じかどうかは分からないが、大陸の南では普通に栽培され食されているということだから、違う品種でも問題ない。
すでに芽が出て葉や根が育ちかけの種芋を葉の部分だけ土の上に出して埋める。
軽く水を掛けて、終わり。
これで植え方が正しいかどうかは分からないが、芋って小学校の時に植えて勝手に育っていた気がするから、何とかなるだろう。
もう一つの『悪魔芋』は、実はジャガイ――うーん、これ、色が真っ黒で見た目もグロだな……ナンカチガウ。
「ねえ、ユーヤ、これを本当に植える気なの?」
リリーシュも、しかめっ面で、触るのも嫌だというように芋をつまんでいるが、これを最初に食べた人は勇気あるよな。
「まあ、物は試しだ。畑は余ってるし植えてみよう。芽を取れば食えるかも、しれない」
「私は食べないわよ」
「ああ、王女様には食べさせないから心配しないでくれ」
次に、トウモロコシの種を植えてみる。俺はまったく栽培方法を知らないので、ホードルに植え方を教えてもらった。
土に指で二センチほどの穴を開けて種を尖った側を下にして入れ、軽く埋めてできあがり。
もう一種、手の平サイズのビッグ過ぎるトウモロコシの種もあり、凄い世界にやってきたんだと実感する。
「これ、食えるのか……?」
「大丈夫ですよ、タイタンコーンは味も良いです。ヌフフ」
ホードルが不気味に笑う。ホントかよ。
「タイタンコーンねえ。ま…まあいいや。野菜炒めや焼きもろこし、煮て食べても良し、コーンスープやポップコーンも楽しみだ」
「ポップコーンってどんな料理なの?」
リリーシュが聞く。
「元がトウモロコシとは思えない料理だよ。食べたことが無いなら、初めての食感が楽しめるだろうね」
「へえ、なんだか楽しみね」
「ユーヤ! オレ様も早く食べたいぞ!」
「気持ちは分かるが、レム、食えるのは秋くらいだぞ」
「えー? どうにかしろ」
「それはどうにもならん。食べたいなら我慢しろ」
「むう」
我慢を覚えるのも大切なことだ。
「じゃ、次を植えるぞー」
「おー!」
紅芋、悪魔芋、トウモロコシ、タイタンコーン、エンドウ豆、枝豆、大豆、小豆、粟、稗、燕麦をみんなで植えた。
ライ麦は種まきには時季外れだというので、秋まきの時期にとっておくことにした。
上手く育ってくれるか不安もあるが、収穫が楽しみだ。
あとがき
ご存じかも知れませんが、
農具『でっかいフォーク』は『ピッチフォーク』と言うそうです。私は知りませんでした(;´Д`)