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the Spree of the Naïve Honest  作者: けら をばな
第一章・愚人ども
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xiii ――ブラック宇宙人に雇われておれはもう駄目かも知れんね。

 本体から分離した一体の、灰色の〈妖精(スプライト)〉。月夜の暗い山中をうろうろと何かを血眼になって捜し回っている。肩で息をして、いかにも疲れていている様子。

 主題(テーマ)・〈隠密〉――ステルス性能が非常に高く、電子機器に感知されることはまずあり得ない。しかしその性能故か行動にかなりの制限がかかる。普通の人間の大人相手でも恐らく勝率は五分以下、相手が国軍相手なら即刻殺される。それでいて主題(テーマ)変更は基地内の所定の場所でしか出来ない。手っ取り早くいえば、今見つかったらそこで終わり。

 これだけでもこの〈妖精(スプライト)〉が斯様に必死になるのも無理はないが、他にも理由はある。懲罰である。〈騒音(ノイズ)〉は階級社会である。本来〈騒音(ノイズ)〉と〈妖精(スプライト)〉とは同じ種で、同じ存在である。

 それなのに何故この様に分かれて表記されているか。

騒音(ノイズ)〉という種族は、知能・運動能力等の個々の持ち得る能力が、産声を上げた時から決まっており、肌の色によって明確に判断される。それによって自然、階級も決定される。

 つまり生まれながらにして肌の色によって選別され、生き方が決定される。〈騒音(ノイズ)〉の中でも一番知能が低く、階級の低いのが白で、その次が灰である。これらは他の〈騒音(ノイズ)〉とは分け隔てられて、〈妖精(スプライト)〉と呼称されている。

妖精(スプライト)〉は、言ってしまえば奴隷である。器用であるが力が弱いため、組み立て等の単純作業に酷使されるのが主で、また性玩具にされるものも珍しくない。

 それで不満を持たないのか、反乱を起こそうと思わないのか。……残念ながら、この扱いを不満と思える知能も知性も持ち合わせていないのである。

 奴隷階級であるが、〈妖精(スプライト)〉は力が弱い。つまり軍隊などには本来向いていない。それを可能にした技術が、〈突撃用装甲偽体〉通称〈突偽〉と呼ばれる強化措置である。

 直人らが使用する〈突偽〉とは、〈騒音(ノイズ)〉の技術をそっくりそのまま流用したものである。

〈突偽〉はその甚大な武力を反乱やテロなどあらぬ事に使われぬように、様々な制限が設けられている。地球側で言えば、先の〈(ジン)〉の展開などがそれである。が、人権という意識のない〈騒音(ノイズ)〉は、〈妖精(スプライト)〉側には更に情け容赦ない制限や制約を平気で押し付けている。

 ――地球側の誰がこの技術を盗み利用したのか、一切の事が不明。

 そんな〈妖精(スプライト)〉の彼は、明らかに焦っていた。やれるだけの事はやっているつもりだが、それでもなんの成果も無くのこのこ帰れば、何らかの刑は避けられない。それに〈騒音(ノイズ)〉、殊〈妖精(スプライト)〉は基本連帯責任である。場合によっては近親者にまで罰が及ぶ事も考えられる。

 蓄電量も尽きかけている。戻る為の電力量を考えると、活動限界は残り二時間が精一杯だろう。何か、何か成果を。せめて手掛かりでも何でも。――

「おやおや、こんな極東の森の中で〈妖精(スプライト)〉に出会えるなんてね。長生きはするものだ」

 後ろから突然の声。〈妖精(スプライト)〉は急いでバッと振り返る。その金色の瞳に映るもの――年老いた碧眼の白人男性。

 白髪の豊かな髪はきっちりと切り揃えられており、上等な質感の服を纏い、杖をついているものの背筋はピシッと伸びている。――などと、この〈妖精(スプライト)〉は考えていない。ただ『地球人に見つかった』と考えることしか出来ないし、する必要も無く、『直ちに排除しなければ』と行動すればいいのである。〈妖精(スプライト)〉は鋭い爪で襲いかかった。

「おいおい、今の君では無謀というものだろう」

 老人は杖を振り上げた。するとたちまち鎌鼬が巻き起こり、〈妖精(スプライト)〉の長く鋭い爪をいとも簡単に切り落としてしまった。〈妖精(スプライト)〉は唖然としながら、蜻蛉型の羽を畳み、へなへなと膝をついた。

 殺される。

 そう思ったのだろう。状況を鑑みれば妥当な予測である。しかし当の老人にその気はないと見える。〈妖精(スプライト)〉の悲しげな面を見て、少し困った様に頭をかく。

「いやいや、誤解しないでくれ。私は君をどうかしようなんて思っていない。ああ、困ったぞ、私は君達の言葉は分からないからね。うーん、しかしどうしたものか。君達の上司はかなり厳しいそうだしね。野蛮な奴らだ。このまま帰してしまってはかわいそうだ。……ああそうだ。これを差し上げよう。君達が望む〈天使〉の羽根さ。受け取りたまえ」

 長々と独り言を並べ立て、ポケットから真ッ白な羽根を一つ取り出し、〈妖精(スプライト)〉の前に出した。〈妖精(スプライト)〉はそれが何なのか理解したのか、感動した様に呻き、涙を流し、ひったくる様に手に取って、すぐに飛び去ってしまった。その姿を見送りながら、にやりと意味深な笑みを浮かべる老人。そして横を向いて、

「もういいですよ、お嬢さん。安心して下さい。彼は去りました」

 と言うと、茂みの向こうからがさごそと音を立てて背の低い何者かがゆっくりと老人に向かってきた。

 ……と思ったら、盛大に転んだ。

 どしんと湿った音がした。老人は慌てて駆け寄る。老人に手を引かれ、助け起こされ、立ち上がる涙目の少女。

 満月に照らされる、ワンピース姿の少女。

 露出された肩の褐色の肌には、長くきらきらと光る真ッ白な髪が垂れて見事な対比を成している。

 そして何より目を引くのは――背中から生える、絵画に描かれる天使の様な、真ッ白な羽。

 つい守ってしまいたくなるような可愛らしさと、衆人の目を一点に引き寄せてしまいそうな魅惑的な美しさを除けば、他は人間の十二、三歳の少女と変わらない。少女は年齢よりも幼い、ぽややんとした子供の様な目で、自分の服に付いた埃を払う老人を見つめている。

「大丈夫ですか? ふう。お嬢さんに怪我をさせたとあっては、私が大目玉ですよ。さ、羽根を囮に使っちゃいました。さっさとこんな場所は去りましょう」

 老人はそれでもぽややんとしたまま表情を変えない少女に苦笑いしながら立ち上がり、紳士らしく手を引いてエスコートした。黙ったままついていた少女だが、不図口を開き、

「ドウシテ、ワタシノハネ、ワタシタ?」

 と片言の日本語で尋ねた。老人はそんな質問も予期していなかったのか、困った様に唸る。

「いえいえ、何と言いますか……〈騒音(ノイズ)〉内部にも我々の無事を伝えたい人がいるのですよ」

「……ナカマ?」

「いやいや、そんなものではありませんよ、決して。彼は自分の目的達成の為に行動しているだけです。単に我々の行動が彼の益になるから、また彼の行動は我々の益になるから、お互いに利用し合っているのです。時期が来ればどうせお互いに見限るでしょう。今だけですよ、あんな奴に親切にしているのもね。……ああ、思い出したら腹が立ってきた」

「ふぅん……タイヘン」

 少女は首を傾げながら羽根をパタパタと小さく可愛らしくはためかせた。


第一章、完。

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