第二章④
小野という男は、東京から離れた、大きな屋敷に住んでいた。今、私の目の前には、その大きな屋敷がある。きっとあの発見で、大金持ちになったに違いない。
玄関のインターホンを押して、しばらくすると、女の人が出た。どうやらメイドみたいな人もいるみたいだ。私が要件と警察であることを伝えると、門の扉が開いた。入っていいみたいだったので、私はその屋敷に足を踏み入れた。
「ここが書斎です。」
通された部屋に、年老いた男性が一人、高そうな椅子にゆったりと座っていた。
「いらっしゃい。」
「お邪魔します。」
きっとこの老人が小野さんなのだろう。ニコニコとしていて、イメージとは大違いだ。研究していた時の写真が新聞に載っていたが、その写真ではもっと目がぎらついていた気がする。
「大きな家ですね。」
「お金がたくさん入ってきましたからね。今はもう研究は若い者に任せて、ここでゆっくりと暮らしているんですよ。」
あの金属の発表の後、すぐに引退したらしい。そんな記事を見た気がする。
「そうなんですか……。その研究について、少し質問しても構わないでしょうか?」
「ええ。私に答えられることなら、何なりと。」
老人は穏やかに笑った。
「田辺誠也という男を覚えていますか?」
「ええ、もちろんですとも。彼はすごく頭のいい人でね、私よりもあの金属に情熱を持っていましたよ。」
「彼が金属を破壊する実験をしようとしていた、ということはありますか?」
老人は眉を寄せた。
「どうだったでしょうか……。ああ、そういえばそんな実験をするとかなんとか言ってた様な……。」
「詳しく教えてもらっていいですか?」
老人は頭に手を当て、うーん、とうなっている。それから、はっと顔を上げた。
「思い出しましたよ! 金属を破壊する実験をやろうと、彼が言ったのを。私は笑いましたよ。そんな高温を出せる物がこの世にあるなら、私も見てみたいってね。しかし彼は真面目な顔で、あてがある、なんて言ったもんですから。私は一応許可しましたよ。しかし、結局その実験は行われなかったみたいです。田辺もそのあとすぐに研究をやめましてね……。」
昔懐かしい栄光の日々を語りだすと、お年寄りが止まらなくなるのを私は自分の祖父から学んでいた。彼の自慢話に一言も割り込まず、耳を傾けることにした。何か、何かヒントがないだろうか……。
「そういえば田辺君、金属に興味があるのに東京中央特別病院ってとこでも働いててね。この発見が医療分野でも役に立つかもしれない、とも言ってましたね。」
書類で見つけたあの病院の名に、私は反応した。
「彼は医療関係の人間だったんですか?」
「そうだったと思いますよ。そんな人間が、うちの研究を手伝いたいなんて言い出すもんですからね、最初はびっくりしましたよ。」
田辺はどうしてこの研究に参加したのだろうか。いくら興味があるとはいえ、専門分野は医療のはずだ。どこでそんな研究に携われる程の金属の知識を……。
老人は私が考えている間にも、話を進めている。
「あの病院、雰囲気が不気味ですよね。患者もあまり運び込まれていない様に見えますし……。噂では青い髪の幽霊が出るって。知っていますか?」
「いえ、初耳です。」
「あそこはあまり近づかない方がいいかもしれないですよ。私は以前あそこに……。」
老人のおしゃべりはとどまる所を知らない。このままでは、必要な情報を聞き出せそうにないので、私は話題を変えることにした。
「あれ、何の設計図ですか?」
ふと目に入った、大きな図面。何かの設計図だろうか。柱が何本も組み合わさり、不思議な構造をしているのに、きちんとした立方体になっている。
「これがその、地震に強い構造ってやつですね。これが地下にまるっと収まってるんですよ。」
「近くで見てもいいですか?」
「どうぞどうぞ。」
私は図面に近づいてみた。綺麗な線が何本も正確にひかれたその図面は、とても美しかった。これが東京の地下に埋まっているのかと思うと、私はそれを見てみたいなと思った。
図面を見ているうちに、不思議な文字を見つけた。汚い字だが、かろうじて読める。英語で書かれたその字は……。
「mask man?」
「おお!その文字に気付かれるとは、目がいいですね!」
老人は椅子からゆっくりと立ち上がると、私の隣に立った。
「私がこの研究を始めたのは、というかこの研究の原案を考えたのは別の人なんですよ。」
突然のカミングアウトに、私は驚いた。
「研究を横取りしたんですか?」
老人はハッハッハと豪快に笑った。
「そんなことしてたら、私はこんなに穏やかにあなたと話せていませんよ。あれはね、随分前のことでしたよ……。」
その日もいつものように研究に向かおうとしていた小野さんは、玄関の戸を叩く音で身支度を中断された。
誰だろう。こんな未熟な科学者に、何の用事があるというのか。そう思いながらも、彼は玄関の扉を開けた。
すると、驚いたことに、そこには誰もいないではないか。何だ、ただのいたずらか……、そう思いドアを閉めようとした。
「おーい。こっちだよ。」
下の方から幼い声が聞こえる。小野さんは下を見て、思わず声をあげたという。
そこにいたのは、ガスマスクを被った小さな男の子だった。新手のいたずらか。小野さんはすぐに扉を閉めようとした。
「お邪魔しまーす!」
小野さんがドアを閉め終わる前に、その男の子は小野さんの横をすり抜け、勝手に家に上がり込んだ。
「あ、こら!」
小野さんも慌てて追いかける。リビングを見ると、子供がテーブルの上に散らかっていたものを、乱暴に床に落として、そこに一枚の図面を広げている所だった。
何だろうか……。小野さんは近づいてそれを見て、そして驚愕した。
「美しい……。」
それは今までに見たことがないような、斬新で、インパクトがあって、そして何より神聖だった。
「これは君が考えたのかい?」
「うん。」
ガスマスクの男の子は元気に頷いた。
「おじさんには、これを作ってほしいんだ。東京の地下に。」
「地下に、か……。確かにこの構造は素晴らしい。だが、現代の科学ではこれに耐えうる金属は作れないんだ……。」
「じゃあ、おじさんが作ってよ。」
「ハッハッハ。君も冗談がきついな。私は下っ端の名もない学者だぞ。私にこんなのが作れるわけない……。」
小野さんの言葉を最後まで聞く前に、男の子はポケットから何かを取り出し、私に差し出した。
「これで、どうかな?」
渡されたのは、何かの細胞組織の様だ。試験管に入れられたそれは、少し輝いているように見えた。
「これは、何だい?」
「まあ解析すれば分かるって。おじさんにはこれを使って、丈夫な金属を作ってもらう。そして、10年以内に、東京の地下にこの神殿を埋めてもらうんだ。ちゃんと、図面通りにね。」
「望みはそれだけかい?もしこれが成功すれば、これは世紀の大発明になるぞ!君は偉大な人になりたくないのかい?」
少年は首を傾げた。
「そんなの、ちっとも欲しくないね。おじさんからアイデアを盗まれたとは後々言わないから、安心しといて。あと、僕の名前も出さなくていいから。」
小野さんはガスマスクの向こうの少年が何を考えて、私に何をさせたいのか、その目的がよく分からなかった。黒いレンズ越しじゃ、男の子がどんな表情をしているのかすら読み取れない。
しかし、そんなことを気にしていられるほど、小野さんは落ち着いていなかった。突如舞い込んだ幸運と可能性に、全身から活力があふれてきていた。
「じゃあ、時間もないし、僕は行くね。」
男の子は手を振ると、玄関から出ていった。
「それでも、私は申し訳なくてね、その図面を発表する時に彼の痕跡を残したんだよ。」
頭が痛い。ガスマスクの男が、まさかこんな形で出てくるとは。
「その少年とは、その後、会ってないんですか?」
「ああ。顔も分からないですしね。」
間違いない。ガスマスクの男が、何か裏で動いている。もし小野さんの話が本当だとすれば、これはずっと前から計画されていた、大きな大きな陰謀だ。彼が今回の爆破事件に絡んでいるのも、まず間違いないだろう。
私は図面をもう一度見た。男の子は神殿、とこれを呼んでいた。ならここには、神が祀られているのか。
そういわれてみると、上の方に、玉座のような形の場所がある気がする。
「この部分は?」
「ああ、そこですか。気になりますか? ここがね、私にも謎なんですよ。この部分は、無くても構造上問題はないのです。でも、あの男の子がこんなミスをするとは思えないんですけどね……。やはり、美しいからではないでしょうかね。」
「ちなみに、これはどんな風に東京に埋まってるんでしょうか。」
「ちょっと待ってください。」
小野さんが机のそばに置いてあったリモコンで、巨大なプロジェクターを起動した。それはパソコンに繋がっているらしく、書斎の壁に画面が映し出された。
「こんな感じですね。」
画面の中で、半透明になった東京の地面に、その神殿は埋まっていた。こうしてみると、大きい。今では多くの人がこの中で過ごしているのだ。人が神殿の中をわらわらと行き交ってるのを想像して、私は感動し、そして同時に、なぜか恐ろしく感じた。この神殿と呼ばれる構造の檻の中で、のうのうと暮らしている人々。私には、それが何か危ないような気がしてならなかった。
「その無駄と思われる部分には何があるんですか?」
小野さんが、その部分を拡大してくれる。そこにあったのは……。
「こいつは驚きましたね。これは偶然でしょうか、それとも……。」
小野さんの言葉は私の耳には届かない。
玉座の様な、そんな場所にあったのは、東京中央特別病院だった。
その時、私の携帯が鳴った。大音量の着信音に、思わず飛び上がってしまった。
電話は、上司からだった。
「お前が言ってたガスマスクの男! ビンゴかもしれん!」
興奮した上司の声がうるさい。
「といいますと?」
「目撃情報が出たんだ。どれも、事件後の現場付近でだ。」
間違いない。この爆破事件の裏にいるのは、奴だ。
ふと私はあることを思いついた。
「小野さん、今あってる無差別爆破事件、その被害現場をそのマップ上に映し出すことってできませんかね?」
「お安い御用ですよ。」
小野さんがパソコンをいじると、事件があった場所が、赤い丸で表示された。
「これも、意味があったのね。」
赤い丸はまるでうずをまくように、東京中央特別病院を中心にして広がっていたのだ。それはまるで、何かの儀式に用いられる魔法陣みたいに。
東京中央特別病院、そこに一体何があるというのか。私は確かめに行かなくてはいけないようね。
少し訂正しました5/21




