帝都
◆
部隊が帝都に着いた頃にはもう朝だった。
「ドラゴンだっ!」兵が叫ぶ。見上げると朝日に照らされた特徴有る長い胴体。
黒竜だ。
「敵は竜か」大佐の顔が歪む。竜相手に人間が出来ることは限られている。いくら“リークスの正義”部隊でも、それは同じだ。しかも相手は竜の中でも戦闘能力が高い黒竜なのだ。
「竜だけで無いな。街の中であばれているのは、恐らく敵に抱き込まれた人間達。それに魔族」
「裏切り者が、ドラゴンや魔族と手を組んだ……そんなところですか」大佐が呻く。
「他の可能性も無くは無いがな……聞いてみよう。その方が早い」 「聞く? どうやって街の中に入るのです? 竜が上空に居るのですよ」
「その竜に聞いてみるのさ」
「……ご冗談を」
「君は俺に言ったな。あの戦いで俺がオーガ隊を倒したのではないか? ……その通りだ。俺は嘘をついた。俺は“契約者”だ。あの戦いで五大悪魔の一柱“グラモリー”と契約したんだ」
大佐とセリアは、そのまま凍り付いた。無理も無い。悪魔との契約者は忌むべき存在なのだ。いずれ人間では無くなり悪魔と化す。正体を知られた以上、俺の居場所はもう無い。
セリアは何が言おうとしたが、俺は彼女の顔を見れなかった。恐らく怖かったのだろう。彼女の顔に恐怖が浮かぶのが。
俺は心の中の悪魔に囁く。
(グラモリー、黒竜の名前は?)
(キルケゴール。いやらしい奴よ)
俺は声を張り上げた。『キルケゴール!』
黒竜は周囲を見回す。俺はもう一度、名前を呼んだ。
竜はようやく俺に気がつく。
大きな黒い翼をはばたきながら、ゆっくりと俺の上空に飛んでくる。
「我が名を呼ぶ貴様は……そうか、契約者だな」
「ここから去れ。去らなければ滅する」
「ほう」竜は面白そうに言った。「どこの木っ端悪魔と契約したか知らぬが、竜に向かってその態度。人間風情が片腹痛いわ」
俺は腰の片手剣を抜く。
(武装選択“衝撃”)俺は呟く。
片手剣が変化し始めた。不規則な小さな五角形の集合体が造り上げる歪んだ剣に。それが“剣の王”と呼ばれる五大悪魔の一柱、グラモリーの真の姿だ。
「貴様。そのいびつな剣は……もしかして……」
「俺の契約相手は五大悪魔の一柱“グラモリー”だ。相手として不足か?」
竜の目が泳いだ。
「待てっ! ちょっと待てっ!」
「誰が木っ端悪魔ですって?」 見るとグラモリーが、もう一つの姿を俺の横に投影していた。妖艶な女戦士の姿を。
「久しぶりねキルケゴール。しばらく見ないうちに随分、態度がでかくなったじゃないの?」
「待てっ! 我の言う事を聞けっ!」
「往生際が悪いなキルケゴール。人間を喜んで踏み潰すクセに、自分が殺される覚悟は無いらしい」
竜は不安そうに周囲を見回す。逃げるかどうか迷ってるんだろう。
グラモリーの攻撃手段の一つ“衝撃”は音の速さで広がる。逃げ道はもう無い。奴にもそれは分かっている筈だ。
「本気か? 本気で我と戦うつもりなのか?」
「戦いじゃ無いな、キルケゴール。これから起こることは戦いでは無いからな」俺は嗤った。「ただのなぶり殺しの殺戮だよ」
「分かったっ! 誰に頼まれたか教えてやる。知らなければ後悔するぞ。絶対にだ。だからちょっと待てっ!」
「言って見ろ」俺はグラモリーの本体である“いびつな剣”を持つ手を下ろした。
「何よ! ここで止めるの?」悪魔が抗議の声をあげる。
俺は彼女を無視し竜に先を続けるよう促した。
黒竜はホッとしたように喋りだす。
「“アザギル”が人間界への侵攻をもくろんでいる。我は少しだけ力を貸しただけだ。ほんの少しだ。すでに、あいつに取り込まれた人間達が大勢いる。今、そこの都では、その者どもが好き勝手をやっている」
“アザギル”か。やっかいな奴だ。奴は俺の“グラモリー”と同格の五大悪魔の一柱だ。
人間の欲につけ込み帝国の不満分子を取り込んだか。
「お前達の戦力は?」
「竜族は我の他にもう一体。他に100体程度の魔族。人間の数は良くは分からんが、少なくとも5000程度は居るだろう。だが竜族を除けばお前の敵では無い。心配するな。相棒の竜は連れて帰る」
それだけ言うと、慌てて飛び去ろうとする。
「待てよ、キルケゴール。お前は報酬に何をもらう筈だった?」
「生け贄に人間の娘を三千ほどだ。だが、貴様達と戦うのでは割りに合わん。我はこの争いから降りる」
それだけ言うと、ゴゥーと翼の音がして竜は上空に消えていく。
「行っちゃう! 私の竜が行ってしまう!」 グラモリーが騒いでいる。俺はため息をついた。いつも力を抑え気味にしてたせいで欲求不満ぎみの彼女は、殺戮に期待していたのだろう。
しばらくむくれて、俺と口を聞いてくれまい。
近くに大佐とセリアが居るから、そもそも最初から竜と戦うのは無理なのだ。黒竜を倒すのは簡単だが、彼女達を巻き込んでしまう。キルケゴールが退散してくれて助かった。
俺は立ちすくんでる大佐とセリアの方を振り向いた。
「大佐。俺は街の中の掃除をしてくる。まだ生きていれば皇帝も助けよう。半刻ほどたったら門をくぐって中に入れ。後始末を頼む。それが最後の命令だ」
「准将。あなたは……」
俺は頷くとセリア・バイロン少佐に話かけた。
「一緒に居れて楽しかった。信じてくれないかも知れないが本当の気持ちだ」
「……ナオトさん」
「最後に一つだけアドバイスだ。正義感もそこそこにしておけ。生きるのが辛くなる。幸せにな」
俺は帝都の入り口である市門に向かった。
◆
宮殿に向かう中、大した敵はいなかったが魔族の相手に少し手間取る。
俺は兵士を三百人程度、用心棒らしき魔族九匹を屠った。
グラモリーの欲求不満の解消を兼ねて一部の力を解放してやったのだ。たがその程度では収まらないらしく,
悪魔はまだブツブツ言っている。黒竜を逃がした事をまだ根に持っている。
ようやく宮殿に到着した。
中の敷地には裏切り者の帝国兵士達、数千人が集結している。魔族らしき影も見える。俺が宮殿に向かっているのを察知した敵は、兵力を集中させ迎撃するつもりらしい。
個別に向かっていては、到底俺の相手は出来ないことにようやく気がついたようだ。
そして敵は捨て身の戦法に出た。一斉に襲ってきたのだ。
前方に軽装歩兵、後方に重装歩兵。さらに後方に魔族達。群衆の圧力で俺をすり潰すつもりらしい。
無駄だ。
(グラモリー。武装選択“分解”)
(え~。ここは“崩壊”か“大爆破”でしょうに。派手にいきましょうよ?)
(お前は宮殿を更地にするつもりか。いいから言われたとおりにしろ)
敵魔族の魔法が飛んでくる。グラモリーの結界が全てを弾いた。
お返しだ。右腕に持った“剣”が震えた。“分解”の発動。
敵軍勢が崩れ出す。
“崩れた”と言うのは比喩では無い。兵士の身体が文字通り崩れて砂となり地面を覆っていく。
前列から後列へ。兵士の身体がどんどん砂と化していく。砂の山が出来ていく。
生き残った兵士はパニックになった。逃げようと駆け出すが、そのまま砂となる。
魔族達は、こちらの正体に気がついたようで逃げ出し始めた。グラモリーの相手をするには、圧倒的に格が不足している。
(雑魚ばかりでつまんない。まともな敵はそばにはいないわ……)
そろそろ親玉が出て来てもいい頃だ。俺を止めたいならそうするしかない。
皇帝は、まだ生きているだろうか。確率は五分五分と言うところだろう。生かしておけば敵にとっても、いろいろ使い道はある。下手に抵抗してなければいいが。
(隠し部屋を見つけたわ。少しは強そうな敵がいる……行ってみましょうよ)グラモリーが囁く。少しは力を解放できて機嫌が直ったらしい。
(皇帝は、そこにいるか?)
(ここからでは良く分からない。人間が何人かいるのは確かだけど……でも意外ね。あの女を気にかけるなんて。好みでは無いのでしょう?)
(俺の誇りの問題だ)
俺はその部屋に向かって駆けだした。多分、中に居るのは親玉だろう。逃げられては面倒だ。




