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第94話 孤児

「スィスィルさんですか。良い名前ですね」


 村の入口から見た通りに案内された施設の中はとにかく広く、長い廊下を渉る途中に、子供がはしゃげるほどの大部屋をいくつも横切った。

 そんな中、一番、玩具オモチャとも呼べない木の棒や丸々とした石ころが床に散乱している大部屋に向かえられた二人。簡単な自己紹介を済ませると、三度みたびシシーは褒めちぎられた。


「申し遅れましたが、私の名前はマザー・グラム。ここ、孤児たちの村、スモルの孤児院で子供たちの母となり、残り少ない余命を親の無くした子供たちに尽くすと決めた、老婆でございます」


 一つしかない質素な安楽椅子に腰かけたグラムは最敬礼よりも深くに頭を下げる。散乱した遊び道具を退け、ゆったりと床に腰を降ろしたトレイルに、それに習い腰を降ろしたシシーの両名も頭を深く下げ返す。


「それで、どのような悩みを抱えているのですか? トレイル君」


「はい……それは……ですね」


 一言一言に長い間隔を開け、中々に本題を口にしないトレイル。グラムはその間も安楽椅子を揺らしながら、ゆったりと次の言葉を待つ。決して急かすような真似はせずに。


「友達を……捜しているんです。大切な友達を……」


「それはどんな方?」


「男です。額にバンダナを巻いた剣士の青年」


 あまりにも自然と流れた言葉だったため、シシーですら微かに相槌を打ってしまったが、すぐに違和感を感じた。そして、それが表に出るのを防ごうとするように、トレイルの口が速まった。


「そいつを探すためには、村の中心部にある物見櫓を使うのが一番と考えたんです、それで院長の下を訪ねました」


 尚も安楽椅子を揺らし続けるグラムは肘掛けに掛けられた鍵を手に取ると、迷いなくトレイルに渡した。


「今日も昨日も、そして明日も、あなたは誰かの為に動くのですね。私はそんなあなたを誇りに思っていますよ。でも、少しは自分の身を労わってあげてください」


 立ち上がり、鍵を手にしたトレイルはそのままグラムの腕を握りしめた。老婆の腕には強すぎるほどの力が籠られていたが、グラムはなにも言わずに、ただ、微笑むだけだった。




「あんた、孤児だったの……?」


 孤児院を後にし、物見櫓へと進み最中、シシーは様々な想いの中、一つに絞ったことを口にした。


「だったじゃない、今も孤児だ。この村の奴らはほとんどが幼い時に親を亡くしたか捨てられた奴なんだよ。院長は昔、首都に孤児院を建てていた。だけど首都じゃ土地が高くて広くは持てなかった。だから森の一角に大きな孤児院を建てたんだ。すると、今度は無名の赤ん坊がどんどん孤児院の入口に捨てられるようになった。困り果てた院長は動ける子供たちと森を拓き、畑を耕した。それは院長がまだ若かった頃の話で、それを繰り返すうちに、いつの間にかスモル村が出来た」


 壮大な話を聞いている内に物見櫓まで来ていたトレイルたちはグラムから受け取った鍵で錠を外し、終わりの見えない梯子に手を掛ける。


「孤児院には何時から?」


「ガキの頃、五・六歳ってとこだったかな……。両親と一緒に近くの村のダンスパーティーに向かう途中、馬車が崖から転倒して、俺は奇跡的に助かったけど、身寄りもいないってことでスモル村まで流された。最初はなにが起きたのか、ここがどんな場所かすらわからずに困惑してたけど、ミデルムやミーナス、それに院長のおかげで今こうやってまともな人生を送ってる」


 梯子を登り終えたトレイルは後に梯子を登っていたシシーに腕を差し出し、難なく引き上げる。


「確かに、お前の掌は柔らかくて、暖かいな」


 登る途中でつい下を見てしまったシシーは身を震わせながら差し出せれた希望の光を掴んだが、そうすることで自分のもっとも触れてほしくない部分を触れさせてしまった。


「小屋で背中を擦ってもらった時に気付けなくてゴメンな。お前の呪いがここまで進行してるとは思ってなかったんだ」


 そう言うとシシーは微笑みながら首を振った。


「いいのよ。あたしはどんなに化物に近づいたって、あんたが助けてくれるから」


 微かに表情を暗くしたトレイルに、シシーは気付かず、返事を待たずして櫓から身を乗り出した。


「さて、二人を探しましょう」


「……え?」


 トレイルには今の話題を逸らすだけのシシーの一言に疑問が湧き、同時に知られたくないことを最初から見透かされる絶望感に落ちた。


「今……なんて」


「だから、アルゴルンにユニコーン、二人を探すんでしょ? グラムさんにはアルゴルンのことしか話さなかったけど、本当はユニコーンも見つける気でいる。あたしでもわかるわよ、それぐらい」


「そうじゃない……」


 そこはなんの関係もなければなんの問題もない。重要なのはもっと細かい個所。


「なんでユニコーンを『人』で数えたんだ? なあ……なんでだ?」


 単純に考えれば「一人と一匹」と言うような面倒臭い呼び方を省略したに過ぎないが、今のトレイルにはそう考えるだけの余裕がなかった。それに、人と魔物の境界線をさ迷っているシシーがそのように適当な統一をするとは思えなかった。


「人に見えたから、かな……丘の上にいた時、孤児院の屋根の上にいた時のあの子の瞳が……」


 自分でも理解できていないことをポツポツと言葉にしていくと、記憶の隅に置き忘れ、疑問に思わなくなっていった引っ掛かりが一つ、また一つ緩み、そして解け始めた。


「もしかして……」


 トレイルと出会い、その旅路で語られてきた幾つかの過去が、一本の長い線で繋がっていく。


「今探してるユニコーンって、『モンスター・チェンジ』に掛かったミーナスって人のこと?」


 櫓の手摺てすりに寄り掛かったトレイルは落ちてしまいそうなほどに体重を前に掛け、足掻くように聞いた。


「なんで……そう思う?」


「最初は、ミーナスって叫びながら小屋に爆走したり、ユニコーンの鳴き声を聞いてミーナスって呼び掛けたことを疑問に思ったけど、ヒントはまだまだあった。子供の頃から解呪師の試験を受けてたって前に言ってけど、そもそも子供がなにかを目指すのって、夢とか目標の為じゃない? だからあんたは、子供の頃に誰か大切な人を呪いから救おうって目標を立てたんじゃないかって思ったの。あたしが見たユニコーンに人と言える部分がなかったのも、ずっと昔に呪われて、今はもう完全に呪いが行き渡たったから。それに、あんたが血相を変えてまで欲したユニコーンの角、あれは呪いを解く材料よね。それと、『モンスター・チェンジ』。この呪いを解くには対象の魔物の一部を材料とするって、あんたもベルも言ってた。それってつまり、あんたはユニコーンの『モンスター・チェンジ』に掛かった人を解呪するために『ユニコーンの角』を欲している。そうよね?」


 どこか遠い場所を眺めていたトレイルは半ば適当に思える頷きを見せた。


「隠すつもりはなかったんだ。いつか、いつか言おうと思って気がついたらそこまで来てた、そして先に言われちまった。こんなことなら小屋の中ででも言っておけばよかったな……」


 口先だけをシシーに向けていたトレイルは乗り出していた身を引くと、シシーの肩にそっと触れた。


「さて、下に降りるか」


「え?」


 突然の提案にシシーは首を傾げたが、トレイルはすでに梯子に足を掛けていた。


「アルゴルンを見つけた。ここから北にちょっと行った森の中で迷子してるみたいだ。まずは合流して、その後でもう一度ここに来よう」


 透かさず北の森に目をやるが、光を拒む鬱蒼うっそうとした樹海のせいで内部は全くと言っていいほどに見えない。

 その中から人間一人を見つけ出したことをシシーが不思議に思っていると、トレイルの急かす言葉がシシーの耳に入った。

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