第二章②
「どういうことですか!?」
私は上司に詰め寄る。彼の目は宙を泳ぎ、その額にはうっすら汗が見える。
「その書類は俺が作ったものではないし……。」
「これを見て、何の疑問も抱かなかったと?」
「いや、それはだな……。」
上司の歯切れの悪い返事に、私は確信した。彼は何か知っている、と。
私が書類で見つけたこと。それは爆弾についての記述が酷く少ない、ということだった。今回の事件の報告書には、爆弾について調べたことを、なるべく詳しく書こうという努力の跡が見られた。あまり有力な記述は見当たらなかったが、捜査員の熱意というか、なんというか、そういうものが伝わってきたのだ。
だが、このファイルに挟まれた書類は、爆弾についての記述を極力減らそうとしている、そんな書き方だったのだ。あの事件でもみっちり捜査はしたはずだ。それなのに……。
私は彼が命をかけたあの事件を汚されているようで、なんだか無性に腹が立った。
「あの事件は犯人も爆発によって死んだんだよ。爆弾についてはあまり調べなかったんじゃないか?」
そんなわけあるか。それはいかにもたった今作られた、苦し紛れの言い訳だった。
「本当に、何も知らないんですね?」
「ああ、そうだ。私は何も知らない。」
「そうですか。分かりました。」
私は上司に背を向けて、自分のデスクに戻ることにした。もうあいつは信用できない。私は椅子に深く座って、深呼吸した。
何かがある。この事件の裏か、はたまた前の事件か。いや、両方かもしれない。警察は、組織ぐるみで何かを隠しているようだ。この隠している何かのせいで、今回の事件も止められていないんじゃ……。
決めた。これからは私一人で調べる。あいつの下にいて回ってくる情報は、既に濾過が終わった水の様なものだ。不純物はきれいにこしとられていて、何も残っちゃいない。その不純物を見つけ出し、白日の下に晒すのが、私がしなくてはいけないことなんだ……。
彼の為にも、ね……。私は彼の机に置かれた煙草を手にとり、ポケットに突っ込んだ。なぜだか、彼が側にいてくれるような、そんな気がした。
私は資料室にファイルを持ち込み、過去の出来事について調べ始めた。銀行強盗の一件前後についての記事は、特に入念に調べた。一見、関係がなさそうな事柄でも、もしかしたら何か手がかりがつかめるかもしれない。私は徹夜で資料室にこもった。
しかし、特に手がかりになりそうな資料は、どこにもなかった。爆弾のことなど、どこにも書かれていない。
先ほどのやる気が、嘘の様に失われていく。睡魔とどこにもやりようのない無力感が、私を襲った。私は資料をパラパラとただめくるだけしかしなくなっていた。
それはそうだ。警察が隠している様な機密を、ただの警部が見つけ出すなんて、無謀にも程がある。
「ああ!もう!」
私は資料を放り投げ、床に寝転がった。何か、何かないのか……?
先ほど放り投げた資料からはみ出た、一枚の写真。私の視界に入ったそれを拾い上げる。
それは、防犯カメラに映った、犯人の映像だった。エナメルバッグがパンパンにふくれ、いかにもって感じだ。どうして誰も気づかなかったのだろうか。一人ぐらい不審に思うやつがいても、よかったのでは。
その写真には、もう一人、別の人物が写っていた。順番を待っている初老のおじさんのようだ。手には、アタッシュケースを持っている。いかにも大金が入ってますよ、って感じだ。このおじさんは、気付かなかったのかな……。
いや、ちょっと待って。アタッシュケースってこんなに大きかったかしら。私がドラマとかで見るのより、一回りも二回りも大きい。どれだけ大金持ちなんだろうか。はたまた、そこに入っているのはお金じゃないのかも……。
それで思い当たった一つの可能性。爆弾のありか。
犯人のエナメルには、多分パンパンにマシンガンが詰め込んであるのだろう。組立式といっても、マシンガンはマシンガンだ。例え分解していたとしても、その体積が変わる訳ではない。
彼のエナメルには、爆弾は入ってなかったのではないか……? 爆弾は別の人が、偶然もっていたのではないか?
このおじさんが持っているアタッシュケース、これに爆弾が入っていたのではないだろうか。犯人は人質を縛っているときに、偶然この爆弾を見つける。そして、最終手段として、自分が警察を振り切る為に、それを仕掛けた。
仮説としては、一応成立はしているみたいだ。実際、可能性は低い気がするが……。
そんなの、確かめてみなきゃ分からないじゃない。私は重い体を起こした。ダメだったら、また資料を探せばいいだけのことだ。
私はこの写真に写っているおじさんを調べてみることにした。
人質のリストの中に、私は彼を見つけた。名前は、田辺誠也。歳は51。勤め先は……。
「東京中央特別病院?」
そこは、私が生まれた時ぐらいにできた、大きな病院だった。最新の医療設備がそろっているとかで、できた当時は注目されていた。
ただ、灰色のコンクリートに囲まれた殺風景な外観は、私にあまりいい印象を与えなかった。多分、他の人々もそうだったのだろう。あまりあそこに通っている人を聞いたことがない。どうしてあんな外観にしたのかしら……。
さらには都市伝説まで流れているような、今でもあるのが不思議な病院だ。この男はそこに勤めているというのだ。
他に有力な情報がなさそうなので、私はその男の住所と電話番号をメモると、颯爽と資料室を飛び出した。
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