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SR満州戦記3  作者: 異不丸
第二章 昭和二一年
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14/31

一 長春


中華民国、吉林省長春市洪熙街


 王賢偉と于静遠は満映撮影所の第三スタジオに入ると、壁に貼られた地図に見入った。

「黄色のピンは米軍を表すのですね」

「その通りです」

 于の問いに半田敏治が答えた。昨年、王と于は他の旧満州国高官と共に拘束され、撫順戦犯収容所にいた。東北でも本土と同様に戦争犯罪を裁くための軍事裁判所が設置されたが、訴追されたものは少ない。蒋介石の国民党軍と正面から戦闘をしていないからだ。日本人容疑者は米軍に引き渡され、東京に送られた。

 出所した王賢偉と于静遠は、東北行営から招請されていた。王は外交部、于は軍事部からだ。難航している中ソ交渉の打開のためであることはわかる。もちろん、断ることはできない。蒋介石から見れば満州国独立は叛乱であり、要職にあった者を漢奸として裁くこともできた。

「お二人は東北行営に必要とされています」

「われわれの影響力は東北だけに留まる。その方途が立ったということだ」

 王の言葉の意味は深かった。東北は本土と切り離されるということで、政治的に、あるいは軍事的にもか。三人は互いに見つめ合う。それから、壁の地図を見て、黄色のピンの意味を考え直す。

「どうやら、蒋介石総統は連邦制に傾きつつあるらしい」

「よほどのことがあったのですね」

「自ら提示した一九三六年憲法を反故にせよと言えるのは、米英しかない」


 旧皇帝の溥儀と旧国務総理の張景恵は、幽閉という名目で長春市内の自邸に軟禁中であった。この後に出番があると考えるのは決して突飛ではないし、それは東北自治州か満蒙自治国の成立の時かもしれない。すなわち、一九二三年憲法に沿って本土以外に自治を認めるということだ。孫文の思想と対立はしない。全土を中央集権化するよりも数年は早く、統一中国が成る。

 そして統一中国に対しての米英の要求は一つだ。

「アジアの盟主として責任ある行動」

「周辺地域の紛争を収めることだ」

「それで中国と総統の正当性が認められる」

「しかし、なぜ、米英はそんなに急ぐのか」

 その理由の一つは、蘭印・仏印・マラヤやビルマで起きている独立闘争であるのは間違いない。南方にあった七十万の日本軍はいなくなったが、扶植された独立運動は隆盛する。日本軍は、各地で独立軍を組織、訓練していたから、武装闘争となった。

「米英に限っては、切迫してはいない」

 フィリピンとインドの独立は既定で公約であった。マラヤやビルマも独立を望むならそれでもいい。英国にとって重要なのは地域の安定と影響力の保持であり、穏便な独立運動は独立後のそれに寄与するだろう。

「しかし、仏蘭はそうではない」

 フランスとオランダは植民地の維持が復興と国威回復に欠かせないとしており、軍を派遣する。進駐していた米英軍は、日本軍の武装解除が終わると早々に撤収した。独立戦争に巻き込まれないためだ。

「日本軍の武器が独立軍に渡ったのですか」

 于静遠の問いに、半田は顔色を変えずに答える。

「それはありません」

 南方軍総参謀長の厳命を受けた現地軍の武装解除は、員数も確認した完璧なものだ。独立軍に合流しようと脱走した日本兵は全員捕縛されている。



「占領下の日本も急激に変わっている。元旦の詔書では神格の否定だけではなく、戦争への言及もあった」

「そのとおりです」

 半田は深刻な顔で答えた。

「軍国化問題調査会の進捗と閣議決定を受けたものですね」

「はい」

 議会に設置された軍国化問題調査会は、日支事変と対米英開戦の経緯に関して秘密会で中間報告を行った。連合国による極東国際軍事裁判所が設置されたので、報告書は公表されない。宇垣内閣の戦争責任に対する閣議決定は、主に開戦時の関係機関と関係者の所在を示したものだった。当然ながら、中間報告と閣議決定、そして元旦の詔書とは整合が取られている。GHQとも調整されている筈だ。

「憲法改正に産業改革。変革は急激で、労働争議やデモは連日だ」

「半田さん、本当に竹垣機関は先回りできているのですか」

「出来ていました。しかし、最近は対処に追われているようです」

「やはり。米英は日本の占領処理にも急いている」

 明治憲法には軍の統帥に関して欠陥があり、軍の独走と軍国化を阻止できないことは軍国化問題調査会の中間報告を待つまでもなかった。治安維持法や特高警察は国権の専横とまでは考えられなかったが、ポツダム宣言を受諾した以上は、民主化の解釈も連合国に譲るしかない。この辺りまでは竹垣機関の想定の内で、宇垣首相も準備できていた。

「昨年末の指令には、資本と資産の民主化があったとか」

「資本主義や私有財産の否定だと大々的に報道されました」

「それはおかしい。やり過ぎです」

「はい。誤報だったらしく、新聞社は発行停止処分を受けました」

「指令は撤回されましたか」

「書式と手続きに不備があったと破棄されました」

 王と于は、互いの顔を見合わせる。

「やはり、米英は戦後処理に急いている」


 しばらく考えていた半田が、唐突に話しだした。

「開戦後すぐに、米国は戦略情報局、OSSを置いた」

「ああ。陸海軍、外務省、それにFBIの情報活動を統括、調整し、戦略を立案する組織でしたね」

「長官のドノバン少将は情報調整官として優秀だったが、戦略立案はうまくいきませんでした。各省、機関が情報を出し惜しみしたからです」

「日本の情報局と同じだ」

「それで、OSSはもっぱら謀略に専念した。あるべき戦略的状況を作り出すための特殊作戦です」

 王と于は当惑した。戦時の諜報や謀略は興味深いが、戦争は半年も前に終わっている。満蒙のこれからに関係があるのか。

「OSSは九月に解散され、後継の機関・組織はない」

「ええと、米国の情報活動は弱体化していると?」

「OSS要員だった者たちの多くが帰国していないのです」

「は」

 ドノバンとOSSは、独自の情報活動を制限されると警戒されて、各省・機関から協力が得られなかった。要員はドノバン個人のコネで集められた。政治家や法律家から成る本部は機能した。しかし、前線の工作員の多くは退役軍人や学生などから成り、失敗に終わる作戦も多かった。

「エデマイヤー少将が『アマチュア冒険家』と呼び、ハーリー少将が『二丁使いのカウボーイ』と呼んだ彼らは、現地除隊と称して勝手に残留している」

 OSSは南方各地で抗日活動を組織し、武器を供与した。正規の軍人でない彼らが指導する作戦は無謀で、現地人を懐柔するために阿片を使うことは日常茶飯事だった。

「南方を廻った甘粕は各地でOSSの残党を見たそうです」

「残党!」

「彼らは多くの武器弾薬を隠匿していて、独立軍に流している。また阿片も売買しており、その供給元は中国共産党です」

「え!」




 宮沢、成田、日笠の三人は本棟の小会議室で仕事をしていた。日本の官報や新聞、米国の新聞、雑誌などが大きなテーブルいっぱいに広げられている。

「日本占領がいつ終わるかなんて竹垣機関の本領だろう」

「まったくだ。うちは満蒙独立と対ソ戦略に専念すべきだ」

「いや、脱亜入欧だろ」

 三人はぶつぶつと不平を言うが、竹垣機関は丸投げをしたわけではない。ちゃんと連合国と占領軍の方策を分析した予測はついていた。一一月のものだ。

「一二月から多忙になったわけだ」

「ええと、教育視察団、経済調査団、農業調査使節団、産業に財閥、労働環境、公衆衛生・・・ちきしょう、徹底的にやってくれる」

「のきなみ一二月に来日しているから、竹垣も政府の応援に回ったのだな」

 連合国の占領期間を計る要件には、まず戦争の期間があって、開戦から降伏までの三年九ヶ月を下回ることはまずない。次にポツダム宣言での要求があり、軍国主義と戦争遂行能力が完全に破壊抹消された確証が得られるまでと定義されてあった。さらに宣言には、戦争犯罪者の処罰と民主主義、言論・思想・信仰の自由と基本的人権が記されているが、これまでの推移を見る限り、二次的なものではないようである。

「戦争遂行能力はすでにない。武装は解除された」

「陸海軍は解体されて、将兵は家庭に復員した」

「兵器産業と重化学工場は閉鎖され、設備は中間賠償として移送中だ」

 一一月の食糧大暴動を受けて、GHQは中国の食糧援助を許可した。中国は中間賠償を受領するための船舶の往路に食糧を積み込んだが、その半分は日系中国人が拠出したものだ。復路に積まれた機械設備のほとんどは大連に陸揚げされた。日本にあった機械設備を、うまく使いこなせるのは日系中国人である。


「米国のことだから開戦二年目には占領政策を立て始めただろう」

「いや、戦前からかも知れないぞ。なにしろ裏口参戦だ」

 軍需産業復興の防止のための重工業と化学工業の解体は、鉄鋼や機械はもちろんのこと、町工場にまで至る徹底したものだった。国力そのものを弱体化させるのがねらいだ。マッカーサー最高司令官は『日本の廉価製品輸出は市場の脅威であり、それは労賃が安すぎるからだ』と表明し、労働組合の結成、賃上げのデモと労働争議を誘発した。

「最新情報をどこから得たか、大使館員はもちろんとして」

「戦前、日本でビジネスしていたアメリカ人。それに留学生だ」

「彼らは占領政策にも関与しているに違いない」

 軍国主義の破壊は機関や組織の解体だけでなく、軍国主義者やその予備員である右翼や狂信的愛国者の排除も含まれる。一切の要職から追放され、栄典や給付は剥奪された。家業の店や工場の代表となるのも禁じられる。軍人や応召者への恩給や年金も停止された。それは軍や軍国に関わった者への処罰であり、見せしめであった。

「戦犯の逮捕も見せしめとして扱われているな」

「新聞記者がその尖兵を務めている」

「裁判の結論はすでに公表された」

 一二月から始まったラジオ番組『真相はこうだ』は、太平洋戦争の開戦経緯とその責任者について詳細に言及した。GHQ内の民間情報教育局が担当しており、第一回で名指しされたのは、東條英機大将、山本五十六大将、山下泰文大将だった。山下大将はすでにマニラの軍事裁判で死刑判決を受けており、すなわち、東條大将への判決は下ったも同然だ。



「ドイツでの裁判は年末には結審すると思う」

「被告がナチスの構成員だから容易だが、日本はどうかな」

 ドイツの戦争犯罪を裁くニュルンベルク国際軍事裁判は、ナチス党の独裁政権であったことから共同謀議として起訴されていた。しかし、日本の場合は特定政党の独裁でもなく、軍政でもない。組閣から二ヶ月足らずで開戦した内閣の閣僚たちを共同謀議で訴追するのは難儀だろう。

「来年中の結審は難しいが、宇垣首相次第か」

 米国は独逸占領の反省から、日本占領は米軍単独とする。四国を占領していた英軍は撤収した。マッカーサー最高司令官は、当初から国際法廷には反対で、占領軍の機能としての米国単独裁判を主張している。ソ連の参加は最初から排除されていた。竹垣機関は、米国単独裁判なら宇垣首相の影響下におけると分析していた。つまり、被告を説得できるということだ。

「まだ開廷もしていないのに」

「さすがの自信だな」

「すると残る要件は民主主義だ」

 言論・思想・信仰の自由と基本的人権を謳う人権指令は一〇月四日にGHQから出されていて、政府は共産党員など三千人の政治犯を釈放した。人権を制限していたとされる治安維持法など十数の法令は人権指令の前から廃止されている。

「民主主義に関しては竹垣の方策は的を得ている」

「中央集権に対する地方分権か」

「地方自治はやり過ぎると分立になってしまう」

「そのバランスを取るための番屋だ、問題なかろう。あとは」

「GHQと調査団の要求を一つ一つ潰していくだけだ」

「いずれにせよ、内地の細かい事情はわからん」

「われわれは日本国外を分析すればいい」


 宮沢は腕時計を見る。ここまで一時間で竹垣機関の一一月に追いつけた。これから米国本土と世界の情勢を検討するが、夕方までには終わるだろう。三人はお茶を入れて一服点ける。竹垣の分析報告を見直すと感慨は深い。かつては、こうやって一度決まった戦略や方針を見直すことがなかった。もう決まったことで済ませていた。

「縁起が悪いから最悪の事態は考えない」

「終わったことはグチグチ言わない」

 日本式の潔さは、闇夜に目隠しで走るようなもので、後方は勿論、前方も足元も見えてはいない。転ぶしかなかった。これから、この進捗点検と再検討とが政府の慣例となり、民間まで広がれば、日本は強かになれる。米国には習うべきものが多い。脱日入米かも知れない。

「米国の世論調査は?」

「あるぞ」

 その米誌の記事はデンバー大学の世論調査センターからの引用だった。最初は日中戦争においてどちらにシンパシーを感じるかで、勃発の一九三七年は拮抗していたが、二年後は七割超が中国だ。対日世論は次第に反日に傾き、一九四一年一一月には強硬論が七割となる。最終週には『開戦すべき』が五割を超え、『時期尚早』が二割強、『戦争するな』は三割弱だった。

「意外だな、ルーズベルトは世論に依っていたのか」

「つまり民主主義だ」

 アンケートは合計数だけでなく、収入や学歴、人種などでグループ化されたものもある。富裕層や知識階級ほど対日強硬であったが、終戦後は急速に穏健化していた。占領直後の米軍の施策に対しては『緩い、甘い』とされていたが、年末には『妥当』の方が多くなっている。また、『日本』と『日本人』とでは回答に有意差が見られた。



「半年でこれなら、期待できるな」

「米軍単独を頼む竹垣の方針は正解だ」

 世論は日本人に寛容になっており、食糧支援や貿易再開への賛成もわずかながらも増加している。ドイツと比較した場合、常に一割多かった。米国世論はドイツより日本に好意的だ。

「トルーマンも次の大統領も世論は無視できない」

「次は共和党が有力だ」

 戦争の英雄が大統領選に出馬するのは米国の常であり、次は一九四八年だ。現役軍人は大統領選挙に出馬できない。マッカーサーは三年以内に日本占領を軌道に乗せ、帰国する必要があった。選挙運動を考えるなら二年半、一九四八年の夏までだろう。

「戦犯の裁判と処刑も、憲法改正も今年か来年には可能」

「民主主義も自由も人権も憲法に入れ込めば、これが確証だ」

「では、次にいこう」

 米国が強大な兵力を駐留させて日本占領にあたることができるのは、極東が安定しているとされているからだった。しかし、中国東北部にいる三人にはそう見えない。

「南樺太はまだソ連に移管されていない。米ソは国境を接している」

「英ソは朝鮮北端で国境を接している」

「中国は戦前からソ連と国境紛争を抱えている」

 ヤルタ密約はとっくに破綻していた。しかし、ソ連政府は米英の違約を辛辣に批難して止まることを知らない。南樺太と千島全島に加え、北海道と新潟の割譲も主張して、海軍艦艇を遊弋させることもあった。しかし、ウラジオ軍港が受けた損害は大きく、復旧は遅れている。日本海軍の最後っ屁である閉塞船の排除は始まったばかりだ。ソ連海軍が日本海で戦闘行動できるのは、早くても夏だろう。


「陸上は違う、黒竜江はすでに結氷して徒歩で渡れる」

「しかし、目立った動きはない」

 宮沢は渋い顔で言った。ソ連領内の情報網は弱体化していた。哈爾浜特務機関や満鉄調査部を引き継いで要員は確保してあるが、現地の支援要員が大いに不足している。侵攻失敗の後、国境沿いの村々では住民が入れ替わったらしく、昔の支援要員とは連絡がつかなくなった。支援抜きでは危険が多く、数日の潜入偵察がやっとで、それも頻繁には行えない。

 米軍が飛ばすB-29の高空視察から大きな動きがないと判断するしかない。ソ連領内について精確なことはわかっていないのが実情だ。

「蒙古人民共和国内のソ連軍は撤収した」

「駐留軍ではなく、先の侵攻の残軍だった」

 昨年の満ソ戦争は、外蒙古と内蒙古との戦いの実相もあって、外蒙古は敗北した。内蒙古は外蒙古内に浸透しつつあり、甘粕機関の情報網は外蒙古からソ連領内へと再構築されていた。

「B-29を飛ばす米軍の意図は明白だ」

「ここに原爆を落とせると脅かしている」

「ソ連はB-29が飛んでこない所から侵攻してくる」

「あるいは、友軍の存在で落とせないところ」


 竹垣機関への報告書が出来上がった。

『占領終了を一九四九年としている貴予測は妥当で目標としても適正。遅延する事由は民主主義の定着を証明できない場合。貴機関で管制できない要件は次の二つ。(ア)中ソ対立による極東情勢の緊迫。(イ)米ソ対立による欧州ないし中東情勢の緊迫。(ア)は具体的には中ソ紛争ないし戦争の勃発で当方で管制することが可能。(イ)の管制は当方は不可にして情報収集に尽力する』





 洪熙街は新興地だが、南長春駅に近い辺りはかなり賑やかで、飲食店も多い。長春駅前の日本橋通とは違って、手頃な価格の食堂や居酒屋が中心だ。その一軒で、半田と比良の二人が若い男を囲むようにして酒を勧めている。

「さあさあ、飲んで飲んで」

「いける口なんだろう、飲まなきゃ」

「ああ、これはどうも」

 屋留幹夫はまだ三一だが、ぼさぼさの長髪と度の強い眼鏡で風采は上がらない。くたびれた背広の胸ポケットに万年筆を指していた。日大専門部の文学を卒業、南洋で八年間商売した後、矢止拙夫の筆名で雑誌『新青年』に南洋冒険小説を発表した。海軍報国隊に所属したり、大本営から執筆禁止を食らったり、破天荒な人生だが、ちゃんと妻も子もある。

「信忠と松姫の悲恋物語は評判らしい。さあ」

「半田先生にそう言われると嬉しいです」

「あの家は気に入ってもらえたかな、それ」

「立派な二階家で書斎もあります。勿体ないぐらいです、比良社長」

 屋留は奉天で小さい出版社をやっていたが、先日、長春に引っ越して来た。

「よかった。次の『サンカ』の構想は出来上がったかな」

「『信長殺しは光秀ではない』はだめですか」

「それは来年で頼む」

 機嫌よく飲んでいた屋留の表情が曇る。屋留は戦国を書いた後、古代にいくつもりだった。

「柳田先生や松浦翁、資料は全部読みました」

「さすがだね。来月の脱稿は難しいかな」

「そんなことはありませんが」

 半田は愛想良く徳利を差し出す。

「君にはね、東北出版を任せたいと思ってるんだよ、さあ」

「はあ、どうも」

「もちろん、原稿料は別に出るよ」

 一気に飲み干した屋留は、半田に尋ねる。

「難民説でなく原住民説で書いていいですか」

「もちろんだよ」

「すごいなあ、屋留君。社長になったら日本橋通で飲めるよ、それ」

「どうも。ロシアンカフェのサモワールに行けますかね」

「行けるとも。インペリアルもピンカンリもね」

「やります!」






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