3-8
良明が文音に頼んだことは、文音がカウンセリングを受けているクリニックを教えてほしいということであった。5件の殺人現場に行ったとき、文音がフラッシュバックを起こした時の対処法を知りたいと、良明は言うのであった。
文音は良明を、松島先生がいるクリニックへ案内した。松島先生は、良明を見るなり、「文音ちゃんが男の子を連れてきた」とかなりご機嫌であったが、姉のことを調べるために現場に行くと言った瞬間、その表情は曇ってしまった。
「あなたのカウンセラーとして、そんなこと“いいです”とか言えるわけないでしょ」
「先生。姉のことが知りたいんです」
文音は松島先生に対して、必死になって訴えた。これがあやふやなままならば、次の一歩が踏み出せないような気がすると、文音は伝えた。
「文音ちゃん。気持ちは分かるけど…」
松島先生は困り果てているように思えた。以前、松島先生は少しずつ慣れていけばいいと言っていた。ショートステップで少しずつ変わって行けばいいと、文音は教えられた。しかし、西沢美夜古の全てを解き明かし、自分が新しく生まれ変わるためには、今、この時しかないと文音は感じていたのだ。
「松島先生。僕からもお願いします」と良明も松島先生に頭を下げていた。
「あなたに、文音ちゃんをしっかりと支えれる自信はあるの?私は、相談を受け持っているのは、文音ちゃんだけじゃないから、現場には立ち会えない」
松島先生はそう言うと、文音の顔をじっと見つめた。そしてそっと微笑みながらこう言い始めた。
「昔、あなたの目によく似た女の子に会ったことがある。お母さんのこと信じられなくても、どこかで彼女は自分の母親のことをあきらめていなかった。文音ちゃんもそうかもしれないわね。あなたは、お姉さんのことをまだどこかで信じている」
松島先生は、大きく深呼吸をすると、「行ってきなさい」と一言つぶやいた。
「いいのですか?」と思わず文音は聞き返した。
「うん。その代り、フラッシュバックが起きたら、すぐにここで医師による診察と私のカウンセリングを受けること」
文音は、「ありがとうございます」と松島先生に言った。松島先生は、その後、良明をカウンセリングルームに案内し、5分くらい話し込んでいた。
松島先生はカウンセリングルームから良明を伴って出てくると、「いい人ね。この人。あなたは良明くんが、ここを教えるように頼まなかったら、私に何も言わずに行ってたでしょ」と文音に言ってきた。
松島先生にはいつもかなわないと文音は感じていた。それもそのはずである。文音がいつも1人で過ごしていた大学生活は、松島先生のおかげで成り立っていたようなものなのだから。そこに、良明が入ってきて、文音の大学生活は劇的に変わった。
「じゃあ、行こうか。文音ちゃんに会いたいって言う人が待ってるよ」
突然、良明がそんなことを言った。
「私に、会いたい人って?」
「文音ちゃんを守ってくれた、ヒーロー?」
「何それ」
文音と良明は、西沢美夜古が最初に殺人を犯したとされる現場に向かって歩き始めた。文音は、今後、自分にどんなことが起きるか分からないが、西沢美夜古という自分にのしかかった大きな錘を払いのけるために、歩き始めていた。




