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第九話 必要なもの、不必要なもの

 さっそく、街中に募集の立て札が立てられ、各地の冒険者ギルドや商人ギルドにも張り紙が出された。


「よう、ユーヤ、住宅長官を公募したんだってな」


 眼帯をした海賊風の商人が城の部屋までやってきて、親友のように気安く言う。ちなみに彼はセキュリティレベルでここへの入室も顔パスになっている。一応ここへの帯剣は彼も遠慮してくれているようだが。


「ああ、バッグス船長。まさか、自分で応募したりはしませんよね?」


 相手が、大きく賭に出る一発屋気質の商人だけに、俺は警戒感もあらわにせざるを得ない。

 

「まさか。家の建材ならすぐに引き受けてやるが、そっちはオレも専門外だ」


「そうですか。割と手堅い商売ですね」


「ま、やれと言われればやってもいいが、詳しくない商いってのは、やべえぞ? 手を出したらたいてい大やけどだ。分が悪い」


 実際に何度か手痛い失敗を経験しているようで顔をしかめて心底嫌そうに言うバッグス船長だが、そんなものだろうな。

 

「船長は家の専門家に心当たりはありませんか?」


「あいにく、ねえなあ。造船の専門家なら何人か紹介してやれるが、どうする?」


「うーん、まあ、他に当てがなさそうだったらってことで」


 木造船だし、あれも建築技術の一つだろう。ただ、微妙に欲しい人材とはズレている。


「おう。ま、一応、メモをしといてやろう。しかし、こういうときに狼皮紙は役に立つぜ。ちょっとメモするときに気兼ねなく書けるってのがいい。おかげで帳簿も数字が合わないってことが減ってきたしな」


 羽根ペンで名前と住所を記入しながら上機嫌で船長が言う。船長に限らず、質が良く安価な紙は、様々なところで役に立っているに違いない。


 どうせならインターネットも実現したいが、まあ、ちょっと技術的に無理そうだな。コンピューター、CPUやその前の真空管から開発しないとダメだろうし。そこは潔く諦めよう。

 身近で手堅い計画が一番だ。

 考える時間も費用(コスト)だからな。難しい研究になればなるほど時間(コスト)がかかって、その分、別のことがおろそかになる。

 

「どうも。それで、今日は何を売りに?」


「また西へ行ってきたんだ。大陸公路をな。掘り出し物の魔道具と剣を持ってきたぜ? 今、下で嬢ちゃん達が物色してる」


「うーん、魔道具と剣ですか。別に要らないなあ」


 ほとんど帯剣しない俺としては、剣に興味は無い。持ってても使えないし。リリーシュもルルも特訓はもう諦めてくれたようでほっとした。

 魔道具も効果によるが、たいてい良い品は目玉が飛び出るようなお値段になっているので、ラドニール王国としては手が出ない。


「まあ、そう言わずに、魔道具だけでも見ていったらどうだ。オススメは髪の色が一瞬で変えられる髪飾りだ」


「ファッション系ですか、いや、この黒髪が気に入ってるんで」


「何言ってる、そろそろユーヤも有名人になってきたからな。お忍びや警備用にって思ったまでだ」


「へえ、有名に?」


「そりゃそうさ、狼牙族を破った『戦略の勇者』ってあちこちの酒場で吟遊詩人が流行の歌にしてるくらいだぜ?」


「うわぁ、そっちで呼ばれてるのか、いかん……」


「はは、オルバの予言だかなんだか知らねえが、お前が偽物なんてことは絶対にないぞ。要らぬ心配だ」


「いやいや、本物か偽物かで言ったら、スキルゼロの俺はやばいんだって!」


 割と必死に言う俺。

 特殊技能(スキル)が当たり前のこの異世界において、スキルが無い勇者なんてあり得るだろうか?

 無いな。無い無い。

 少なくとも、この世界において過去に召喚された勇者は全員、スキルを持っていた。

 今回、スキルが無かったのは、何らかのイレギュラー、あるいは俺の運の無さだろう。

 

「魔法陣で召喚されたのは間違いないんだろう? なら何を心配する必要があるんだか。とにかく下へ来い。ほっとくと嬢ちゃん達が全部いいのを買っちまうぞ」


 それはいかん。アンジェリカが留守か別件の用事でここにいないようだが、そうなると財布のひもを締めるのは俺の役割だ。

 

「すぐ行く!」


  

 下の部屋に行くと、リリーシュとレムとエマが品物を見比べていた。

 

「あっ、きたきた、ユーヤ、これ、良いと思わない?」


 リリーシュがこれまた高価そうなレイピアを腰に装備し、買う気満々だ。


「却下! 宝石付きの剣なんて、うちには要りません!」


「何よ、そっちじゃなくて、この刃の造りを見てよ。綺麗な真っ直ぐでバランスもしっかりしてるのよ?」


 いや、剣のことを言われても俺はさっぱりだし。

 王族向けに買おうと思えば買えちゃうクラスの品物を持ってきてるバッグス船長もやはり商人の端くれだ。いや、見た目はともかく、やり手と言って良いだろう。面倒くさい。

 

「この短剣も魔法がかかっていて、業物だ。気に入った。私は買うからな」


 エマが小さなルビーがあしらわれた短剣を抜いて言うが、困ったものだ。まあ、彼女は形式上、俺の婚約者だが、ラドニールの国民ではないので、好きにしてもらって結構。買うのも彼女の自腹だし。

 

「ユーヤ~、これ買って! これ食べたい!」


 レムはレムで、何やらよく分からない物を持って俺にアピールしている。

 手のひら大のまん丸い何か。色は薄茶色で固そう。

 得体の知れない物だが、見た目は確かに美味しそうだ。


「さすがレッドドラゴン、目の付け所が良いな、そいつぁ、紅玉内海で採れた大ホタテ貝の貝柱だ。滋養にいいともっぱらの評判で、味も、ぎゅっと詰まった旨さだぞ」


「ふおお……!」


 ああ、ダメだ、レムの興奮がマックスになっている。だが、俺は言っておく。

 

「船長、レムの正体はどこであろうと迂闊に喋らないで下さい」


「おお、悪かった。だがな、こう言っちゃなんだが、お前らよくあちこちに飛んでるだろう。ラドニールに火竜がいるってもう噂になってるぞ」


「むむ……」


 レム特急はスピードが他に代えがたいので使わないということはできない。

 重宝するんだよなあ。

 何日もかけて鉄血ギルドや巨人国を往復してたら、他の事ができなくなるし。

 何より、俺が危険な道中を行かずに済む。安全面でアンジェリカもレム特急を推奨しているほどだ。


「別に良いじゃない、火竜が住んでるって知られても」


「だが、ドラゴンバスターを目指す冒険者がやってきたりしたら……」


「そのときは人間の姿でやり過ごせばいいだけよ。あ、そうだ! 姉様に頼んで、火竜退治禁止令を出してもらったらどう? ラドニール王国の中だけの話になるけど、守り神ってことにしたり、うん、いいかも!」


 リリーシュが考えを巡らせて自分では良い案だと思ったようだが、これは疑問手だ。

 

「それはやらない方がいいな。公式に存在を認めることになるし、ラドニールが火竜と何らかの契約関係にあると思われると厄介だ。それだけで目立つし」


「ああ……」


「ま、非公式で、火竜退治は非推奨ってことにして、ラドニール各地の冒険者ギルドにはそれとなく通達しておこう。バッグス船長も、魔法の剣、ここではあまり売らないで下さいよ?」


「おう、分かってるって。魔法剣は嬢ちゃん達だけの限定品だから、安心してくれ」


「ならいいけど。じゃ、この貝柱、おいくらですか」


「えっ、買うの?」


 リリーシュが驚いたが、別にレム用ってわけじゃないぞ。

 国王陛下にと思ったまでだ。

 どうも日に日に弱っている感じで、このところ顔も見かけていないからな。


 

「んまー」


 レムが幸せそうに両頬をぽこっと膨らませ、あめ玉として貝柱をしゃぶっているが、船長の話だとスープにして食べるのが普通のようだ。乾燥させてカリカリになっている状態でないと、保存の関係上、ここまで運んでこれないし。

 もちろん、お値段もなかなか高価だった。みんながそれぞれ一杯分、陛下が十杯分食べられる分だけの分量を購入した。一度にたくさんは買わない。ハズレの品だと困るし。

 

 さっそく、城の厨房に持って行き料理長に渡しておく。


「おお、良い物が手に入りましたね。さっそく、陛下に召し上がっていただきましょう。皆様には夕食の時にスープでお出しします」


「陛下のご様子は?」


「それが、近頃、食欲も落ちてこられたようで……アンジェリカ様には内密にと言われておりますが」


「そうですか……分かりました」


 病人の食欲が落ちてくるのは良くない傾向だ。

 見舞いに行ってこようかとも思ったが、かえって王様に気を遣わせて虚勢を張られても困るし、やめておくことにした。

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