第十五話 レンガ輸送計画 前編
「レンガは粘土を窯で焼き上げて作るの。直方体で建材として運びやすく組み上げやすい形にしたものよ。これが実物ね。見本に一つ持ってきたわ」
レンガの専門家でもあるベアトリーチェが説明してくれた。
「ふうん、粘土ならラドニールにもあるから、わざわざ遠くから運ばなくても作れるんじゃないの?」
リリーシュが言うが。
「んー、焼き上げると言ってもね、まず石炭を蒸し焼きにして、それを使って特殊な窯で焼き上げないと、ちゃんとしたレンガにならないの。言うほど簡単じゃないわよ。特に高い温度が大事なの。鉄の鋳型ができる大型の溶鉱炉、この国にあるの?」
「たぶん、無いわね……」
「それなら一から作るより、買い付けて輸送した方がたぶん、安上がりよ。骸炭や溶鉱炉って取扱注意で素人にはオススメしないわね。色々と危険だもの」
高度な技術者がいないとダメなら、買い付けの方がいいだろう。失恋して新天地にやって来ているベアトリーチェも、出身国を儲けさせる商売のためにやってきたセールスマンやスパイとはとても思えない。もちろん、探りは入れておく。
「じゃ、最初は購入して輸送で行くけど、ここにも窯を作りたい。技術者を紹介してもらえるか」
「ええ、もちろん、構わないわ。ただし、その人達にお金もかかるって事を忘れないでよ。教えるのも時間がかかるしタダじゃないんだから。まあ、大工の親方の倍も出せば、来てくれると思うわ」
ベアトリーチェに紙に職人の名前を記入してもらったが、このリストの人物と面会して調べれば、裏は取れるだろう。ま、そこまでしなくても、こっちには嘘発見器のレムがいる。
「この狼皮紙だったわね、あと何枚かもらえるかしら? 溶鉱炉について図面を書いて上げるから」
「分かった。必要なら何枚でも渡すから、その都度、遠慮無く言ってくれ」
「あら、気前が良いわねえ。でも、後でアタシの給料からこっそり差し引くなんてのは無しよ?」
「しないしない。ちゃんと必要経費で、予算はこっちで取るよ」
「他にも必要な物があれば、何でも言って下さいね」
「ええ、ありがとう。じゃ、一応、こっちに道具は持ってきてるんだけど、買いそろえたいものもいくつかあるの。どこか良い道具屋を教えてくれるかしら、ロークちゃん」
「はい、一番品揃えの良い道具屋にご案内します」
「じゃあ、ローク、街に行くならついでにレムも一緒に連れて行ってやってくれるか」
「分かりました、ユーヤ様」
ベアトリーチェの身体検査をそれとなくロークとレムに任せ、その間に俺はエマを伴いバッグス商会を訪ねた。
「よう、ユーヤ、エマ、珍しいな、そっちから出向いてくるなんて。言ってくれりゃ、こっちから御用聞きに行くぜ?」
運良く船長本人がいた。この人が一番詳しいだろうし。
「そんなに大した用事でも無いので。本の売れ行きはどうですか?」
鉄血ギルドの親方に作ってもらった印刷機で刷った写本だ。
それを十冊ほど、バッグス船長に預けてある。俺としては、どーんと書店で数百冊を平積みで叩き売りしたかったのだが、船長が「こっちじゃ本は貴族しか買えねえぞ。文字が読めねえんだからな」と言って現実を教えてくれた。
「完売だ! すぐ次のを寄越してくれ。文字も紙も綺麗で、ハードカバーも上質だって評判が良いぞ。注文も十二冊も入ってる」
「おお、じゃあ城でお渡しします」
「決まりだな。ほれ、売り上げの十万ゴールドだ。高値で売るなって言うから、そっちから仕入れた原価でそのまま売ってやったぞ」
「ええ? それはどうも。でも船長、手数料くらいは儲けて良いですよ」
「ま、そこはバッグス商会の看板を売り込んでるからな。充分、元は取れてるさ。じゃ、今から城に行くか?」
「ええ。あと、レンガと溶鉱炉の相場、教えてもらえますか」
「レンガと溶鉱炉か。レンガは安物なら一つ五ゴールドも出せば買えるぞ」
「へえ、安いな」
「元が粘土だからな。あとは石炭さえ手に入ればいくらでも作れる。だが、溶鉱炉の方はちょっと見当も付かねえな。調べる時間をくれ。二時間もあればいい」
「じゃあ、後で城に答えを持ってきてもらえますか」
「分かった。レンガも持って行ってやろうか?」
「それは今はいいです。ただ、城に見積もりを持ってきてもらったときに、大量に注文するかも。レンガのサンプルをいくつか持ってきて下さい」
「よしっ! そう来なくっちゃ」
情報をタダで教えてもらうのだし、今回はミツリン商会は使わず、バッグス商会だけで行くとしよう。競争させると、この人、無理をしちゃうし。おっと、言っておかないと、その気で頑張っちゃいそうだ。
「船長、今回の商談はミツリン商会は通しません」
「ほう? 何か連中と揉めたか?」
「いや、そういうわけでもないですが」
封印石の件で微妙に引っかかる点はあったが、他には特に問題が無い。相手は名の通った一流の大商人だから、それも当然だろう。
「なら、こっちの独占か? そういうわけじゃないんだろう?」
「ええまあ、熊族の知り合いの商人が絡んでくるかもしれません」
「ワイルドベアか。まあ、遠くだな。いや? だが、レンガとなると、奴らが本場か……」
「まあ、バッグス商会にも必ず一定量は発注するので、無茶はしないで下さい」
「分かった分かった。そう心配しなくたって、ラドニール王家と顔つなぎもできたんだ。おかげでこっちの信用も上がって商売も順風満帆だぜ。だから今回はデカく勝負する必要もねえし、手堅く勝負してくれって客が望むんなら、その通りにやるさ」
勝負自体して欲しくないんだが、まあ、プロのやり方には口を出すまい。
「じゃ、また後で」
「おう。あー……」
「ん?」
「いや、何かとっておきの面白い話を仕入れたんだが、ど忘れしちまった。子分が覚えてるだろうから、後で聞いておく。ま、楽しみにしててくれ、ユーヤ。笑えるぜ?」
「はあ」
笑える面白い話か。
商売とは関係なさそうだ。
くっだらないギャグとかジョークだろう。
楽しみにはしないが、船長が話したいなら後で聞いてやるとするか。
二時間後、城門でバッグス船長とベアトリーチェを待っていると、その二人が仲良く談笑しつつやってきた。レムとロークも一緒だ。
バッグス船長とベアトリーチェって知り合い……じゃ無いはずだよな。商会で話したときは船長も熊族に知り合いがいるような話はしていなかったし。
「よう。そこの市場でベアトリーチェにばったり会ってな。初顔会わせだったが、ピーンときたぜ。ま、ロークとレムが一緒にいたからだけどな、ハハハ」
単に街で鉢合わせしただけのようだ。そこはめざとい海賊商人、熊族を見て今回の関係者だと気づいて話しかけたのだろう。
「ユーヤ、レンガの発注先って、全部この彼で構わないのよね? 一つ四ゴールドならお得よ?」
ベアトリーチェが言う。
「全部? まあ、ベアトリーチェがそれでいいなら、こっちは構わないけど」
「決まりね」
「おっし! 久々の大型案件だ。燃えるぜ!」
「ヤダ、燃える男って、ステキだわ……」
白い麦わら帽子を買ってきたのか、それを被っているベアトリーチェが照れる仕草をした。
そういえば、バッグス船長って上背があるな。ベアトリーチェと比べてもちょっと上か?
しかも、見た目も中身もワイルドか……。
恋の始まりの予感?
まあ、後はどうするか、プライベートは勝手に二人でじっくり話し合って欲しい。
俺はタッチしない。したくない。
ただ、破局でこのビジネスまで影響されても困るな。
「ベアトリーチェ、仕事が軌道に乗るまでは、色恋沙汰じゃなくて本業に専念してくれよ?」
無駄かもしれないが一応釘は刺しておこう。
「あら、当然じゃない。アタシはデキる女よ。余計な心配だわ、ユーヤ」
そうだといいけどねえ……ベアトリーチェが打たれ強いことを祈ろう。