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the Spree of the Naïve Honest  作者: けら をばな
第二章・死にたくなけりゃ、さっさと戻れ
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i ――暗雲ッッッ!!


虚数とは、神霊が宿る驚嘆すべき住処であり、存在と無の両面をそなえている


ゴットフリート・ライプニッツ



「で、やっとこさ増援が来る訳だ。何ヶ月待ったと思ってんだ、ナメてんのか。一体これまで何度直人が死にかけてると思ってんだ、殺すぞ」

「誰をですか。……いや、まあね。東京も大変だって事ですよ。ニュースでやってたでしょ? 軍関係者だけじゃなくって、ついに一般人にも死傷者が出ちゃったって」

 廊下を歩くスズシロと神室の姿。部下の横柄な態度にも苦笑するしかない哀れな上司・神室。

「だからって、わざわざアメリカからお取り寄せってか? どういう事だよオイ」

「アメリカは何故か被害が極端に少ないからね。お陰でいろんな陰謀論がネット中心に巷を闊歩してる訳だけど」

「だからって、馬鹿じゃねえか。日本語話せんのかそのメリケン・ヤローは。用語だなんだをそいつらの為にこっちが合わせんのは嫌だぞ。グローバルなんて糞くらえ」

「ちょっと、それ地球軍の人間が言うことじゃないよッ! 我々地球市民が一丸に――」

「知るか。思ってもいないこと言うな。あんまり口から綺麗ゴトばっかり吐いてると、その身が汚れるぞ」

 ぴしゃりと突っぱねるスズシロに、神室は大きく溜息をつく。

「……日本語は大丈夫だって。それじゃなくっても二人ともかなり優秀だよ。なんでこんな所に配属されるんだっていう位。かなり成績がいい」

「成績なんぞよりもその内容だ。蓋を開けりゃ、単に命知らずで運がいいだけの脳筋でしたって落ちはねえよな。頼むぞ」

「……なんにせよ、直人君が少しでも楽になれればそれに越したことはないさ」

 神室はもう一度溜息をつきながら、先程からイライラしっぱなしの後輩を宥める様にして歩いた。

 大規模な襲撃は続いた。連携でどうにか凌いで来たものの、いつ直人が死んでもおかしくないというのは、決して大袈裟ではなかった。その度にスズシロは増員要請を出し続け、その度に断られ苛立った(厳密には小規模な職員の増員はあったものの、肝心の〈突偽〉使用者の配備はまったく無視し続けられてきた)。それでも直人は泣き言一つ言わずに淡々と敵と対峙していた。

 四ヶ月経ってこの『異常事態』が日本政府に認められて、五ヶ月経って国軍のアメリカ本部に伝えられ、半年経ってやっとこさ〈突偽〉使用者の増員が決定された。その間、敵の攻撃の手は一向に緩まなかった。

 ナメてんのか。

 とは、スズシロでなくても思うことである。

 しかし、いかんせんその多発する大規模な襲撃の理由が一向に要領を得ない。大事な施設がある訳でも、人口が極端に多い訳でもない。それも増員が遅れた要因だろう。

 スズシロと神室は扉を開けて部屋に入った。

 ……そこには二十台の顔の濃い男性と、その首根っこを掴む二十代の黒人女性と、あたふた慌てふためく直人の姿があった。

 どういう事だオイ。

 とは、スズシロでなくとも思うことである。


 スズシロらがその光景に出合う、少しだけ前。

 直人が部屋で一人スズシロらを待っていると、そこに件の二十代で大柄な黒人女性が入って来た。聞いてはいたがまさかもう対面するなどと思っていなかった直人は不意を突かれてドギマギしていると、その女性は安心させる様な笑顔で手を差し伸べ、

「こんにちは。突然でびっくりさせてしまったね。私はミア・ミラーだ」

 と流暢な日本語ではきはきと自己紹介した。黒くて長い髪をかき上げて、麗しい蛾眉(eyebrows like moth antennae)を備えた、美しく大きな瞳で真ッ直ぐに見つめられ、直人は少々気圧されながらも手を取り、しっかりと握り返して、

「初めまして。金蔵直人と申します。ここで唯一の〈突偽〉の人間、だったわけですね。それもどうやら今日までです」

 自己紹介と一緒に、頼りにしている旨を潜ませた。

 するとミアと名乗ったその女性は固まって何度も瞬きした。それが何秒間か続いたので、もしや知らぬうちに失礼な事をしてしまったのか、ここで早くも文化の壁が!? と内心焦りながらも、勇気を振り絞って聞く。

「あ、あの、えっと、何か」

「ああ、えっと、何というか……失礼だけど、君はいくつだい?」

 今度は直人が固まってしまった。そういうことか、と溜息交じりに、

「もうすぐ二十歳になります……」

 と言うと、ミアは大袈裟に口を抑え驚嘆の声を上げた。

 ――ああ流石アメリカ人。

 ミアのオーバーリアクションにしみじみと文化の違いを感じる直人。

 ミアは取り繕うように、

「す、すまない。なんていうか、君があまりにも可愛らしいというか……」

「……」

「あ、い、いや、あの……てっきりジュニアスクールか何かの見学かなぁと」

「……ッ!!」

 ジュニアスクールって何だっけ。あ、しょうがくせいか。そりゃあんまりにもあんまりじゃないか。アメリカにも、ほら、チビとかいるじゃん。ドラマとかの、スクールカーストの底辺で。

 そんな直人の悲しげな視線に気付いたのだろう、ミアはもう一度必至で取り繕う。

「あ、いや、本当にすまない。最近では日本人も身長が大きくなったとか、丁度聞いて……」

 ニッポンジンは大きくなったのに、こいつは小さいまま。必死のフォローは卑屈になった直人に完全に逆効果。

「いや! 本当に大丈夫ッ!! 大丈夫だからッ!!」

 何が大丈夫なのか。ミアの目が泳ぎ、訳の分からない事を言いだす。その情けなさはそっくりそのまま直人に返される。

 そんなやり取りをしながらも、内心は安心していた。もしも嫌な人だったら、合わない人だったらどうしようかという不安はあったのだが、実際会ってみれば、はきはきと喋り正直で、初対面でも話しやすく人懐っこい人だった。

 心配はない。

「でも、改めて、よろしくお願いしますね、ミアさん」

「あ、ああ。そうだな。よろしく頼む」

 直人が笑顔で右手を差し出すと、ミアは表情を直し微笑んで手を取った。

 そこでシュッと自動ドアが開いた。外から顔の濃い、垂れ眼気味の男が中を見て開口一番、

「――チッ、女か……」

 と舌打ちした。露骨な侮蔑的態度に顔をしかめるミアと、眉間に皺を寄せ一瞬で先行きの不安を察知する直人。

 暗雲垂れ込む地球軍。さて直人の運命はいかに。


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