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第85話 昨日の敵は今日の友

「カップが足りないわ、あなた」


「私はいい、それよりも解呪師さん方と呪操師さん方に」


「そう? なら私も我慢します。あなたといればそれだけで心が潤ってきますから」


 新婚夫婦さながらの情熱的な会話が尽きることなく繰り広げられる中、マナ一家の自宅に宿泊させてもらっている解呪師一向、呪操師一向も、様々な会話を行っていた。

 今後についてや、解呪師、呪操師片方では持ち合わせていない情報の交換、単純な雑談など。

 だが、実際それに参加しているのはトレイル、シシー、アーシー、それとおまけのシローの計四名ほどだった。

 マナ夫妻は六名に茶を入れるだけの作業に数十分は浪費しており、ギタン、ピシェの小さな二人は一日の活動限界を過ぎ、マナ家の扉を潜り、数分で眠りについた。アルゴルンは人数に多さに耐えきれず、夜風に当たると言う名目で逃げだし、それにカティと、なぜかトラスまでもが付いて行った。


「ええと……まずは首都を目指してくれ、そしたらべルべーグ・ワーズって解呪長がいないかどうか教会の神父さんに聞くんだ。いれば会いに行き、いなければひっそりと待て、もちろん自分達が呪操師であると気付かれないようにな。あとはワーズがなんとかしてくれる」


 脳の隅に残った小さな嫌悪感に気を取られないよう注意しながらトレイルは言い、アーシーが応えた。


「首都ね。そこなら何度も行ったことあるから、大丈夫」


 なんの問題も生じずに一つの課題がクリアされる。

 呪操師の中で一番親しみのあるアーシーがここに残ってくれたことはトレイルには嬉しい限りだった。ギタンやピシェでは複雑な話はできないし、トラスには目の敵にされている。だが唯一トレイルに危害を加えたアーシーだけは、トレイルや他の人全てに友好的な態度で接してくれ、それは会話をスムーズに進むことと同じである。


「一つ聞いたから、今度はこっちが答える番ね。なにが知りたいの?」


 ここでもアーシーは気が利いていた。トレイルが言おうとしていたことを先周りで言ってくれ、トレイルは後頭部を抑えるだけの余裕を出来た。


「いくつもあるが、まずはシシーやアルゴルンを呪った呪操師について心当たりはあるか?」


 いくつか、の中で第一に自分やアルゴルンの身を案じる問いを行うトレイルに、シシーの自然と言葉を漏らした。


「トレイル……」


 続きの言葉はなく、代わりに両手でトレイルの頭部を包むように触れる。


「ん? ……どうかしたのか?」


 突然の接触に驚いたトレイルは慌ててシシーの方を向いたが、シシーは微笑みを浮かべながら首を振うだけだった。


「そうか……?」


 釈然としないトレイルだったが、話し合いに支障があるわけでもなく、シシーのことだからなにか考えがあってのことだろう思い、話を続けることにした。


「で、心当たりはあるのか?」


 アーシーが頬笑みを隠さず応え、シローも頬から飛び出た髭をヒョコヒョコと動かし、笑った。


「あるわよ。たくさんあるわよ。見てて飽きないくらいあるわよ」


「全く、もう少し場をわきまえることを覚えてほしいものだな」


 意見の一致に機嫌を良くしたアーシーが病み上がりであるシローの脇を持つと、抱き抱え、赤ん坊をあやすように背中を腕の中に預けさせた。


「あたしたちのいた呪操師組織は基本的にメンバーの顔合わせなんてないし、やってたことは王から預かったリストの人物を呪ってたぐらい。猫ちゃんの捕獲なんて異例よ」


「余の下に黒いユニコーンの紋章を掲げた者が訪れたのは、ずいぶんと懐かしいことだ。余の見解ではその王とやらは余の存在、もしくは利用価値にごく最近気付き、それでこの者たちをここまで向かわせたのだろう」


「存在自体じゃないかしら。伝達係から届いた手紙も、古聖獣の生き残りを発見した。みたいな内容だったし」


「ふむ……では単純に鑑賞用かなにかの目的か? もしそうであるならば、王とやらは万死に値するな」


「そうかしら? 一つの種族だけでこの大陸を滅ぼすことだってできる生物って王が言ってたし、ヤバい実験でもしようと思ってるんじゃないの?」


 妄想、空想が膨らんでいくなか、トレイルは話の主旨がずれていくのを止めようと、アーシーとシローの間に割って入った。


「そんなことよりも、呪操師の情報が欲しいんだが」


 自身の身を「そんなこと」呼ばわりされたシローはムッとし、握り拳を作るように前足に力を入れたが、それはアーシーの身体に爪を立てることとなり、結果、アーシーから後頭部を叩かれハメになった。


「ああ、それね。さっきも言ったんけど、あたしたち基本的にメンバー同士の集会なんてことはしないのよ、カッコよく呪操師集団なんて名乗ってるけど、組織名もないほどだし。だから、なにが言いたいかって言うと……ほとんど知らないのよ、他の呪操師の顔なんて」


「さっき知ってるって言ってなかったか!?」


 滑り転けたい気持ちを抑えつつ言い返すと、アーシーは軽い笑みを漏らしながら頭を下げた。


「ゴメンゴメン、ついノリで……」


「……」


 言葉も出なかった。

 このマイペース過ぎる呪操師はトラスよりもギタンよりも大人の雰囲気を持っているようで、実はここにいる誰よりも子供らしい面倒臭さも兼ね備えているようだ。


「だけどね、一人だけ知ってるわよ。トラスたちじゃない唯一の呪操師で、そして呪操師の中で一番最悪な性格をしてる男」


 腑抜けた笑みから一変して、青ざめているとすら思えるほどに暗い影がアーシーに掛かった。


「ミデルム、ずいぶん前に西部へ遠出した時、突然あたしたち家族に呪いを掛けようとしてきた狂った呪操師。まるで呪われた奴を研究しようとでもしてるみたいに冷徹にあたしたちを分析してくるの。だけどあたしたちが呪われてないって知るや否や、残念そうにため息を吐いて、姿を消した」


「ミデルム……」


 誰の耳にも入らぬよう、それでも繰り返さなければ気がすまない名前を呟くと、頭部から汗のような液体が留まることなく漏れ始め、視界が白濁色に濁った。


「アハッ……!」


 アーシーはトレイルの頭部を指差しながら笑いを噴き出した。何度も何度もテーブルを叩き、そのたびに天井を仰ぎながら品のない高笑いを浮かべる。

 トレイルはなぜアーシーが笑いを爆発させているかよりも、なぜ視界が白濁色に奪われたのかが不思議でならなかった。汗を掻いているにしてはあまりにも白濁色の液体に感触がなかったからだ。だが、いや……そうであったからこそ、ようやく視界を奪ったものの正体を知れた。


「シシー……お前な」


 ずぶ濡れの頭を横に捻り、掌から白水を垂れ流しているシシーを睨んでやろうとした。だが、頭をがっちりと掴んでいる腕にそれを封じられた。


「頭痛がするんでしょ?」


 えらく上機嫌な問いがトレイルの耳に入り、悩み抜いた末に深く頷いた。


「……まあな」


「じゃ、治してあげる」


 トレイルの全身――特に顔面に掛かる白水の量が増し、視界が更に歪む中、トレイルは無駄に冷静さを取り戻し、アーシーとの話を続けた。


「次の質問だが、お前の言う『王』ってのは誰のことだ?」


 状況の怪奇さと質問の真面目さのギャップに頬の膨らみを抑えきれないアーシーは諦めるかのように笑いの我慢を解き放ち、ひとしきり笑い終えた後でトレイルの問いに答えた。


「なんて言えばいいのかしらね……要は呪操師組織のリーダーだけど、あいつはやたら他人に自分を王って呼ばせたがるのよ。そこらへんもあいつが嫌いな要因かしら。偉そうなのよ、あいつ」


 それほどまでにアーシーは『王』が嫌いらしい。嫌悪を表す様に舌を突き出し、拒否するように何度も上下に振るう。


「一応確認するが、お前の言う王ってのは首都アルン・バルンの国王、アクセン・バルン国王のことじゃないよな?」


「もちろん、一度だけお顔を拝見したけど、あの人の方が何倍も凛々しくて、大らかな性格よ」


「へー……」


 興味の欠片もない返事をトレイルが言うと、問答無用の拳骨が白水で滴った後頭部に直撃した。


「アーシーよ、お主はなんとも末恐ろしい娘だの……」


 感慨深い頷きをシローが行い、当てつけるようにトレイルが反論した。


「そっちだって『人食いケット・シー』の異名を垂れ下げてる癖によ……」


「なにを――」


 シローが古聖獣にのみ許された超人的な身体能力を発揮しかけると、いくつものティーカップをたずさえたルナが民話を口遊くちずさみながらやってきた。


「ケット・シーは内臓を食べ尽くす…ケット・シーは内臓を食べ尽くす…それがやんなら媚びへつらえな…」

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