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文音は良明と別れた後、まっすぐ自分の家に帰ることはできなかった。自宅の近所のバス停でバスを降り、そのまま2年前から通っている心療内科のクリニックへと向かった。
文音は姉の美夜古が5人を殺した殺人犯として逮捕された後、激しい希死念慮を感じ精神科に入院していた。文音は自分が大好きだった姉が、あの優しかった姉が、人を殺したことが信じられなかった。
文音に追い打ちをかけたのは、両親が体調を崩し別の精神科に入院してしまったことだ。文音は両親ともに統合失調症になっていると聞いたが、詳しいことは分からなかった。入院中に文音は、何とか高校認定試験を受け合格することができた。そして、自分のために心理学を学ぼうと決意し今の大学に入ったのだ。
しかし大学での道のりは平たんではなかった。良明に出会うまで、友達は誰一人としてできなかった。独り暮らしの部屋で人が死んだニュースを聞いては、美夜古のことがフラッシュバックのようによみがえった。
そんな文音が良明と出会うまで、何とか大学に行けていた大きな要因は、今、文音が通おうとしている心療内科であった。ちょうど2年前、この心療内科に1人のカウンセラーがやってきたのだ。
そのカウンセラーの名前は松島楓。東京からやってきた心優しいカウンセラーであった。彼女は、「ここはあまりクライアントが居ないから、何か辛いことがあったらいつでもきていいよ」と優しく語り掛けてくれた。
文音は心療内科の前に立つと、迷うことなく入り口に続く階段を上った。中に入ると心地の良いクラシックが流れていた。受付に置いてあるドラえもんのぬいぐるみが、優しく文音を迎えてくれた。
「あら文音ちゃん」
受付の女性が文音に気付いて声をかけてきた。
「松島先生?」
「はい、松島先生に会いたくて来ました」
「分かった、すぐに松島先生を呼んでくるから」
受付の女性はそう言うと、奥の方に姿を消していった。
病院の玄関口には靴が1組置いてあった。文音以外の誰かが、院長の診察を受けているのだろう。院長は精神科医らしいが、文音がカウンセリングを受けている松島先生は、臨床心理士だと言っていた。
「文音ちゃん、おまたせ!」
松島先生が笑顔で文音の前に姿を現した。
「こんばんは」
「今日は来ると思ってた、さあ、今日は2番のカウンセリングルームね」
文音は松島先生にエスコートされるがままに、指定されたカウンセリングルームに入っていった。




