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精鋭“リークスの正義”部隊


第一師団は帝都の警備を兼ねている。宿舎は宮殿からそれほど遠くない。馬で半時もかからない筈だ。“リークスの正義”部隊はこちらの指揮下に入るのだから指揮官を呼びつけるのが普通だろうが、なんとなくマズい気がする。俺はこちらから逢いに行く方を選んだ。こうした方が時間の節約になる。向こうからすれば、いきなり自分の上官がアポ無しでやって来るのは迷惑だろうが。


俺達は預けた馬をとりに厩舎きゅうしゃに向かう。だが会いたくない奴に見つかってしまった。


「これはこれは。ナオト中佐。久しぶりだな。どこへ行くんだ?」

エーリッヒ・トレーガー大佐。年は俺より5つほど上だ。三大国の一国“ランス”の貴族出身だ。

この男は俺と少佐に縁がある。俺達の上官だった男だ。


「ちょっとした野暮用やぼようです」


「忙しそうで何よりだ。さすがは皇帝陛下のお気に入りだな。いや羨ましい」


俺がお気に入り? もうそんな噂が立っているのか。

ふと気になって俺は隣の少佐の様子を伺う。案の定、トレーガー大佐を険しい顔で睨み付けている。彼女はこの男の事を心底嫌っている。実を言えば俺もそうだ。この男――エーリッヒ・トレーガーは正真正銘のクソ野郎なのだ。


「我々はこれで」


俺はこの場から立ち去ろうとした。この土地で事を荒立てるのはかえって損だ。そう判断した。


「中佐、ちょっと待ちたまえ。まだ用は済んでいない……セリア・バイロン少佐。さきほどから私の顔をじっと見ているようだが、顔に何かついているかね?」


「……」少佐は唇を噛む。そして何とか言葉を吐き出した。「失礼致しました。そう見えたのならお許しください」


「まだ、私の事が諦められないかね? 昔、君の気持ちに応えてやれなかったのは悪いと思っている。あの時はまだ家内が居たからな。だがもう別れた。今なら応えてやってもいい……」


少佐は怒りのあまり顔が赤くなった。

まるで彼女が大佐に気があったような言い方だが、事実は全くの逆だ。こいつは自分の権力を使って部下に言い寄るような男だ。少佐は、はぐらかしていたが、かなりしつこかったと聞いている。


「少佐。行くぞ」俺は彼女に声をかけその場を去ろうとした。


「待てと言った筈だ。聞こえなかったのか? お前は上官に対する礼儀を知らん。これだから田舎者は」


「……大佐。残念ながら上官に対する礼儀を知らないのは貴官の方だ。私の部下に気安く話しかけないでもらおうか」


「何だと。中佐風情が偉そうに……いや。貴様、まさかっ? ……皇帝に取り入って昇進したのか? そうなんだなっ!」


「侮辱は本部に報告させてもらう。礼儀知らずにはしかるべき処置が必要だ」


大佐の顔が怒りで赤黒くなった。

「女帝の……くせに」


飼い犬か。悪くない。なんせ俺は猫より犬派なのだ。


「失せろ。皇帝への侮辱は聞かなかったことにしてやる」


そのまま厩舎きゅうしゃの側までセリアを連れ歩く。振り返ると大佐の姿は消えていた。


「すまない。助けに入るのが遅れた」


「大丈夫です。この程度……の事で。すみません」


以前、あの男の部下だった時、俺たちが受けた嫌がらせはこの程度では無かった。

俺と少佐は……戦場であいつに殺されかけた事がある。敵に囲まれて援軍が必要だった時に援護要請を無視されたのだ。恐らくいくらモーションをかけてもなびかない少佐に、嫌がらせをしようとしたんだろう。要請を出した事実は残っておらず、証拠も消された。俺達は、あいつがわざとやったことを確信している。


(殺しちゃえば?)“剣”が俺の心にささやく。(協力してあげる。いつも言ってるのに)


(軍人は軍法会議で裁かれるべきだ。俺は気ままに殺しまくるお前らとは違う)


(私との契約者であるあなたは、いつでも復讐出来るのよ。なんでそこまで我慢するの?)


黙った俺に“剣”は言った。


(分ってるでしょ? 軍法会議なんてあの男に受けさせられないって)



副官と一緒に馬を半時ほど走らせると目的地に着いた。指揮官の屋敷やしきは兵舎から少し離れた場所に分散している。屋敷まで訪ねる覚悟はしていたが、運良く指揮官はまだ兵舎の方にいた。


俺達は案内された兵舎内の部屋で連隊長のギリアン・レッグ大佐を待った。


「ナオト准将じゅんしょう。ご足労頂きまして恐縮です。言ってくださればこちらから出向きましたものを。自分が“リークスの正義”部隊を預かっているギリアン・レッグ大佐です」


「シン・ナオトだ。よろしく頼む。こちらは部下のセリア・バイロン少佐だ」


「貴部隊のご活躍はいつもお聞きしています。お会いできて光栄です。レッグ大佐」

セリアは帝国貴族流に会釈した。上流の貴族同士が初対面で会う場合は軍式の敬礼より貴族の作法に従う方が普通だ。


「こちらこそ、お会いできて嬉しいです。バイロン少佐」

ギリアンも優雅に会釈を返す。


高名な部隊の指揮官は例外なく貴族出身だが、レッグ大佐は高慢なところが無い気分の良い男に見えた。短く刈った銀髪に精悍せいかんな顔。そしてなかなかの二枚目だ。

悔しいが、部下のセリアと向き合った所は絵になる。


「さっそくで申し訳ないが」 俺は用件を切り出した。「今回の任務で聞かせて欲しい事がある」


「何なりとお尋ねください」


「大佐。何故、君たちなのだ。何故、精鋭部隊の君達が歓迎式典に出る必要があったのだ?」


「選ばれた理由は自分にも分かりません。聞くところによると当初は他部隊が派遣される予定だったそうです。しかし陛下が“リークスの正義”を直接指名したとお聞きしています」


「皇帝はきまぐれなところがありますからね」セリアが言う。俺は顔をしかめた。俺以外の人間が居るところで陛下の事を“きまぐれ”と言うのはまずい。


大佐はしかし、微笑みながら言う。

「ええ。確かに皇帝陛下にはそう言うところがあります。しかし今回に限って言えばそれは違うと思います」


「と言うと?」


「陛下は用兵に関しては極めて慎重です。部隊を思いつきで動かすことは決してありません。何らかの深刻な状況が歓迎式典で起こりえる……我々を送るのはそれに備えてだと私は思います。何故理由を教えてくださらないのかは謎ですが」


「式典で何かが起こる……やはり君もそう思うか。だがもう行って確かめるしか手はあるまい。式は明後日だからな」


「部隊移動の準備はもう出来ております」

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