vi――さて、バトルですよ。
直人は溜息をついて空を見上げる。青く透き通った空は、純真無垢な子供の瞳の様で、まさかこれからこの下で血みどろの戦いを始めなければならないなんて。まるで野に群れ咲く美しい秋桜の花に泥を塗りつけるような行為だ。……などという詩的な現実逃避をしてみる。
《御三方、〈突偽〉装填まで三十秒ですっ! 規模予測、水準3。想定の範囲内です。当初の予定通り、作戦名称〈鉤行〉でいきましょうっ!》
結衣菜の大きいが優しい声が脳内に注ぎ込まれる。
今はそれが心地よい。
「結衣菜さんの声は清涼剤ですね。癒されます」
《え、あ、あの、直人さんっ!? そ、そんな皆の前でいきなり何言ってるんですかっ!?》
結衣菜の声が裏返る。言葉にしてからからようやく「しまった」と気付いた。
《《戦闘前にイチャつくなッ!!》》
脳内に注ぎ込まれるロジャー&ミアのぴったり息の合った声。
「……あんたら実は仲が良いとかじゃないよな」
〈突偽〉装填。三人の体に三様の模様が現れる。
《今日は飛び下りなかったな》
というスズシロの嘲笑が目に浮かぶ声。
どうせ腹いせに嫌みでも言ったつもりであろう。しかしそれならこっちからもどうにか言い返してやろう。
「コラ。人生うまくいかないからって八つ当たりしない。オトナでしょ」
《あ? ……おい、直人てめえッ! よくも私を子供扱いしてくれたなッ! 他人のこと言える面じゃねえだろこの野郎ッ! 後でぶん殴ってやるから覚悟しとけこの野郎ッ!》
スズシロの今日一番大きな声。地雷を踏んだのか、どうやら本気で怒っているようだ。直人は深い溜息。
《ナオト、飛び下りなかったとは?》ミアの純粋な疑問。
「いえー、気にしないで下さいー」
直人の着るぴっちり黒いタイツに描かれる模様は、前のものと少し変わっていて、体に巻き付く緑色の蛇の柄に、朱色の筋が千鳥格子の様に描かれていて、妖しく光っている。
件のいくヱの政治力により、直人には最新式の〈突偽〉が支給されていた。勿論喜ぶべきことなのだが、しかしそれに慣れることが最優先だった為に、新任の二人との連携等に感ける時間が無かった。しかも新しい〈突偽〉を装備した、初の実戦。
しかも二人はこの調子。――
不安に感じない方がおかしい。
この二人、悪いのは明らかにロジャーの方だ。女という属性でミアを随時小馬鹿にした態度を取り、見下し、軽んじている。怒るなという方が無理である。――しかし、と直人は思う。ロジャーがミアに対しそんな態度を取るのは何か特別な理由があるのではないか、と。
ロジャーは基本的に男性に対しては優しく、女性に対しては尊大な態度を取る。でも女性職員に対するそれは、あっさりとしていて(だからいいってわけじゃないけど)、ミアに対するそれとは明らかに異なる。
《〈妖精〉、強制〈実数化〉しますっ!!》結衣菜の声。
バチンという破裂音と共に現れた、遠い空を飛翔する〈妖精〉。数およそ五百。
「……何で最近はこうも妖精さん達がワラワラと来るのかねえ」
今まで襲撃の大半は〈愚衆〉だった。それが先の大襲撃以来、同じ割合で〈妖精〉が押し寄せる様になった。はあっと溜息をつき、すぐに凛々しくキッと目尻を上げて、
「〈陣〉展開許可をッ! 陣形・〈稜〉ッ!」
《〈陣〉展開了承っ!》脳内に注ぎ込まれる清涼剤。それによって考え過ぎて重かった体が軽くなり、いつもの調子が出て来た。
「よっしゃ(オーケー)ッ! 万能重用型〈突偽〉、装置主題・〈陣〉、展開、陣形・〈稜〉!」
直人が両手をぐっと握ると体に纏う緑の蛇がぐるぐると這い回りながら光量を増した。
「行くぜ宇宙人どもッ! ここはてめえらの好き勝手していい場所じゃねえッ!!」
《テンション高ェなオイ……》《ナ、ナオト……》《……いつもこうですか?》《まだマシ》
頭に注ぎ込まれる種々諸々の感情のこもった各々の声。
それらを一切無視し、両手を前に出すと、体に巻き付く緑色の蛇は、朱色の千鳥格子をうねうねと動かしながらのっそりと体から離れ、頭から尻尾までもれなく離れると、ぴゃっと空を駆け、二つに分かれ、二つが四つに、四つが八つに、八つが十六、三十二、六十四、やがて無数に分かれ、光りの線となって空高く飛翔。そして、空いっぱいに広がって、海から空まで余す所なく、幾つもの卍模様で〈陣〉を描いた。にやりと口の端を上げる直人。
《〈稜〉発動、五秒前、四、三――》
「命が惜しくたってもう遅いッ! 知らぬこの地で藻屑と消えろッ!!」
《うわぁ……》《……》《……どうにかなりませんか?》《慣れれば面白いぞ?》
〈陣〉が緑から黄に変わり、赤に変わり、その無数の卍模様の中心から、同数の金色に輝く矢が射出され、大気を切り裂き、真ッ青な空に金色の光の線を描いた。
無数の矢を前にたじろぐ前線の〈妖精〉の面々は、防御姿勢も碌にとれず、体の各所を穿たれていた。穿たれたその場所は、真っ黒に焦げついて、それが体全体を侵食して、ぼろぼろの炭クズとなり、はらはらと風に吹かれ、海の水面に黒が点々と漂った。後方のものはそれを見ると急いで後退。結局始末したのは白色の〈妖精〉だけで、灰色だけが残った。
《直人さん、蓄電率六十%です。性能は五十%低下っ!》
《直人は一時後退して再装填。ロジャー、ミア、残り〈妖精〉は二百だが、全て〈上級〉だ》
《《「了解ッ」》》
直人は急いで敵に背を向けて走る。代わってロジャーとミアの二人が、直人の左右から前に出る(二人の距離は百メートル以上あるが)。
《さァて、新人二人の出撃が始まり始まり》
《あなたも頼みましたよスズシロ》
《えー、やっぱり私がやるんですかぁ?》
《勿論です》
《えー、でもー》
《でもじゃないでしょ》
「だから、頭ん中で喧嘩しないで下さいって……」




