第87話 呪操師にとっての呪い
「なかなか……重い理由だったのね」
酒酔いのせいか、絶えることのない笑顔を保ち続けていたアーシーが深く頭を下げると、変わるようにシローが顔の毛全てを動かし、笑った。
「よいよい。余の偉大さがちと変わった方法で伝わっただけだ」
人間ならば顎が外れるほど大きな欠伸をすると、シローはひょいとテーブルから降り、ギタン、ピシェらが寝入っている場まで行き、そっと身を丸めた。
「トレイルももう寝た方がいいわよ」
「あぁ……」
重々しい瞼を何度もこするトレイルは一度大きな伸びを行い、そのままテーブルに突っ伏した。
「寝床で寝なさい……よ!」
呆れながらも、シシーはトレイルに肩を貸し、シローが行き付いた寝床までなんとか運んだ。そんなシシーの光景を見たアーシーは改めてニヤニヤ笑顔を作っている。
「……仲が良いのね」
酔っぱらいを寝床まで運び終わったシシーは達成感に浸るように一息をつき、アーシーのみが残されたテーブルに戻り、確信的な質問に頷く。
「ええ」
自分でも気づくことのない程度に頬を緩ませて。
「とっても……お似合いよ」
「ありがと。あなたたち家族程じゃないけどね」
お世辞でもなんでもない、心からの言葉をシシーが投げかけると、アーシーは微かに微笑みかけたが、すぐに表情を殺し、手にしたマタタビ酒を口にする。
「ねえ……あたしとあなた――シシーちゃんがこんな風に面と向かって話すのって、始めてよね?」
どこか距離の感じる言い回しに疑問を感じていたシシーだが、あえて問おうとはしなかった。気のせいかもしれないと考えたのもあるが、なにか訳があってのことだと思ったからだ。ならばシシーはそのなにかが投げられるまで待とう。と考えたのだ。
「そうね、村の入口で全員集合したけど、気楽におしゃべりできる状態でもなかったから」
「そうよね。あ、呼び捨てでいいわよ。なんならお姉さんでも構わないけど」
言葉では気楽そうに装うアーシーだったが、頬を無理やり吊り上げて作ったようなぎこちない笑顔が全てを台無しにしている。
「それならあたしもちゃん付けは遠慮したいな。そうじゃないと大人としての魅力が薄れちゃうもの」
相手に気を許してもらおうと慣れないウィンクをすると、アーシーの表情から自然な笑みがクスリと零れた。だが、またも表情を曇らせ、目を背けてしまった。
「ねえ……シシー」
影のある表情で問いかけると、シシーはアーシーがようやく晴れない表情の根源を打ち明けるのだと悟り、心して聞き返した。
「どうしたの?」
「……さっき、解呪師が言ってたわよね、シシーの呪いについて。って……」
「うん」
「それって……呪われてるってことよね?」
「そうよ」
さも当たり前のようにシシーが答えるのでアーシーは一瞬、今の言葉はどこかべつの空間から聞こえた別人の声なのでは? と不安に駆られたが、すぐにそれが事実であることに気付き、心内で唸った。誰よりも自分の付いている職について詳しいアーシーには、呪われることはそれすなわち生き地獄であることを知っている。習ったからだ、大嫌いな王から。
「どんな……呪いなの?」
「『モンスター・チェンジ』。ウェアウルフのね」
袖を捲ると、鍛えられていないのがよくわかる華奢な二の腕が露出され、そこに産毛とも思える薄い水色の毛が肩側から腕に掛けて姿を見せた。
「ッ……!」
呪操師でありながら呪いの進行仮定を一度も目の当たりにした事のなかったアーシーは思わず口元を覆った。当然と言えば当然のことだ。殺人を犯した者が現場に留まらないように、呪操師が呪われた者の苦しんでいく過程を見届けることなどない。だが、その傾向はアーシーのような悪しくない者にとっては返って苦痛を倍増させてしまうことになりかねない。
殺人と違い、呪いは徐々にその肉体、精神を侵していく手段であり、殺人のように過ちを犯した瞬間に結果が眼前に飛び込んでくるわけではない。呪い、立ち去り、気がつかぬ間に悪化しているため、罪の意識に苛まれることは少ないのだ。結果として、呪操師と言う組織的には悩むことなく次々とターゲットを呪い、それにふとした拍子で気が付いた呪操師は己の仕出かしたことを深く苛まれる。
「アーシー……大丈夫?」
「ええ、なんとか……」
酷く青ざめたままの顔色でアーシーは答えるが、シシーにはアーシーが大丈夫でないことはわかりきっていた。
「シシー……早く、治してもらいなさいよ。誰よりも、なによりも……」
シシーの言葉を待たずして、アーシーは寝床に向かい、ギタンとピシェに寄り添うように横になった。
「……ええ」
一人残されたシシーはアーシーが座っていた場所に応えると、手首に巻いたタリスマンを握り、寝入る挨拶をした。
「お休み……ジャズ」




