式典
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「式典は3日後になる。くれぐれも非礼に成らぬよう注意してくれ」女帝、シルヴィ・ド・メディシスの美しいグリーンの瞳が俺を睨む。プラチナ・ブロンドの髪が揺らいだ。
「了解致しました。しかし陛下、本当に私でよろしいのでしょうか? 自分は儀礼向きの人間ではありません」
小国の高官が我が帝国を訪問するらしい。俺に命じられた仕事は軍の代表者として歓迎式に出席する事だ。
しかし俺の階級は中佐にすぎない。この手の仕事は将官クラスの仕事の筈だ。しかも皇帝がわざわざ直命を下すなんて……ちょっと普通では考えられなかった。
「ナオト中佐。お前で構わん。暇そうな奴が他に居ないからな」
「しかし陛下……」
皇帝の目つきが険しくなり、俺は言葉を飲み込んだ。
確かに彼女は美しい。だが美し過ぎるのも問題だ。不機嫌に成った時の怖さは三倍増しになる。
帝国史上一位か二位を争うほどの美貌で、ほとんど全ての市民の憧れだ。“ほとんど”と断った理由は俺はその中には含まれていないからだ。俺は親しみやすい女が好みなんだ。
「不満そうだな。言いたいことがあるなら、ここで述べよ」
極東にある故郷から呼び出され、どうでもいいような雑用を命じられ、会議につきあわされ、ようやく終わって帰れると思えば、聞いた事も無いような小国の歓迎式典に出ろとのご命令だ。だが文句を言うのは心の中だけにしておいた方がいい。はい、さいですか……とタラタラ文句を、本当に並べれば俺は終わる。辺境の田舎者と陰口を叩かれる俺でも、その程度の事はわきまえている。
「とんでもございません。私に不満などあるはずもなく。陛下より名誉ある任務を頂き光栄でございます」
俺は帝国流のお辞儀を見事に決めた。これならセリアも褒めてくれるだろう。
辺境育ちの俺を心配して、俺の部下セリア・バイロン少佐は帝国流のマナーの特訓をしてくれていた。彼女は貴族出身で礼儀作法に詳しい。
女帝は微かに笑った。
「なかなかいいぞ、中佐。信じてもいない事を、さも信じているように振る舞うのは帝国高官に必要なスキルだ。お前は思っていることが顔に出るタイプだからな。妾は心配であった」
「私は本心から申しております」
「そうだ、その調子だ――ところで言い忘れた事がある。お前――シン・ナオト中佐――は本日付けで准将に昇進する。いくらなんでも式典に出るのが中佐ではまずいからな。それから我が直属部隊がお前と一緒に式典に参加する」
「えっ?」
「えっ、では無い。お前は准将に昇進すると言った。そして同行するのは“リークスの正義”部隊だ」
昇進だって? 嬉しさよりも困惑が俺の心を覆った。
准将と言えば中佐→大佐→准将……つまり二段階昇進になる。最近、俺は何か手柄をあげただろうか? いいや。全然。これっぽちも。自慢じゃ無いが鳴かず飛ばずだ。
そして“リークスの正義”と言えば我が帝国が誇るエリート部隊だ。彼らの勇敢さを知らぬ者はいない。俺と一緒に式典に参加する? どうでも良さそうな式典に? 皇帝は一体何を考えてるんだ。
「式典の警備は“リークスの正義”部隊に命じてある。だが、どうせお前もそこに出向くんだ。指揮はお前がとれ。“リークスの正義”はこれよりお前の指揮下に入る……ではそろそろ時間だ。お前と遊んでいるのは愉しいが、妾も暇では無いのだ」
俺がエリート部隊を率いる……分かったぞ、これは夢だ。しかし不思議だ。俺は自分の昇進を夢見るほど出世欲があったのか? そんなつもりは無かったんだが。
「はっ。御心のままに」
皇帝はニッコリと微笑む……俺の心は不意打ちされた。いつもは冷たい表情しか見せないクセに、こんなに可愛らしかったのか。美しすぎる女は俺の好みでは無い……筈だったがちょっと自信が無くなった。皇帝は声を潜める。近くの近衛に聞かれないようにする為だろう。
「そんな顔をするな。これで埋め合わせが出来たとは思っていない。だが何もしないよりはマシだろう」
???
意味がわからない。
だがどうせ、これは夢だ。細かい事を気にしてもしょうがない。
「退出を許す。ナオト准将」
皇帝は俺から視線を外し、後ろのおつきに目をやった。謁見はこれで終了したようだ。
俺は皇帝に退出の礼をすると謁見の間から出た。不思議だ。夢がまだ覚めない。
◆
控え室に退散すると、セリア・バイロン少佐があわてて部屋に飛び込んできた。
黒髪のショートヘアに茶色の瞳。俺の欲目かも知れないが、美しさで言えばかなりのモンだ。美人過ぎる女性は俺の好みでは無いが、彼女はその例外となる。冷たい女と陰口を叩く奴もいるが、そう言う奴は分かっていない。そうでなければ、冷たくされてもしょうがない人間だろう。少佐は正義感が強過ぎるところがあって敵が多いのだ。
彼女は心配そうに俺に尋ねる。
「中佐。皇帝との謁見、いかがでしたか?」
「三日後にナムトの街で行われる式典に参加する」俺は任務の内容を簡単に説明し、最後に付け加えた。「それと本日付けで俺は准将に昇進した。皇帝から直接伝えられたんだ」
「あの陰険女。いつも中佐をこき使い……って今、何て仰いました?」
「准将に昇進した」
少佐は一瞬びっくりした表情に成ったが、すぐ嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。彼女はいつでも何か俺に良いことがあれば自分の事のように喜んでくれる。
「二階級昇進、おめでとうございます!! ようやく上も中佐の実力を認めたんですね。当然だと思います!」
「それはどうかな……でもありがとう」
バイロン少佐と一緒に戦うようになってもう六年になる。訳あって俺が帝国本隊から故郷の部隊に戻った時も、ついてきてくれた。
彼女は帝国の元と成った旧三大国のうちの一つ、エンゲ国の大貴族の次女だ。本来なら俺の部下に成るような人間では無い。
ちなみに皇帝は同じく旧三大国の一つメアの大貴族出身。三大国貴族の格の高さは、後から併合された他の七国とは別格になる。ついでに言えば俺は、七国の中で最も小さなジェイの平民の出だ。帝国領土の東の果ての国。当然ながら俺の立場は非常に弱い。中佐でも大出世の部類だった。
「今度は君の昇進する番だな。セリアは俺の部下で収まる人間じゃない。将軍やってておかしくないんだ」
褒めたつもり……だったが少佐はショックを受けたように顔がひきつった。
「あのそれは……私はもう、ナオト様にとって不要と言う意味でしょうか?」
「どうしてそういう反応に成る? 君は優秀な軍人だ。俺はただ……」
「……良かった。私は常にナオト様と共にあります。もう、そう決めたのです」
彼女はにっこりし、俺はため息をついた。
他の部隊が引き受けたがらない任務は、いつでもこちらに回ってくる。いわば俺の部隊は使いやすい便利屋ポジションだ。一緒に居る事が彼女の為に成るとは到底思えない。
俺は諦めて部屋を出ようと歩き出す。儀礼用のマントが身体にまとわりついた。
帝国本国の礼装には、いまだ慣れない。見た目重視で身体の動きを制限しすぎている。故郷の軍装に早く着替えたい。
「待ってください。中佐……じゃなかった准将! どちらへ向かわれます?」
「“リークスの正義”の連隊長のところだ。あの部隊は今回、俺の指揮下に入る」
「“リークスの正義”? あのエリート部隊の?」
「一緒に来てくれ。あの部隊は半年前にもナムトの街に遠征している。もっと詳しい状況が分かるだろう」
「了解です。お供致します」 嬉しそうな少佐と共に、俺達は宮殿を出た。皇帝直属、第一師団の宿舎に向かう。




