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田中さんのご家族と  作者: みあ
和真さんのご家族と
33/37

6月 その好意はいかほどか 3

 親友の忠告をもとに考えた末に、自分なりの結論に至ったはずだった。

 だけど、紀子によってもたらされた引っかかりがすべて取り払われたとは思えなかった。

 長年付き合った親友がああも言ったのだから――相手が普段あまり干渉してこない人だからこそ、いつまでも懸念が晴れない。

 私が田中さんに好意を抱いているのは間違いない。その質と量が、自分でも読めない。

「愛理ちゃんって荒井君のことが好きだよねえ」

 その流れで昔、小学校低学年の頃に友達に指摘されて驚いたことがあったことを思い出した。

 今思い返してもそんな気はかけらもなかったし、友達の気のせいではないかと当時も考えたくらいだった。

 だけど、相手の顔も思い出せない初恋(仮)のことを思い出してしまうと、ますます自分のことに自信がなくなるわけだった。

 私は田中さんが、恋愛的な意味で好きなのだろうか。

 かつてそう指摘されて自分でもよくわからなかったように、現在でさえよくわからないだけなのだろうか。

 田中さんの告白まがいの発言を受けてからの自分の行動が、紀子が私に忠告する気になるほどに好意に満ち満ちたものとも思えないんだけど。

 前科があることを思い出してしまっただけに切り捨てることが出来なくなって、ついつい職場で田中さんを目で追うことが増えてしまった。




 それは、ある雨の夕方のことだった。

「あれ、傘忘れたんですか?」

 勤務明けに会社の玄関前で立ちすくむ田中さんの後ろ姿を発見した。

 夏に向けて少しずつ日はのびている感じがするけれど、昼から雨を降らせている雨雲が厚いからかいつもよりも辺りは薄暗い。

 だからなのか、見つけた田中さんの背中はどこか途方に暮れているように見えた。

 こちらを振り返っておつかれーと声を上げた田中さんは、苦笑しながらうなずいた。

「降る予報だったから、折りたたみ入れたつもりだったんだけど」

 そんな風に言うからには、入れ忘れたらしい。

「そうなんですか」

 割合勢いのよい雨粒が容赦なく空から降り注いでいる。

 小雨なら走ってやり過ごすこともできそうだけど、さすがにそれは難しそうな量だ。

「よければ、ご一緒しましょうか?」

「えっ」

 どうせ駅までは同じ道だ。傘を掲げて問いかけてみると、田中さんは戸惑った声を上げた。

「えーと、そうしてもらえると、助かるけど――その傘だと二人は厳しくない?」

「そうかもしれませんね」

 指摘を受けて、私もそれに思い至った。

 朝から降っていなかったからと、私が持ってきたのも折りたたみ傘だ。軽量タイプの、広げても大きくないもの。

 閉じた状態でも大きさ目安を付けたらしい田中さんの言葉は、全く正しかった。言われてみれば二人で入るとどちらも濡れることになるだろう。

「でも、傘をちょっと貸してもらってもいいかな? コンビニでビニール傘買ってくる」

「どうぞどうぞ」

「悪いね」

 私が差し出した傘を受け取ってありがとうと笑みを見せると、田中さんは雨の中を飛び出していく。

 明るいグリーンの折りたたみ傘は水玉柄で、そのうえブラウンのレースが縁取られているデザイン。私自身が持つだけでもちょっと抵抗のある可愛らしさなんだけど、スーツ姿の成人男子が持つにはかなり可愛らしすぎる。

 だからなのか、足早に立ち去った田中さんが小走りで戻ってきた時には買ってきたビニール傘を差していた。

 いや、よく見ると田中さんの肩も少し濡れているようだ。女性向けの小ぶりの折りたたみは多少の効力はあっても、男性の肩を守るほどの効果はなかったらしい。

 走ってきたためか、足の裾も結構濡れている。

「助かったよ、沢口さん」

 それでも田中さんは満面の笑みでお礼を言ってくれた。

「結構降ってるからどうしようかと思ってたよ。濡れずに傘を買いに行けてよかった」

「お役に立てて何よりです」

 それから、目的地は同じ駅だからとなんとなく一緒に歩き始めた。

 もう少し近くにコンビニがあれば便利なのになんて世間話しながら歩けば、いつもは憂鬱な雨の道のりも案外楽しいものだ。

 改札にたどり着いたところで乗りたい電車が出発していなければ最高だったんだけど。

 改札の手前で電光表示板が切り替わるところを目撃した田中さんは「沢口さんの路線はあれだったよね?」と気にした風だった。

「本当なら乗れてたはずなのに……」

「別に急ぐ用事があるわけじゃないですから」

 気にする必要はないと言ったんだけど、田中さんはそういうわけには行かない様子だった。固辞する私を遠慮していると見てか「話したいこともあるから」とまで言ってコーヒーショップに誘ってくれた。

 待ち時間があればあったで、駅ビルの本屋に行けば下手すれば次の電車まで乗り過ごすくらい時間がつぶせますと言い訳する暇もなかった。

 傘のお礼になんて言って飲み物までおごりとかかえって申し訳ない気がした。

 しかし、レジでさらりと支払ってもらったものを、今更払うとか申し出ても聞いてくれない感じがして、潔くお礼を言った。

「ありがとうございます」

「傘のお礼だから」

 田中さんはにっこりしているけど、明らかにお礼は過剰じゃないだろうか。

「大したことしていないのに大盤振る舞いされると逆に申し訳ないです」

「たかがコーヒーくらいで」

「それを言うなら、ちょっと傘を貸したくらいですよ? お礼なんて必要がないくらいこれまでお世話にもなってるんですけど……」

「沢口さんは真面目だなあ」

 そういう問題でしょうかと呟く私に田中さんはしみじみと本当に真面目だよねえと繰り返す。

 もしかして融通が利かないと暗に言われているのかもしれないけど、ふざけていると思われるよりはいいのだと思うことにした。

 何となく落ちた沈黙の間に、私はカフェラテを口に運んだ。

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