秘密
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翌日の早朝、式典に参加するために選ばれた“リークスの正義”部隊の1000人の兵と共に、移動を開始した。
俺と大佐は部隊の先頭に位置し、セリアには列の最後尾で移動を見守ってもらう。
ほとんどの仕事はレッグ大佐とセリアがこなしていて、俺は偉そうに馬に乗っている以外、する事はあまり無かった。全ては順調で今のところ何も問題は無い。
「ナオト准将。ちょっとよろしいでしょうか?」 俺の馬の隣に自分の馬を横づけし、レッグ大佐が話しかけてきた。
「何だ?」
「実は以前から一度お聞きしたかった事があります……准将が参加された5年前のアルゲブラの戦いについてです」
……あれか。隣国のロアが魔族を連れて国境になだれ込んだあの事件だ。
不意を突かれた帝国はおよそ一万の兵が殺された。一時は敵の帝都への侵攻さえ危ぶまれた。
「あの戦いに、俺が居たことを覚えている人間がまだいたか。俺は何も出来なかった。悔しかったよ。あれを思い出させるとは、君は残酷な男だな」
「本当に……そうだったのでしょうか?」
俺は大佐の顔を見た。射るような目で彼は俺をじっと見つめていた。
「どういう意味だ?」
「あの戦いでは、魔術師部隊“アーベルの恵”が敵を退けたとされています。ですが詠唱に時間がかかる最高位魔法を、どうやって敵の間近で発動できたのでしょうか? 護衛部隊はすでに壊滅していました。ほんの僅かの敵でも来れば魔術師達も全滅していたでしょう」
「敵の布陣の穴を“アーベルの恵”が突いたからだ。そう報告書には書いてある」
「では、その“敵の布陣の穴”は、どうやって出来たのでしょうか?」
「……君は何が言いたい? 私は取り調べでも受けているのか?」
「帝国が勝利出来たのはナオト准将、あなたのお陰だ。違いますか? あなたは、“アーベルの恵”を迎撃しに来た敵のオーガ隊を一人で潰したんだ」
俺は笑い出した。
「そいつは傑作だ。自分がそんなに凄い奴とは知らなかった。それが本当なら、准将どころか次当たり将軍に成れそうだ。追従にもほどがあるぞ。大佐」
「ふざけないでください! 何であなたは何もしなかった風を装うんですか? 有能な人間は帝国に対して責任があります。無能を装うのは一種の……」
俺は不愉快そうに大佐を睨む。レッグ大佐は言い過ぎたと思ったのか言葉を飲み込んだ。
「はっきり言っておく。俺はあの戦いで戦果をあげられなかった。怪我の為にすぐに戦線を離脱したのだ。不名誉な話じゃないか?……君は自分が何を言っているか理解しているか? 私をからかっているのか? いくら精鋭“リークスの正義”の連隊長でも、上官を貶めるのは不敬じゃないのか?」
「そんなつもりは。私はただ……」
俺は嘘をついている。
大佐が指摘したことは事実だ。確かに俺は敵のオーガ隊を全滅させた。だがそれを認める事は出来ない。俺には秘密があるからだ。
あの時、俺の部隊はトレーガー大佐に増援要請を無視され壊滅した。生き残った兵達はバラバラに成って敗走していた。俺も重傷のセリアを抱えながら必死で逃げた。だが俺自身も負傷していて瀕死の少佐を抱えていては、逃げ切ることはもう無理だった。その最中、俺は敵のオーガ隊と鉢合わせした。
残った力を振り絞り、何とか始末出来たのは2匹だけ。残りはまだ30匹以上。
死を覚悟した時、大悪魔“グラモリー”が現われたのだ。
悪魔は俺に囁いた。「あなたを私にくれない? そうすれば助けてあげる」
嫌も応も無かった。俺は彼女と契約を結んだ。
そう。俺は、五大悪魔の一柱“グラモリー”との“契約者”なのだ。
なんでこの強力な悪魔が、俺と契約を結んだのか。
後で理由を聞いた時、グラモリーは言った。“あなたの剣の腕前が見事だったから。綺麗だった。うっとりするくらい。それに惚れたのよ”と。
“剣の王”とか“剣の悪魔”と呼ばれるグラモリーから見れば、それは重要な事なのかも知れない。
確かに俺は自分の腕前には自信があった。辺境の平民出身に過ぎない俺が、中佐にまで昇れたのは剣術のお陰だ。
「大佐。持ち場に戻り給え。これ以上、君に話す事は無い」黙り込んでしまった“リークスの剣”連隊長レッグ大佐に俺は告げた。
◆
大佐は俺の叱責を受けて悔しそうな顔をしたが、すぐに無表情になった。敬礼すると馬を元の列に向ける。
俺は心の中で大佐に詫びた。権力を振りかざすイヤな奴と思われただろう。
あの時、俺は確かに一瞬で30匹以上のオーガを屠った。グラモリーの契約者ならそれは簡単な事だ。お陰でセリアの命を救えた。結果的に魔術師部隊“アーベルの恵”も助けた事になる。
だが、俺はそれを否定するしかない。“契約者”は呪われた存在だ。バレれば俺は自分の居場所を無くす。
大佐は、もう気がついているのかも知れない。もしそうなら、俺は人間とは一緒には居られなくなる。
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その夜、指揮官用の天幕で寝ていた俺は、真夜中セリアに叩き起こされた。
「ナオト准将、お目覚めください」
「……どうした、少佐。何が起こった?」
「西の空が燃えています……帝都が攻撃されているようです」
「何だと」
あわてて天幕の外に出ると、西の空にある雲が紅く照らされている。帝都が燃えている?
「大佐はいるかっ?」
「はい。ここにおります」闇の中からレッグ大佐が現われた。光の加減か顔が青白く見える。
「君の考えを聞きたい。帝都に何が起こったと思う?」
「ご存じのように帝都の守備は万全です。何重にも守備隊が配置され、多くの高位魔術師も警備についております。そして帝都を攻撃出来るような大部隊の移動には時間がかかります。こんな短時間で攻撃することは不可能です」
「しかし、現実に攻撃されている」そう言いながら、俺には大佐が何を言おうとしているか分かっていた。
「帝都を襲ったのは恐らくドラゴン、ワイバーン、それともしかすると……」
「魔族だな。俺の考えも同じだ。“リークスの正義”はこれより帝都に向かい守備隊に合流する」
五年前の戦いの再現か。いや、状況はもっと悪い。あれは国境で起こったが、今度は帝国の心臓、帝都での戦いだ。
(面白くなってきたわね。いよいよ私の出番かしら?)グラモリーが俺の心に囁いた。