第十話 王女の決意
美味しいホタテ貝のスープにみんなで舌鼓を打った後、自室で独りこもった俺はエルフ攻略作戦を練った。
エルフとは戦争状態にあるわけでは無いが、外交の使節団を亡き者にしようなどと、明らかな敵対行動をしているのだから当然だ。
だが、あれからは何の動きも無く、どうもエルフの行動が読みづらい。
「いったい、エルフ達は何を考えているのか……」
あのときは狼牙族との決戦前だったが、エルフにとっても縄張りをお構いなしに侵攻してくる狼牙族は決して歓迎するような相手ではなかったはずだ。
だから、敵の敵でラドニールを歓迎しても良さそうなものなのに。まあ、どこの国に対しても極端に閉鎖的だったがための行動と考えれば理解できるか。
しかし、一度通行許可を出しておきながら、後から襲うのも理屈に合わない。
「彼らの意図は考えても無駄だな」
彼らが何を考えてそう動いたかではなく、その行動に注意すべきだろう。
敵意をむき出しにした以上、エルフが遠征軍を編成して攻めてくることも想定しておかなければならない。
俺は地図を広げ、砦の位置と街道の位置をそれぞれ確認した。
「エルフが攻めてくるとして……この道が最短距離か。間違いなく連中は魔法で攻撃してくるだろうから、クロフォード先生の部隊を前線に配置すべきだな」
魔法には魔法で対抗すべきだ。
普通の魔法使いなら遠距離から弓矢で攻撃すれば良いが、エルフは素早い上に、風の魔法で矢を弾くことも可能だとクロフォード先生が指摘している。
ラドニールの精鋭の護衛兵士が四人、エルフとの戦闘でやられた事を考えても、魔法無しはキツい。
「あとはここに俊敏性の高い猫耳族を配置して、伏兵で奇襲をかけるか。でも、エルフだとそれも読んできそうだからなあ」
知能の高そうな相手はやはり手強い。
結局、良い案も思い浮かばないまま、あくびだけ一匹、盛大にかみ殺して俺はベッドに横になった。
すぐにも眠りに落ちそうだったが、その前にドアがノックされた。
「はい、誰ですか?」
レムやリリーシュではないだろう。あの二人は黙りでノックするはずが無い。俺の名を呼ぶはずだ。
ひょっとしてエルフが仕向けた暗殺者だったら嫌だなあと思いつつ、俺は用心しながらゆっくりと部屋のドアを開けた。
「もうお休みでしたか?」
「アンジェリカ。こんな時間に、何か用かい?」
少し意外だった。彼女が遅い時間に俺の部屋に訪ねてきたのは、これが初めての気がする。
「少し、お話をよろしいでしょうか?」
「構わないけど。さ、入って」
おずおずと言った感じで遠慮がちに入ってきたアンジェリカだが、ドアを閉めても、黙ったままで一向に何も切り出さない。
急用かと思ったが、そうでもないようだ。
ただ……どうして彼女はネグリジェ姿なのか。
しかもお腹のあたりが透けておへそが見えてしまっているので俺は視線がそちらに行かないようになけなしの努力をしなければならなかった。目のやり場に困る。
静かな夜は、すでにどっぷりと日は落ちており、窓からは月の光だけが差し込んでいる。
アンジェリカの長い銀髪が月の光を青白く淡く反射して、普段とはまったく違う雰囲気に見えてしまった。
「ごめんなさい、切り出し方は、私も色々考えてきたつもりだったのですが、いざ、あなたを前にしてしまうと、迷ってしまって……」
「いいよ。何か、重大な話らしいけど、別に、今日でなくても――」
「いえ、今、言わないと勇気が無くなってしまいそうで。オホン、では、ユーヤ」
「は、はい」
「あなたは私とリリーシュ、どちらを選びますか?」
アンジェリカがいつもの微笑みではなく、真顔で聞いてくる。
なんて質問だ。
それ、どう考えても、結婚相手とか、そんな感じの話だろう。
いったい、どうしてそうなるのか。
ただ、心当たりは俺にもあった。
このところ、国王陛下の体調が思わしくなく、国王自身も周囲の人間も、そろそろ後継者を考えているはずだ。恐れ多い話だろうが、実務者としてはそのことをしっかり考えておかなければ、いざ代替わりとなったときに混乱してさらにまずいことになってしまうだろう。
どう答えたものか。
正直に言うなら、今の時点では「どちらも選べない」だ。
二人とも性格も良く美人で、もったいないくらいの人物だが、俺も向こうもお互い、恋愛感情といえるほどのものがあるわけではないのだ。
だが、後継者問題を考えると、やはり、どちらかを選ぶべきなのだろう。俺は。
五分くらい黙り込んで、俺はしばし長考したあと、アンジェリカを真っ直ぐ見据えて言った。
「俺はリリーシュを選ぼうかと思う」
「……そうですか……ええ、あなたたちは親しくしていますし、リリーシュも明るくて良い子です。はい、分かりました」
笑顔を見せたアンジェリカだが、ちょっとだけ悲しそうな顔をしてくれたので、俺の方が動揺してしまった。
「い、いや、誤解はしないでくれ。後継者に絡む話なんだろう? 次期国王は俺が見る限り、君だ」
「ええ、それはほぼ確定ですが……」
「だとしたら、ラドニールは独身の女王で、政略結婚の切り札を持つことになる。婿養子という形にはなるが、ラドニールの実権を握るという最大限魅力的な切り札をね」
女王と結婚したらラドニールの支配権をもれなくプレゼント!
小国の婿養子はそれが果たして本当に得なのかどうかは置いといて、ラドニール王国が相手方に提示できる条件としてはこれ以上のものはないだろう。しかもアンジェリカは若く美しい。
「なるほど、その選択肢を残すために、リリーシュと結婚するということですね?」
「まあ、選択肢としてはそうなるかなという話だ。確定の話じゃ無いよ」
「いえ、よくお考えで。ただ、ユーヤ、あなた自身が私と結婚してこの国を継ぐという選択肢もあるのですよ?」
「それは……やっぱり遠慮しようかと思う」
この国に来て一年以上になるが、中枢を担うにはあまりに日が浅い。
リリーシュやアンジェリカは人気者だが、それだけに、国民の反発も予想しておくべきだ。
俺が国民だったら、よそから来たよく知らない相手なんかに美少女アイドルが取られたらステージ乱入の猛抗議だろうな。
ヤバイヤバイ。
「そうですか……もしや、この国を出て行かれるおつもりですか?」
アンジェリカが自分の手を固く握りしめ、そんな答えが返ってきてもいいようにと身構えている。
「いやいや、それは絶対に無いよ。約束する。俺はここに骨を埋める覚悟だ」
「ああ……ありがとう、ユーヤ」
「うん」
「ですが、どうして、ラドニールにそこまで?」
「どうしてだろうな。まあ、俺はあんまりあちこち行ったり来たりしたい性分じゃないんだよ」
これは半分だけ正直な答えだが、残り半分はごまかしている。
この国を離れたくないのは、ここにアンジェリカやリリーシュやみんながいるからだ。
それを面と向かって言うのは気恥ずかしくて、ちょっと俺には言えそうに無い。
「良かった……」
アンジェリカが微笑み、彼女の頬に一筋の光がきらめいた。
「だから、君がそんな覚悟をしてこの部屋に来る必要は無いよ、アンジェリカ。俺はここにずっといるし、君が国王になっても離れたりしないから。余計な心配はしなくていい。引き留めなくたってずっといるさ」
「はい。はい……」
「じゃ、話はそれで終わっちゃったかな?」
「ええ、終わってしまいました。こんなお恥ずかしい格好で……私の振る舞いも色々と申し訳ないです、ああ、なんて恥ずかしい事を」
両手で自分の頬を押さえるアンジェリカはとても可愛らしい。
「そんなことは全然思ってないから、気にしないでくれ。君の行動は充分理解できるから。だから、もっとラドニールが大国で、君がそんな事で悩まなくたっていいように……そうだな、決めた! もっと国を大きく強くしよう。それがいい。なんとしても」
俺は新たな大目標を見つけた気になったのだが、しかし、アンジェリカは賛成しなかった。
「いいえ、ユーヤ、それはいけません。無理をして国を大きくしたところで、私は幸せになれるかもしれませんが、その他大勢の国民が苦しむかもしれません。あなたは今、誰にとっても最善の事を尽くしてくれているはずです。今のままでいいじゃありませんか」
「うーん、まあ、やるにしても他人を不幸にするやり方で国を大きくしようとは思ってないよ」
だが、アンジェリカの意思は尊重したい。
これほどの女王に率いられる国民はなんと幸せなことか。
もちろん、たとえアンジェリカがこの理想を掲げたところで、国民の不幸がすべて消え去るなんて事は決してないだろう。
だがそれでも。
私利私欲で国民を国民とも思わぬ輩が支配するよりはずっとマシだ。
俺にはそう思えた。
「ええ、それもそうでした。ユーヤはそう言う人でしたね」
「アンジェリカ」
俺はアンジェリカに近づくと、片膝を突いて臣下の礼を取った。
「まだ早いけど、将来の忠誠を誓おう。この命に懸けて」
「はい、頼りにしていますよ、ユーヤ」
「ああ」
「私もあなたが忠誠を誓うにふさわしい王になれるよう、誓いましょう。この命をもって」
「うーん、前言撤回。やっぱり、命はいいや。二人とも命は大切にしよう」
「ふふ、そうですね」
誓いが少しだけ軽くなってしまったが、将来の女王は優しく笑って頷いてくれた。




