xii ――守ったり守られたりしています
直人は白衣で眼鏡の女性職員(身長はこちらの方が大きい)に肩を貸されながら、もう一人男性職員と並んで(はじめこちらに肩を貸されていたが、身長が違いすぎて余計歩きにくかった)、『指令室』と書かれた部屋の前に来た。
シャッと自動ドアが開くと、中には待っていましたと言わんばかりに職員全員が待機していて、直人は女性職員に肩を貸される己のみっともない姿を想像して目を伏せた。
「……自動ドアは自動で開くからいいですよね。自動ドアですもんね」
「直人君、何を言っているのよ」
「いや、あの、大丈夫ですから。一人で立てますから、離れて下さい」
「ああ、そういうこと」
女は心配そうに離すと、直人はしっかりとふらつくことなく地に立った。
その姿にスズシロはほっと安心して、自然頬が緩んだ。と、これではいけないと気を引き締め直し、一歩二歩と足を前に進め――ている途中、スズシロの後ろから結衣菜が走って直人に駆け寄った。勢いがよかったのでスズシロはバランスを崩しかける。驚いている間に結衣菜は直人に近付いて、抱き付いたのでまた驚いた。
「良かった、本当に、ご無事で……」
結衣菜は嗚咽交じりに優しい声で囁いた。
顔を真っ赤にしてなされるがままの直人を、意外と耐性無いんだなぁ、と冷静に分析するスズシロ。
他の職員も近付いて、「あんな中、よくやってくれた(口髭を生やした五十代男性職員)」だの「こいつ、心配させやがって(化粧の濃い三十代女性職員)」だの「大変そうだね。後で、そ、その、着替え手伝おうか?(体の細い、眼鏡をかけた二十代独身男性職員)」だの言っていた。
輪に入り損ねたスズシロは、連中を遠目にふうっと溜息一つ。
――ま、当然だよな。それこそ命張って守った訳だからな。こんな中、私なんぞが偉そうに講釈たれる道理はねえさ。
直人はそんな一人ぽつねんと佇むスズシロの姿を見付けて、おやっと思いながらも、怒られる覚悟をしてとことこと近寄った。
「えーっと、なんていうか……。殴られにきました」
素直な言葉と申し訳なさそうな直人の表情に苦笑。目を伏せて視線を逸らす。
「いや、いい。お前はよくやったさ」
「え?」
「……お前は、私が『幸せ』と言ったな。実際そうかもしれん。一応、お前の家庭の事だって知っている。お前が大変だって事、分かってる。……私にお前を殴る権利なんざねえさ」
「あ、いや、その……」
スズシロは自嘲的な笑みを浮かべ、すっと、たじろぐ直人に背を向けて去ろうとした。
その態度に、職員一同目を丸くして訝しげに各々首を傾げたり顔をしかめたりしている。
直人はそんな後姿を見て考える。――
何か言わなくちゃいけない気がした。多分そうしないと後悔する。これからの関係が、多分ぎくしゃくする。それは阻止したい。考えるが、言葉が思い浮かばない。軽口を叩けなくなるかもしれない、怒られなくなるかもしれない。こんなんなら殴ってくれりゃいいのに、何をいきなり殊勝な態度とっちゃって。訳分かんない。
いや他人に頼ってばっかじゃいけない。自分が何かやらなくちゃ、何か言わなくちゃいけないのに、何も思い浮かばない。どうする、どうする。……
何かしなくちゃ、後悔する。
ガンッ!! 大きな音がして、びくっとスズシロが振り返る。
直人は、傍らの机に思いっきり頭を打ち付けていた。
唖然。全員の目が点になり、二度三度の瞬き。直人の次の行動を待つ。
「すみませんでしたッ!! 僕が調子に乗ってましたッ!! いろいろと分かりましたからッ!! どうか、その、その言葉は、どうか忘れて下さいッ!! 水に流して下さいッ!!」
直人の、誠実な(?)謝罪。唖然。全員の目が点になり、二度三度の瞬き。
ただ、スズシロだけは、少し嬉しそうに、少しはにかんで、ふっと笑い、「あいよ」と言って、もう一度背を向けて去った。
顔を上げ、その背中を不安げに見守る直人と、そんな直人に微笑みかける職員達。
……成程、どうやら本当はお前も私も思いのほか幸せ者なのかもしれないぞ。
スズシロはそんな風に考えながら、一人廊下を歩いた。




