第三章①
東京中央特別病院。久しぶりに見たその外観は、子供の時に見たあの灰色の建物とは別人の様に綺麗になっていた。殺風景だったコンクリートの壁は、どこかの園児たちが描いたのだろう、にぎやかな動物の絵で埋まっていた。一見、普通の病院の様に見える。
しかし、絶対にここには何かがある。綺麗な外観に隠された危険な何かが。
ロビーを覗いてみると、人はそんなに多くなかった。平日だし、割と来る人は少ないのかもしれない。 受付には若い女の人が二人、何かの書類を読みながら座っている。さて、どうしたものか……。さすがに何か隠してるな、なんてことは言えない。かといって、この人の少なさだと、こそこそと中に入ることは難しそうだ。
私は、普通に国家権力に頼ることにした。
「すいません、こういう者なんですが。」
警察手帳を見せる。受付の二人はそれを見ると、顔をしかめた。
「何かあったんですか?」
「いえ、ちょっとこの病院に爆弾が仕掛けられた、なんて通報がありましてね、少し調べさせてもらってもいいでしょうか?」
あながち、間違ったことは言っていない。
「そんな! 避難しなくても大丈夫なんでしょうか?」
受付の二人が不安そうに聞いてきた。大事になってしまうのは、まずい。
「あまり大きく動くと犯人に気づかれてしまうかもしれません。あくまで普通にしていてください。」
「は、はい……。」
受付の二人はしぶしぶといった顔で頷いた。命が危険に晒されている状況で、普通にしろと言われたのだ。不安になるのも無理はない。私は心の中で謝罪すると、病院の奥へ続く廊下を歩き始めた。
歩き回って分かったことは、やはりそう簡単に秘密は暴けない、ということだった。どこをどう見ても、普通の病院だ。おかしなところなんて、どこにもない様に思われる。
何かあるのは間違いないのだけれども……。一体どうすればいいのか。
その時、私の携帯電話が震えた。出てみると、相手はある携帯会社の人だった。
「田辺さんの最後の通話履歴がありましたよ。」
そういえば、そんなことも頼んでいたっけ。この病院のことばかり考えていて、すっかり忘れていたが、確かに調べる様にお願いしていた。
「本当ですか!?」
「はい。相手の番号は……。」
聞いた番号をメモると、私は礼を言って、電話を切った。
この番号の主が、犯人と最後に話をした人間のはずだ。あの場所で田辺の携帯を使って電話をかけるとすると、相手の可能性はいくつかある。だが、私の予想では、相手は爆弾の提供者だ。爆弾の主を脅すためか、はたまた自分にも爆弾を作ってほしいとでも言ったに違いない。
この主を探すのにまた時間をかけるのは、もったいない気がする。爆破事件の方の犯人も犯行の頻度が上がっている。あまりモタモタしていると次の犠牲者が出てしまう。
掛けてみよう。自分の携帯じゃ不安なので、近くにあった公衆電話に入る。番号を押すと、数回のコールのあと、どこかに繋がった。
「もしもし?」
「はい、こちら東京中央特別病院所属 伊藤和樹です。私に何か用でしょうか。」
「あ、すいません。番号を間違えたみたいです。失礼します。」
私はすぐに電話を切った。まさか名乗ってくれるとは思わなかったが、これで手間が省けた。
爆弾の持ち主は、どうやらこいつの様だ。つまり、爆弾は、他の怪しい部分もふまえて、この病院で作られていた、と考えるのが妥当ではないだろうか。
この病院には、やはり裏がある。会いに行かなくてはならない。この伊藤という男に。
伊藤の部屋は2階にあった。ちょうどいいことに、伊藤は先ほど外出したらしい。これは果たしてラッキーなことなのだろうか。それとも、先ほどの怪しい電話を調べに向かったのかもしれない。
とにかく急がなくてはならない。私はまた、国家権力を行使して、彼の部屋に立ち入った。
部屋の中は、とてもシンプルだった。部屋の奥に机が置かれていて、それを挟む様に壁には本棚が設置されている。私は、何の躊躇いもなく机や本棚を物色し始めた。机は上も中も綺麗に整頓されていて、パッと見るだけでどこに何の資料があるかが分かりやすくなっていた。医学用語は分からないので、何の資料かは不明だが。
手当たり次第に資料を漁っていく。ザッと見て、関係ありそうな物だけじっくり読んでみる。しかし、何か手がかりになる様な資料は見当たらない。やはり、ここにはないのか……。
本棚にある本を手当たり次第に読んでいた時、一冊、妙な本を見つけた。その本だけ、本棚から出てこないのだ。そこまでぎゅうぎゅう詰めにされているわけでもないので、簡単に引き抜けるはずなんだけど。
私は思いっきりその本を引っ張ってみた。しかし、なぜかその本は引き抜くことができない。
もしかして、これは……。私は、今度は逆に押してみることにした。すると、本は本棚の奥にスーッと、滑る様に入っていくではないか。ある程度まで押し込むと、カチャ、という何か鍵が開く様な音がした。
その音と共に、本棚が横にずれていく。本棚の後ろから、金属製の重々しい扉が現れた。これは明らかに隠し扉だ。
どうやら、ビンゴみたいね。扉には、鍵は掛かっていない様だ。私は銃を構えると、その扉の向こうへ、足を踏み入れた。
扉の向こうには、まず階段があった。短い階段だ。降りてみると、広い廊下に出た。しかし、先ほどまで居た病院の一階ではない。もっと殺風景で、そして人がいない。シーンと静まり返っている。窓は一つもないが、明るい照明が等間隔で取り付けられていて、思ったより暗くはない。
天井は割と低めだった。この場所は、どうやら、一階と二階の間にあるみたいだ。私はなるべく足音を響かせない様に歩いていく。病院と同じ様に、廊下の両側に部屋がいくつもある。手当たり次第に開けていこういこうかと考えたが、中に人がいる可能性を考慮して、やめておくことにした。
長い廊下を進んでいくと、半開きになっている扉を発見。覗いてみると、何かの実験室の様だ。薬品がたくさん棚に入れられ並べられていて、机の上にはビーカーやらフラスコやらがたくさん置いてある。私は銃を構えたまま中に入った。どうやら、誰もいない様ね。私は銃は構えたまま、置かれている薬品を見てみるも、何か専門的な用語で書かれているラベルを読むことはできなかった。
あたりを見回すと、更に奥に扉がある事に気付いた。窓がついていて、そこから中の様子を見る事が出来る。
私は、その窓からの景色に目を奪われた。
あたり一面に広がる白い花々。まるで、ここが建物内であることを忘れさせるような青い空が、天井に広がっている。雲が動いているのも見えた。どうやら風も吹いているらしい。強い風が吹くと、それに合わせて花も揺れて、花びらが舞っている。
綺麗だ。もう東京では見る事の出来ない美しい花畑がそこにはあった。
その花畑の真ん中に、人がいた。白いワンピースを着た少女が、体育座りで、ボーッと空を眺めている。風が吹くたびに、彼女の長い青い髪も揺れている。その青い髪とは対照的な赤い目が、私にはとても悲しげに見えた。
その時、少女がこちらを見た。やばい。バレた。私は銃を彼女に向けて構える。
少女は私を見た時、酷く驚いた顔をしたが、銃を構えると、なぜか笑顔を見せた。
「そこの扉、自動扉なんですよ。」
少女の透き通る様な声が、花畑に響いた。その声からは警戒心というものが感じられない。まるで、昔からの友達と喋る様な、そんな感じだ。
どうやら私は、綺麗な景色に見とれていて、自動ドアが開くのにも気づかなかったらしい。なんと間抜けなことだろう。私は自分の顔が熱くなるのが分かった。不思議なことに、私は、彼女が危険な物には思えなかった。あり得ないことだが、敵地の中で、私は何の躊躇いもなく、銃をおろした。彼女が何者か分かったものじゃないのに、私は彼女の元に歩いていく。
近くで見ると、彼女がとても可愛らしい顔をしているのが分かった。歳は11,12歳ぐらいだろうか。
少女は立ち上がると、私の目をジーッと覗き込んできた。先ほどの悲しい目とは違って、今度はその目に期待と、未知への好奇心を私は見た。とてもまっすぐで、純粋な、それでいて、どこか危うさをはらんだその瞳を、私は目を逸らした。
「あなた、酷く疲れた目をしていますね。」
少女は寂しそうに呟いた。初対面の、こんな子供にまで私はそういう風に見えるのだろう。まあ実際にそうなのだが。
「あなたは何者?」
話題を変える為に、率直な疑問を口にした。少女は首を傾げた。
「そうですね……。なんと言いましょうか。人であって人でないような……。あ、でもここの人たちは私をこう呼んでいますよ。実験コードG;被検体No.01、通称”カミ”、と。」
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