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田中さんのご家族と  作者: みあ
和真さんのご家族と
31/37

6月 その好意はいかほどか 1

 驚天動地の黄金週間から一ヶ月弱。私と田中さんとの関係は驚くほど何も変わらなかった。

 相変わらず田中さんはよくできた頼りになる先輩のままで、あれ以来特に何のアプローチもない。

 あのバーベキューの日の一連の出来事は、やはり酔っぱらったが故での過ちだったのだと私は日々確信を深めつつあった。

 最後は酔いも冷めていそうだったけど、長い時間を掛けて飲んでいたのは結構な酒量だった。ああ見えて送ってくれた時にはまだ酔っていて、寝て起きたらすべてをすっかり忘れてしまったんじゃないだろうか――そう思えるほどに、まったく、何もなかった。

 そのことにどこかほっとしている。

 私は冷静に日々の業務をこなせていた。




 ただ、気の迷いとはいえ人生初の告白を受けた私の内面には、少々の変化があった。

「料理修行なんて、いったいどーゆー心境の変化よ」

 連休ぶりの親友が顔を合わせるなり聞いてきたのが、その変化の内容だ。

 この間「一緒に料理教室の体験にでも行かない?」とメッセージを送ったときにはすげない返答を返してきたくせに、私がそんな行動に出た理由は気になっていたらしい。

 目に付いたと言うだけでろくに調べもせず単身で飛び込んだ料理の体験教室の目的が「SNSで映える! おしゃれでステキな料理教室」なんていう私とは縁遠い内容だったから、本教室入会を諦めて母親に習うことにした顛末まではちょこちょこ知らせてみたんだけど――そういえば、なんでそんな行動に出たかまでは伝えていなかったかも。

「いやあ、料理の一つや二つ出来ないといけないなーと最近思って」

 簡潔に答えてみたけど、紀子は不審そうだった。

 お互い実家にパラサイトするマメさに欠ける女子代表みたいな存在だ。相手のスペックは大体承知している。

 お菓子づくり以外に料理に興味がなかった私の心境の変化には興味がある様子だ。

 黙っているほどの内容でもないし、一日二人で過ごす間に話すのに充分なネタでもあった。だから、私は尋ねられるままになぜ料理を身につけようと思ったのかと理由を赤裸々に語ることになった。

 「へー」「はあ」「ふーん」「あっそう」確たる突っ込みもないまま重ねられる相づちがだんだん適当になるのは気のせいだろうか。

 要約すれば、また何かの間違いで誰かに告白を受けることになった時に、料理下手という理由で二の足を踏むのはもったいないからちょっとスキルを身につけようと思ったということなんだけど。

「今後何の間違いも起きなかったとしても、料理できるに越したことはないでしょ」

 今はまだ一人暮らしできるほどの収入を得ているとは胸を張れなくても、いつまでも親のすねをかじっているわけにはいかない。いずれは独り立ちをしなければならない日がきっと訪れる。

「まあ、そりゃーそうだろうけどさあ」

「なに?」

 横から意味ありげな視線を感じて、紀子の顔を見上げる。

「何て言うのかなあ、そんなこと言って、なんてーの?」

「いや、何よ」

 いつもは割とはっきりしている子が、いつになく言いよどんでいる。

「どこから言っていいのかわかんないけどさ、愛理、教育係先輩のことが好きなんじゃないの?」

「は?」

「その後アプローチがないとか言ってる場合じゃなくて、すぐにでも熟考した結果お付き合いしていただきたいですって言うべきだと思うけどなあ」

 言われてぴたりと足を止めてしまった私の半歩先で紀子はこちらを振り返った。

 彼女の目に映る私の顔はさぞや間が抜けていることだと思う。

 だって、何で突然そんな話になるかわからない。

「とりあえず、落ち着ける場所にでも行こっか」

 そんな私に呆れた様子を隠そうともせずに紀子は言った。

 先導する彼女におとなしくついて行き、「そろそろお昼だよね」と有無を言わさずお店に入るのに付き従う。

 ろくにメニューを見た様子もなく紀子が注文したBランチのオーダーに便乗して、おしぼりで手を拭いてお冷やで人心地ついた。

「あのー紀子」

 おずおずと声をかける私を、彼女は手で制した。

「いーい? これは私が与えられた情報の中から至った結論だけど」

「うん」

「あんた絶対、教育係先輩のこと、好きでしょ」

「そりゃ、好きか嫌いかで言うと好きだけど」

 私の相づちに紀子はため息を吐き出した。

「去年の春に働き始めてから今まで、大体月イチで遊んだよね。その度に毎回毎回毎回毎回ッ、一度は教育係先輩のこと、話してたよね」

 言われて少し考えて、私は「そうかも」とうなずいた。

「社会人になって話すネタが職場の同僚のことが多くなったよねー」

「多くなったよねーって」

「でも、私教育係先輩のこと以外も話してたと思うけど」

「そりゃ、聞いたけど! クサレ自意識過剰先輩とそれにぶんまわされて哀れな苦労性先輩の話も聞いたけど! 大半は教育係先輩のことだったでしょー?」

「関わる時間が長い分、濃厚にはなるよね」

「そーじゃなくって! あああ、もうー」

 カツカツと爪先でテーブルを叩き、紀子は頭を振った。

「ともかく、そもそも愛理は教育係先輩に好意的だったでしょ。その上、今年の元旦からこっち、何度プライベートで会ったって?」

「えーと、大体月イチ、くらい? あ、一回は妹ちゃんとふたりだったけど」

「いーい? 基本面倒くさがりなあんたがよ。そんだけ個人的に会うことになったのは、相手に並々ならぬ好意があったからなんじゃないの? 職場の先輩とプライベートで会うなんて、本来なら断りそうなもんでしょ」

 きっぱりと断言されれば、すぐには否定できない。

「いやあ、でもちょっと楽しそうだったからさあ」

「いつもはちょっと楽しそうだくらいで動く性格じゃないでしょ、愛理は」

「そこまで言っちゃう?」

 あまりの言い方に思わず文句を口に乗せるけど、何年のつきあいだと思ってんのと紀子はにべもない。

 続けて何例も過去の自分のつきあいの悪さを掘り返され、ぐぬぬと押し黙るしかなかった。自分だって似たようなものなくせにって巨大なブーメランとしか思えない反論しか思いつかなかった。

 唯一と言っていい親友と頻繁に遊ぶのは、共にいて居心地がいいからだ。行動範囲が似ていて、いつも無理なく楽しめる。

 紀子以外とのつきあいには、確かに積極的ではなかった。一応交流を避けてたわけじゃ、ないつもりなんだけど。

「そんな愛理が頻繁に出歩く気になったってだけで奇跡的なことなんだからね。変な方向に突っ走る前に、一度しっかり考えてみたほうがいいんじゃない?」

 奇跡的ってそこまで言うかとか、変な方向って何だとか言いたいことはあったけど、畳みかけてくる紀子は別にからかう風ではない。

 いつになく真面目な気配に戸惑っているうちに、注文した料理が届いてしまい、反論できないまま話は流れてしまった。

 タイミングを逃してしまった話を蒸し返す気にもなれず、食事中は紀子が一年ぐらい続けているソシャゲについての話をさんざん聞くことになった。

 正直「わずかたりとはいえ課金した以上話の最後まで追いたいけど! だんだん話が好みから逸れてくるわゲームシステムが迷走をはじめているわで正直引退しようかと迷ってんだー」とか言われても、やってもない身の上では相づちを打つだけで精一杯ってもんだ。

 咄嗟に言葉のでない私に気遣って話を逸らしてくれたのかもしれないけど、それにしたってもうちょっと内容を考えてくれてもよかったんじゃないかなと思った。

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