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第69話 動かぬ番人

「難しいですね……」


 カティに教えたように、ガナスにも自分の呪いについての詳細を簡略に説明したアルゴルンは、この捕縛作戦がどれ程困難であるか、再度知ることとなった。

 本来なら呪い持ちであるアルゴルンが小屋の中に乱入し、バッサバッサと呪躁師を薙ぎ払う予定だったが、捕縛になるのであれば、微かな力加減などが要求される。それならば、むしろ殺傷武器を持ち合わせていないガナスの方が適任にする思えてくる。

 だが、呪いなどに掛かっていない者を呪躁師の巣窟に放り投げるのは愚かであり、なによりアルゴルン自身が許さなかった。


「近付けるが近づきたくない者に、近付くのは危険だが近付ける者か……複雑だな」


 困った表情のまま、風穴を注意深く観測するアルゴルン。

 かなりの箇所が見えるほど風穴の数は多いが、人影はどこにもない。

 本当にあそこに呪躁師がいるのか疑問になり、疑うように案内役の猫を見つめるが、あいにく猫は手頃な流木の上で毛繕けづくろいを行っていた。


「最悪、単身で切り込みにでるしかないな。個人的な意見だが呪躁師のような魔法に頼っている奴が肉弾戦に自身があるとは到底思えない。トラス同様、顔面に重たい一撃でも数発喰らわせれば、すぐに気絶するだろう」


 淡々と考えの浅い説明を行っている間に、アルゴルンは今までの礼を果たすように流木の上でくつろいでいる猫を撫でていた。

 両耳の間を優しく擦り、そのまますくい上げるにあごに触れる。


「存外、そのような単純な策の方はいいのかもしれませんね……」


 心に引っ掛かりがありながらも、他に良い案が思いつかないガナスは慎重に頷いた。


「それじゃ――」


 始めの合図を送ろうと猫から手を放そうとすると、指を尖ったなにかで挟まれるような感触に襲われた。

 ふと痛みの先に目をやると、案内役の猫がなにか言いたげな顔でアルゴルンの指を噛んでいた。


「なんだ猫、餌なら持ってないぞ?」


「いえ、これはもっと遊んでほしいと言っているんです」


 まるで猫がなにを考えているか知っているように教えてくれるガナス。これから重要な作戦を行おうとするアルゴルンは当然その誘いを断ろうとした。


「後にしろ。俺はこれから――」


 だが、言葉は途中で途切れた。

 猫相手に会話を繰り広げようとしている自分が馬鹿らしくなったわけではなく、とても良い作戦を閃いたからだ。


「いや……いいぞ」


 古聖獣の子とは言え、人語を操ることができない猫は依然としてアルゴルンの指先に明一杯の力を込めるだけだが、ガナスの方は違った。


「いいのですか? ここで遊ぶのは危険ですし、なによりそんな暇は……」


 アルゴルンの行動に困ると言うよりも心配するような目で見るガナスだが、アルゴルンは不敵に微笑んだ。


「わかってる。タダじゃなく、こいつと遊ぶことこそが作戦の要だ」


 回転させる勢いで首を捻るガナスに、アルゴルンは説明を付け加える。


「つまりこうだ、遊びたがってるこいつに小屋の偵察を任せるんだ。たとえあのボロ小屋で呪躁師が息を潜めていたとしても、猫が突然侵入してくれば隙の一つでも作るだろう。どこに何人潜んでいうるか分かれば、俺も安心して呪躁師を襲える」


「どうやってですか? ここにいるのがシローであったら事は簡単ですが、この子じゃ口であの小屋に言ってね。なんて指示できませんよ」


 的確なガナスの反論にも、アルゴルンはニヤけながら答える。


「簡単だ。小屋に玩具オモチャを投げればそれに飛びついて行く」


「猫と犬を一緒にしてません……?」


「大丈夫だ。こいつなら喜んで飛び付くだろう」


 そもそも、村で崇めるように大事にしている猫を敵陣の中心に送ること自体賛成しかねていたガナスだったが、家族と同じほどに大事であるシローのためだと言い聞かせ、否定まではしなかった。


「ですが、その玩具はなににするつもりですか? さすがにそこらの小枝なんかじゃ……」


「矢だ。毒がたっぷりと塗られた矢」


「一心不乱に追いかけまわしたいと思えるほど、その毒矢に魅力を感じませんよ……」


 疑心の籠った瞳にも、アルゴルンは動じることなく返した。


「こいつにはそうでもない。なにしろ古聖獣である父からうけたまわった重要な仕事だ、唯一の手掛かりである毒矢はこいつにとってかなり大事なわけで、それを無くすなんてこいつからすれば父の信頼を著しく低下させることと同じだ」


「ですが、現にこの子は毒矢を加えていません。それでは小屋に投擲することすらできませんよ?」


 指を差す先には案内役で毛並みの荒い猫がゆったりと毛繕いを行っていた。

 それを横目で見たアルゴルンはおもむろに中腰になり、沼の中に腕を押しいれた。腕をまくろうともせずに。


「毒矢ってのは、これのことか?」


 引き上げる手の中には、泥の塊のみが顔を出していたが、徐々に泥の鎧が剥がれていき、目に焼き付けた矢がその姿を現す。


「こいつは毒矢を無くしたわけじゃない、ただ毛繕いするのに邪魔だったから流木の上にでも置いていたんだ。それがふいに落ちただけだ」


「そうでしたか……」


 アルゴルンの推理に、ガナスは感嘆し、ただただ呟くことしかできなかった。


「それじゃ、作戦を実行するぞ。ガナスさんは俺の合図があるまでここを動かないでくれ」


「わかりました」


毒矢を三本指の投げやすい持ち方に変え、アルゴルンは身体を限界まで後ろに捻った。毒矢を手にした腕が沼地に張った水に触れるか否かの寸前でバネを解き放つように投げた。

 毒矢はぐんぐん飛距離を伸ばしていき、軽々とボロ小屋を超えてしまいそうな速さで風穴の中に吸い込まれていく。

 カッ。と突き刺さる音を合図にまず案内役の猫が飛び出し、金銀財宝を目の前にしたトレジャーハンターのごとくボロ小屋の中に入った。

 次にアルゴルンが水を立てない忍ぶような足取りで小屋に近づいてき、神経を集中させた。

 毒矢が入り、続けて見知らぬ猫が入ってきたのだ、いくら気配を消すことに長けた者であろうと一瞬の動揺ぐらいは生じるはずだ。

 そう思い足を進めるが、気配の漏れは一切ない。自然と一体になり気配を消しているのか、はたまたボロ小屋の中には最初から誰もいないかのように。

 後者の考えが脳裏をよぎった時から不安が拭いきれるほど膨らみ、アルゴルンはできるだけ気配を消しながらも、急いでボロ小屋を目指した。

 そしてボロ小屋を目の前にした時、カチリ。と額が鳴った。

 カウントが進んだ。それはこのボロ小屋に人間がいることを確かに教えてくれている。一切の緊張を途切れさせることなくボロ小屋の裏手に回ったアルゴルンは壁の風穴から見えた光景に着目した。

 足が四つ付いたベットの上――水が染み込むギリギリのベットの上で誰かが横たわっている。背中を見せるように横たわっているが、その身に纏ったマントの背に描かれた紋章を見逃すことはなかった。忘れることもできない恨みのしるし

 微かに見えたユニコーンの紋章が、アルゴルンの中に潜んだ復讐心を奮い起し、剣を片手に喉元を掻っ切れと囁きだす。

 だが、アルゴルンは抗った。

 自分の中に眠っていた復讐心に激しく睨みを掛けた。それではなにも変わらない。と自分に言い聞かせるよう言い放ち、やさしく剣を撫でた。

 そのまま剣を引き抜き、冷静にボロ小屋の中へと侵入した。

 案の定、ボロ小屋の名に恥じぬ欠陥具合。屋根は遠目から見るよりも遥かにその役目を果たしていなかった。太陽の加護を惜しみなく与えられる作りであると同時に、吹き荒れる雨風を防ぐこともできないであろう。

 それよりもアルゴルンの頭を捻ったのは、ボロ小屋の中にいる者の人数。

 たったの一人。

 囮と思しきベットで横になっている者以外、このボロ小屋には誰も潜んでいない。

 相当腕に自信がある者なのかと慎重に剣を突き立てるが、動きはない。完全な眠りについているのかと疑問を過らせた次の瞬間。背を向け、横になっていた呪躁師がこちらを向いた。

 ハッとなり剣を振りかざすが、よくよく見るとこの呪躁師、すうすうと寝息を立てている。

 寝返り? それともこちらの気を逸らすための手段なのだろうか?

 見当付かずに、剣で呪躁師の身体を突いてみると、くすぐったそうな顔で寝言を言った。


「……やめろよぉ……」


 寝ている……完全に寝入っている。

 警戒し過ぎた自分に恥ずかしくなり、誤魔化すようにボロ小屋の外で待機しているガナスを呼んだ。


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