7.緑の乙女は私でした
馬車の中で、アレン王子は、横に座る私の手をずっと握っています。
「あ、あの‥‥‥。王子、そろそろ、手を…‥離していただけないでしょうか?」
「なんで?僕は君が好きだし、君は僕が好きだろ?それに、君は僕の婚約者だし‥‥‥。手を握ることに何か問題が?‥‥‥あ、また王子と呼んだね。名前で呼んでと何度も言っているのに」
そう言って、アレン王子は、甘い微笑みを浮かべ、私を見つめました。
‥‥‥これが、本来の王子なのですね。レオンさんのことを、少し軽い人だと思いましたが、私の前で素の姿を見せてくれるようになったアレン王子も、レオンさんと一緒でした‥‥‥。
「‥‥‥恥ずかしくて、まだ、名前では‥‥‥無理です」
私は、真っ赤な顔でうつむきました。
今日は、アレン王子が私に、レオンさんとして言った「新しい仕事」を紹介してくれるということで、馬車に乗り、王都から少し離れた場所にある村へと向かっています。
アレン王子と出会い直した日から、1ヶ月ほど経ちます。
私は、2つの仕事を辞め、王妃になる為の勉強の日々へと戻りました。
ケーキ屋のご主人、シュートさんをはじめカフェで働いていた皆さん、そして、常連のお客様‥‥‥、皆さんには、急に国へ帰ることになったと説明をしました。
中には、涙を浮かべてお別れを言いにきてくれるお客様もみえ、私は、皆さんの住むこの国のために、一生懸命、勉強しようと心に誓いました。
‥‥‥そうして、勉強の日々に戻った私ですが、以前と違うことが2つあります。
1つは、アレン王子と、毎日お茶の時間を過ごすことになったこと。
その時間以外にも、王子は、私が勉強している部屋へ頻繁に来られますが‥‥‥。
もう1つは、私がエバン公爵の屋敷で、暮らし始めたことです。
何故、そうなったかと言いますと‥‥‥、それは、3週間ほど前のことでした‥‥‥。
「まったく、この国の貴族は、腐っているな。薔薇を盗ませたことも認めないような汚い女でも、美しければ、なんでも言うことをきくのか‥‥‥。こうなったら、徹底的に改革してやる」
その日のお茶の時間、その日は、天気が良かったので、城の庭にテーブルが用意されていました。
少し時間に遅れた私が、慌てて庭に向かうと、テーブルについていたアレン王子は、新聞に目を落としながら、こう呟いていました。
その新聞の見出しには、「リード公爵を中心に『緑の乙女』の最後のチャンスを求める声、高まる!」とありました。
「あの女に感謝すべきことは、たった1つ。ユリアの血筋がわかったことだけだな‥‥‥」
その言葉を聞き、「ごめんなさい。遅くなりました」そう言おうとした私の声は、嗚咽に変わっていました。
アレン王子は慌てて私を椅子に座らせ、私が落ち着くのを待って、丁寧に説明をしてくれました。
本当は、お茶を飲みながら、説明をするつもりだったそうなのですが‥‥‥。
アレン王子が、私の出自に疑問を持ったきっかけは、リリアンの言葉だったそうです。
「お姉様は、イグニス公爵家の娘となっていますが、本当は、イグニス公爵家とは血は繋がっていません。お姉様は、お父様が前王に託された女性の子供です。なので、私だけが、講和条約で求められたイグニス公爵家の娘で、アレン王子の婚約者になる権利があります。それに、私は『緑の乙女』ですわ」
私に会いたいと城へとやって来たリリアンは、取次の為に話を聞いた文官に、こう言ったそうです。
アレン王子が私と初めて会った際に見せた驚いた顔‥‥‥。
王子は、私が着ていたドレスが古く、くたびれたものだったのを見て、アンの「私がイグニス公爵家で辛い思いをしている」という言葉を再び思い出したそうです。
そして、母違いの子の為、イグニス公爵家で虐待されているのではと思ったそうです。
「市場で物を売っていたのは、貴族の令嬢の好奇心だと思っていた。でも、あのドレスを見て、気になって調べてみたら、侍女をしていたというじゃないか‥‥‥。母親が亡くなっているのは、知っていたけど、父親は同じなのになんでそこまで‥‥‥と不思議に思っていたんだ」
その疑問が、リリアンの言葉で解けたと王子は言っていました。
「この国に来た時、家でひどい扱いを受けていたこと、君とイグニス公爵の血が繋がっていないことを言ってくれればよかったのに‥‥‥」と言いながら、アレン王子は、ひどく悔しそうな顔をしていました。
ですが‥‥‥、私は、自分が辛い思いをしたつもりは無く‥‥‥。
噂から、お父様とは血が繋がっていないことは分かっておりましたが、人質としてこの国に来た私が言うべきことでないと思っていました。
それに‥‥‥、私は、本当のお母様のこともお父様のことも、何も知らなかったのです‥‥‥。
「でもね。解けた疑問は、もっと大きな疑問を運んできた。ロザリア様が亡くなった18年前に王から託された女性‥‥‥、その女性が生んだロザリア様にそっくりなユリア‥‥‥」
アレン王子は、そう言うと、王子の横に脱力したように座る私の手を握りました。
「何度かフロウ王国へ行き、分かったことだ‥‥‥。今朝、フロウ王国の王から、正式に君の血筋を証明する親書も受け取った。君の母親は、『緑の乙女』‥‥‥ロザリア様だ。‥‥‥これから、父上とも相談して、国としての賠償を考える予定だよ‥‥‥」
私の目からは、涙がこぼれ落ちました。
軍での経験があったアレン王子は、疑問を解決すべく、自らフロウ王国へ向かいました。
フロウ王国の公式な記録には、男爵家の次男であったお父様が、戦争の功績により、公爵となったと記載が残っているそうです。
ですが、私も知っているように貴族社会や使用人達の噂から、お父様が王の依頼により、ある女性との結婚によって公爵になったこと、そして、お父様と結婚した時には、その女性が私を身ごもっていたことを知ったそうです。
そして、王子はその噂について、前王とお父様を問い詰めました。
「18年前に爵位と引き換えに、王より託された女性が生んだ子‥‥‥。隠蔽も何もないことだったのに、何の証拠もないものだから、時間がかかってしまった」
前王の実弟であるフロウ王国の現王も、この話は知らず、「兄上が、始末に困った愛人をイグニス公爵に押し付けたと思っていた。」とアレン王子に話したそうです。
アレン王子は、数度に渡り、退位して今は幽閉されている前王、そしてお父様への尋問を行いました。
お父様は、リリアンがこの国に滞在していること、つまり、リリアンの命はアレン王子が預かっているようなものだとわかると、すぐに全てを話したそうです。
「王は、あの女性も子供も、全て、私に任すと言った。かなり体が弱っていたが、病死なら砂漠の呪いは広がらないだろうと‥‥‥、とにかく、事実を隠してくれと‥‥‥。女性は亡くなったが、生まれた子供は家から追い出すこともできなかった。だから、侍女として家からは出さず、目の届くところに置いておこうと思ったのだ」
お父様はそう説明し、リリアンをフロウ王国へ戻して欲しいと、何度も言ったそうです。
あの日、お父様が、青い顔で私を見た理由がわかりました。私を娘だと認めたからだったのではなく、この事実が公になるのを恐れたからだったのですね‥‥‥。
「前王は、ロザリア様を攫った後、すぐに彼女が妊娠していることに気がついたそうだよ。そして、お腹の子の父親は、ライティア王国の王だから、国へ帰して欲しいと泣く彼女を見て、ライティア王国の王の怒りを考え、怖くなったそうだ。
ただ、軍や貴族達は、『緑の乙女』は自分達の手の中にあるのだから、有利なのは自分達だと徹底的に戦う気で、本格的な戦争へと王を急かした。
軍がかなりの力を持っていたから、そこで、戦争を止めると言うと、クーデターが起こり、自分の首も危ういかもしれない‥‥‥。だが、そんな状況で、『緑の乙女』を帰す訳にもいかない‥‥‥。
‥‥‥どうすることもできなくなった王は、『緑の乙女』は病死したと、国内にもライティア王国にも伝えることにした」
前王は、本当に『緑の乙女』を殺してしまうことも考えたそうですが、自ら不思議な力を持つ『緑の乙女』に手を下すことによって、砂漠の呪いがさらに広まるかもしれないと、恐れたそうです。
‥‥‥もし、フロウ王国の前王が、お母様をライティア王国へ帰してくれていれば、戦争も長引かず‥‥‥、お母様も生きていて、フロウ王国には今のような砂漠の呪いも広がらなかったのかもしれません‥‥‥。
私の涙をハンカチで拭うと、肩を優しく抱きよせ、アレン王子は話を続けました。
「戦争の原因となった『緑の乙女』がいなくなったのだから、戦争が終わると思ったらしいが‥‥‥。ただ、それは、余計にライティア王国を怒らせた…‥‥。馬鹿な王の判断で、戦争が続くことになったわけだ‥‥‥」
「‥‥‥では、エバン公爵夫妻は、私のお爺様とお婆様なのですね‥‥‥」
私の目から、とめどなく溢れる涙をアレン王子は、もう1度優しく拭い、うなずきました。
私は、自分が望まれなかった子ではなかったこと、自分に肉親がいたこと‥‥‥、それが、現実ではないように感じました。
アレン王子に愛されているだけでも、幸せなのに、これ以上、望んでいたものを得てもよいのでしょうか‥‥‥。
その後、婚約期間だけでも、家族水入らずで暮らしてはどうかというアレン王子の提案で、私は今、エバン公爵‥‥‥お爺様とお婆様と一緒に暮らしながら、城へと通っています。
そうして、お爺様とお婆様、そして私の3人で、お母様が愛していた屋敷の庭を手入れしたり、お婆様にエバン家に伝わる料理を教わったりと、今まで過ごせなかった時間を埋める様な日々を過ごしています。
‥‥‥そんな日々の中で、私が気がかりなのは、リリアンのことでした。
アレン王子が、フロウ王国で聞いた情報によると、リリアンがこの国へ来た理由は、アンからの手紙通りのようです。
少し前にアレン王子のもとへ、ユアン王子から手紙が届きました。
そこには、「リリアンとは、正式に婚約破棄をした。王家とは何も関係がない娘だ」と書いてあったそうです。
そして、あの薔薇泥棒の2人の男性や、他の貴族の方から聞いた話によると‥‥‥、「私が、この国に来たら人質となってしまい、不自由な生活をすることになると、リリアンに嘘をつき、身代わりでこの国へ来て、王子の婚約者として贅沢をしている。それを知ったリリアンは、この国の為に正当な婚約者として、『緑の乙女』として、私の罪を暴きにこの国へ来た」ということになっているらしいです。
「ユリアがイグニス公爵家の娘ではない、そして自分が『緑の乙女』だと言えば、僕に簡単に近づけ、ユアン王子のように射止められると思ったのだろうが‥‥‥。甘かったな。僕には、初めから、ユリアしかいないのだから」
アレン王子は、そう言っていました。
『緑の乙女』の力は、人々の希望です。その力があると嘘をついたこと、そして、豊かな国が良いという理由で、フロウ王国の王妃になる立場であったリリアンが、フロウ王国を捨てようとした‥‥‥。
それを知った時、私は、驚きと‥‥‥悲しみで、胸が苦しくなりました。
‥‥‥どうか、リリアンが、自分の過ちに気が付いてくれますように。
私は、リリアンの罪を償うためにも、この国の為、そして、できればフロウ王国の為にも、自分ができるだけのことをしようと強く思いました。
私の薔薇の花を盗もうとした2人の男性は、爵位が下げられ、領地も大幅に減らされました。2人の男性は、リリアンに長く咲く薔薇を探して欲しいとお願いされ、私の屋敷へ盗みに入ったと話しました。
ただ、リリアンは、そんなお願いをしていないと否定して、涙ぐんだそうです。
種から芽がでず、薔薇の花の苗も、すぐに枯らしてしまったリリアンは、『緑の乙女』だとは認められせんでしたが、自分は力が安定していないだけだと、アレン王子の前で泣いたそうです。
王子は、リリアンをフロウ王国へ帰らせようとしましたが、この国の有力貴族の男性達が、リリアンを擁護し、最後にもう1度、『緑の乙女』の力を示すチャンスを与えて欲しいとアレン王子へ懇願したそうです。
リリアンは今、その「最後チャンス」へと出かけています。
「アレン王子‥‥‥、新しい仕事とは、何なのでしょう?」
馬車の中で、私は、アレン王子へ尋ねました。
将来的にすることになる王妃の仕事‥‥‥でしょうか?でも、それだと、レオンさんが言った仕事とは、少し違う気がします。
「名前で呼んでくれたら、教えよう。1度だけでなく、常に呼ぶことが条件だよ‥‥‥」
「そんなこと‥‥‥、できません」
私は、また、赤くなりました。
先日から、何度か、同じ質問をアレン王子にしていますが、毎回、はぐらかされてしまいます。
アレン王子が、また私に甘い微笑みを向けています‥‥‥。「もう、からかわないでください」と言おうとしたところで、馬車が目的地の村へ着いたようです。
「まぁ‥‥‥。ここは、地図上では、砂漠ではなかったはず‥‥‥ですよね?」
そこには、乾いた大地と村に迫る砂漠の光景が広がっていました。
「あぁ、ここ数年で、随分、景色が変わってしまった‥‥‥。『緑の乙女』の魔力が切れたのか、砂漠の呪いの力が、強まっているようだ」
私は、その光景に、言葉を失いました。
きっと、農地だったそこには、今では、砂しかありませんでした。
砂漠の呪い‥‥‥。リリアンが、『緑の乙女』であればよかったのに‥‥‥と、私は思いました。
フロウ王国のほうが、砂漠の呪いが進んでいるはずです。ここでこのような状況なら、私の祖国の人々は、大丈夫でしょうか‥‥‥?
「我が国が、フロウ王国より、戦利品として得た地域は、ここ数年で、砂に呑み込まれた地域だ。軍の仕事で潜入して見た君の国は、あまりにも貧しかった‥‥もう少し経てば、呪いがもっと広がるかもしれない。できれば‥‥‥、その地域から先に、僕は、緑を広げたいと考えている。‥‥‥戦争など、早めに止めるべきだった」
アレン王子は、砂漠を悲しそうな顔で見つめながら、そう言いました。
フロウ王国は、戦争の原因となった『緑の乙女』を攫った国です。
そして、ロザリア様は‥‥‥お母様は、生きていたのにライティア王国へは戻れなかった‥‥‥。非は、フロウ王国にあります。
それに、今回のリリアンの件‥‥‥。それなのに‥‥‥。
私は、アレン王子を支えていきたいという気持ちで、胸がいっぱいになりました。
その時、聞き慣れた声が、私の耳に届きました。
「アレン様!ずっとお待ちしておりました。‥‥‥もっと、早く来て下さると思っていましたわ。もう、2週間ですよ。こんな村で‥‥‥。早く、私をお城へ連れて行ってください」
甘えたような声でこちらに駆け寄ってくるのは‥‥‥、リリアンでした。
「お久しぶりです。リリアン様。‥‥‥蒔いた種が芽すら出さなくても、自分が『緑の乙女』だと言い張ったのは貴女ですよ。‥‥‥最後のチャンスの為に、ここに滞在していただいておりましたが、‥‥‥いかがですか?」
心なしか、アレン王子の声が、冷ややかに感じます。
「まぁ、お姉様もご一緒でしたの‥‥‥?」
私の姿を認めたリリアンは、私を睨みつけました。
「リリアン、ごきげんよう」
私は、その目にはひるまずカーテシーをしました。
アレン王子から、リリアンがいるとは聞かされていませんでしたが、 私は、もう、イグニス公爵家の侍女ではありません。
イグニス公爵家のことを、彼女のことを憎いと思ったことはありません。ですが、リリアンがした、この国での振る舞いは、恥ずかしいことで、本来なら、罰せられることです。
私は、リリアンに罰を下す立場のアレン王子の婚約者として、リリアンには、堂々とした態度で接しようと思いました。
その私の姿を見たアレン王子が、一瞬、私に微笑みかけた気がしましたが、王子の声は、とても冷たいものでした。
「リリアン様、もう1度聞きます。‥‥‥芽は、出ましたか? 最後に砂漠で花を咲かせることをお願いしたのですが」
「まだ、力がうまく使えないようです‥‥‥。私がフロウ王国で水をあげた薔薇は、お話したとおり、とても長持ちしました。
それに、桜だって、咲かせたではありませんか? ‥‥‥アレン様、芽なんてそのうち出ますから、早く私をお城へ連れて行ってください」
リリアンは、アレン王子を上目づかいで見ながら、口元に微笑みを浮かべました。
「もう、嘘は結構。貴女が言う薔薇は、ユリアが植えた薔薇でしょう‥‥‥。国へお帰りになられる前に、お礼を言わせていただきます。貴女がこの国へ来てくれたおかげで、わかったことがあります。
『緑の乙女』、ロザリア・エバン様の子供が、生きていたこと‥‥‥。それが、わかったことには、感謝します」
アレン王子は、リリアンの視線に冷たい目で返しました。
そして、固まったリリアンの微笑みには、目もくれず、言葉を続けました。
「貴女が、ユリアとイグニス公爵の血の繋がりが無いと教えてくれたことが、ヒントになりましたよ」
「そうですわ。お姉様は、イグニス公爵家の娘ではありません。私だけが、アレン様の婚約者になる権利があるのですわ」
リリアンの目には、怒りが浮かび、先ほどの微笑みは、崩れています。
「ふん‥‥‥。私が選んだのは、最初から、ユリアです。‥‥‥まぁ、詳しい話は、貴女の父親から聞いてください」
アレン王子は、私の肩をぎゅっと抱き寄せ、リリアンに話を続けました。
「貴女には、本当に感謝していますよ。『緑の乙女』だと喚いて、余計な手間を掛けさせられたけれど‥‥‥、女とデートに出かけたくらいで骨抜きになる無能な貴族が誰かが分かりましたよ。
それに、僕は、国民からは、初めから、全てわかっていて『イグニス公爵家の娘』を戦利品に要求した素晴らしい王子として、称賛されるでしょう。
あぁ、そもそも、貴女が、この国に来るのを拒否してくれたおかげで、愛する人を手に入れることができたわけですね‥‥‥」
「で、でも‥‥‥、私、『緑の乙女』でなくても、そこの女より、美しいですわ。この国の貴族の方々だって、そう言っています」
リリアンは、今まで見たこともない醜い顔で、私を睨みつけました。
「‥‥‥街に出て、民の声を聞いてみたことがあるのか‥‥‥。それに、君の取り巻きは、年をとった男か‥‥‥まだ恋を知らないような男ばかりじゃないか。君の体が目当ての‥‥‥」
アレン王子のその言葉を聞いたリリアンの顔は、今までに見たことがないほど歪んだものになっていました。
「1つ忠告しておくと‥‥‥。美しくても、金遣いの荒い女と嘘をつく女は、どんな国の王子の心も射止められませんよ」
「‥‥‥私は、イグニス公爵家の娘なのよ、なんで、ユリアなのよ!」
私は、顔を歪ませて、そう叫ぶリリアンに説明をしようと口を開きましたが、アレン王子に腕をぐっと掴まれ見つめられて、言葉を呑み込みました。
そうしている間に、王子の護衛としてついていた騎士がリリアンの両脇をつかみ、用意されていた馬車へリリアンを押し込みました。
アレン王子は、リリアンを一瞥すると、私の肩を抱き、歩き始めました。
後ろからは、リリアンが馬車の中から、何か叫ぶ声がしますが、アレン王子は、振り返ることもなく、歩き続けました。
「アレン王子‥‥‥。申し訳ありません‥‥‥」
「君は、何も悪くないよ‥‥‥。偽物の『緑の乙女』に加担したとすれば、馬鹿な貴族達も、失脚させられるしね‥‥‥。丁度良い機会だったと思っているよ。
あ、イグニス公爵家は、廃嫡せずに、何か別の罰を考えるよ。リリアンの滞在費は、全額、請求するつもりだし。どっちにせよ、王子に婚約破棄された嘘つきで金遣いの荒い女じゃ‥‥‥。まぁ、彼女は、強そうだから、きっと、またいい男を見つけるさ‥‥‥」
「申し訳ありません。私も、イグニス公爵家に手紙を書きます‥‥‥」
「もう、この話はやめよう。そんなことより‥‥‥ユリア、この種を蒔いてくれない? ‥‥‥僕の思い出の花、パンジーの種なんだ」
砂漠の中で、アレン王子は、私にパンジーの種が入った袋を渡し、そう言いました。
「‥‥‥この砂漠で‥‥‥。私が、ですか‥‥‥? 『緑の乙女』でもないのに、いいのでしょうか?」
「全く‥‥‥。まだ、気が付いていないのか‥‥‥」
アレン王子は、一瞬、呆れたような目で私を見つめました。
「え‥‥‥?」
私は、何のことだかわかりませんでしたが、その種を砂漠に蒔きました。
数日後、私は、やっと、アレン王子の言葉の意味がわかりました。
その日は、アレン王子とお婆様と庭の薔薇を見ながら、お茶を飲んでいたのですが‥‥‥。
「緑の乙女、バンザイ!」
「緑の乙女、ありがとうございます!」
突然、そんな声が屋敷の周りから、聞こえたのです。
「‥‥‥なんでしょう?」
「やっと、新聞が貼りだされたか‥‥‥。そろそろ、こうなると思っていたよ」
「あら、ロザリアの時と同じね‥‥‥」
動揺しているのは私だけで、アレン王子とお婆様は、ゆったりとティーカップを口に運んでいます。
「お、奥様、大変です、掲示板にユリア様のことが‥‥‥!そして、屋敷の周りに大勢の人が‥‥‥!」
そこへ買い物へ出ていた侍女のエリーが、そう叫びながら走って来て、王都の掲示板に貼りだしてあった新聞の内容を懸命に説明します。
「金髪の女性ではなく、ユリアお嬢様が、『緑の乙女』で、砂漠にパンジーの花を咲かせたと‥‥‥。ロザリア様の娘だと書かれていました!」
エリーは、息を切らしながら、言いました。
「え‥‥‥?『緑の乙女』‥‥‥?」
私は、首をかしげました。
砂漠にパンジーの種を蒔いたのは、私です。
ですが‥‥‥。
「ユリア、いい加減、気が付いて欲しいな。‥‥‥公園の桜を咲かせたのは、君だろう。君の育てた花は、長持ちする‥‥‥。それに‥‥‥、最近では、とても早く育つと言っていなかったかな?」
アレン王子もお婆様も、私を見て、微笑んでいます。
「これが、君の新しい仕事だよ。ユリア、少し時間はかかるかもしれないけど、僕と一緒に、この国を‥‥‥いいや、2つの国の砂漠の呪いを抑えて、緑を広げよう」
アレン王子は、膝の上の私の手を握りました。
私は、驚きで、口を開くことができませんでしたが、しばらく経ち、深呼吸をすると、ゆっくりと言いました。
「はい。私‥‥‥、精一杯頑張ります」
「さあ、そろそろ、周りの屋敷のご迷惑にもなるし、皆さんにお帰りいただきましょう。その為には‥‥‥、貴女が、姿を出さないとね」
お婆様に促され、屋敷のバルコニーに出た私を歓声が包みました。
横では、アレン王子が私の肩を優しく抱いています。
「ねぇ、よく考えたら‥‥‥。ユリアがこの国の前王の娘だよね。‥‥‥僕は、王家とは、遠い血筋だ‥‥‥。この国では、女性には王位継承権は無いけど‥‥‥もしかして、『緑の乙女』だから、女王になるのかな‥‥‥? まぁ、ユリアと一緒にいられれば、僕はどちらでもいいけど‥‥‥」
アレン王子は、そう呟き、私に微笑みました。
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※(6/30追記)誤字脱字の報告をいただいた方々、ありがとうございました。