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第63話 狙う理由

 シローと言う猫が重度の傷を負った事は、カティン村にとって大事件だった。

 古聖獣であるからではなく、単純に深い愛情を捧げていた者が傷ついたからだ。

 幸いにも騒ぎが村中に広まる前に、トレイルやいつの間にか駆けつけていたマナ夫妻の迅速な処置によって、重度のシローと、呪躁師であるトラスはカティの家へと運ばれた。


「シローちゃん……大丈夫ですよね?」


「……はい、あたしがなんとかしてみせます」


 股を貫かれたシローは、傷口に包帯などを巻くような処置はされずに、おけにその全身を入れ、シシーの生みだした白水に浸かっていた。

 白水に掛かればどれほど重度の傷であろうと、翌日には完全に完治されている。

 そのことを一番に理解していたトレイルは呆けていたシシーに的確な指示を出し、シローの治療を行わせていた。

 傷口から溢れ出る血液は白水に混じり合い、微かに赤みを増すが、少しの間に他の白水と混合を繰り返し、すぐに白色へと戻っていく。


「大丈夫だからね、シロー」


 桶の中の水に触れながら、シシーが暗示するように声を掛けると、ルナがその言葉を肯定するかのようにシローの腕を握った。

 意識を失っていたシローだったが、白水に浸かってから呼吸がだいぶ安定してきている。もうすぐ目を覚ましてくれるだろうと深く祈るルナ。

 だがその周りには仲の良い娘や主人の姿はなかった。




 シローの治療を行っている部屋の更に奥、そこにトラスを監禁している部屋がある。

 倉庫のような場所で、辺りには埃を被った荷物ばかりあり、窓らしき窓は一つもない。

 そんな部屋に縄で縛られたトラスに、それを見張っているトレイルとガナスの三名がいた。


「トレイルさん、本当に彼が矢を放ち、シローを傷つけたのですか?」


 ガナスはいまだに信じられないような表情で聞いてくる。


「ああ。実際は俺を狙い、放った矢をシローが庇ってくれた。結果としてシローが傷ついたんだけどな」


「どうして彼が……」


 掌で顔を包み隠すように覆うガナス。

 その動作は、信じていたものに裏切られた者の悲しみを現す動きだった。


「ウゥ……」


 覆った掌に語りかけるように、気を失っていたトラスの口から唸り声が漏れる。


「トラス君?」


 唸り声を聞いたガナスはすぐに覆っていた掌をどけ、トラスの顔を見た。

 真っ赤に腫れあがったトラスの顔は、一見しただけでは誰かわからないほどに変貌していた。


「……解呪師」


 縄に縛れているトラスは辺りを見回し、トレイルを見つけると、目の色を変え始めた。


「………………」


 ブツブツと小声でなにかを呟き始めたトラスに、トレイルは一切の躊躇もなしに解呪師の証である杖を口に押し当てた。


「そうはいかないな。呪躁師」


 解呪師と呪躁師。まるで犬猿の仲であるような二人は長い間睨み合い、やがてトレイルの口が開いた。


「ガナスさん、悪いが部屋を開けてくれないか? こいつには色々と聞かなきゃいけないことがあるんだ」


「彼をどうする気ですか?」


「質問するんですよ」


 短く簡潔に答えると、ガナスは諦めた様子で頷いた。


「……わかりました。私はシローの安否を確認してきます」


 部屋に通じる唯一の扉が音を立てて閉まると、トレイルは口を封じていた杖を放した。


「さて、とりあえずお前の名前はなんだ?」


「……クック、どうやらお前の耳はお飾りらしいな。さっきガナスが俺の名前を――」


 質問に関係のない答えが返ってきたことにトレイルは、叩くような強さでトラスの口に杖を押し当てた。


「どうでもいい、俺が聞いてるのはお前の名前だ」


 杖を放し、もう一度聞いた。


「クソ……トラスだ」


「職業は?」


「ふざけて――いや……呪躁師だ」


 わかりきった問いかけに、怒鳴ろうとしたトラスだったが、鋭く杖を押し当ててくるのが容易に想像できたため、従うように答えた。


「それじゃあ……なんで古聖獣であるシローを傷つけた?」


 静かに、自然にトレイルはわかりきった質問を繰り返した。

 しかし、今の質問には一つだけわかりきったものに隠れるものが存在していた。


「クック、本気でそう思っているのか?」


 案の定、トラスが隠れたものに気付く様子はなく、わかりきった質問ばかりするトレイルのことを完全に見縊みくびっていた。


「なんだと?」


 眉をひそめながら聞き返すトレイルだが、内心ではニヤリと笑みをこぼしていた。


「俺たちが古聖獣を殺そうとするわけがない。本当の狙いはお前だよ解呪師」


「だろうな」


 気味の悪い笑みを浮かべていたトラスだったが、トレイルの一言によってそれもピタリと止まった。


「お前が俺を狙っていたことなんてわかりきってる。俺が真に知りたかったのはお前が古聖獣を知っているかどうかだ。お前はシローが絶滅したはずの古聖獣であると聞き、一切の疑問を抱かなかった。それはシローが古聖獣であることをお前が知っているってことだ。違うか?」


 トラスの表情から笑みが消えた。

 それに代わるかのように、トレイルは口元を大きく吊り上げて二ヤける。


「図星みたいだな。では次の質問に移る、お前は『俺たちが古聖獣を殺そうとするわけがない』と口にしたが、それはどうしてだ? 絶滅危惧種には呪躁師も優しくなるってことじゃないよな。それに『俺たち』ってのは、仲間がどこかで待機でもしているって意味か?」


「………………」


 口籠るように言葉を吐き出さないトラスに、トレイルは杖をぶつけた。

 ただでさえ原型が留め切れていないトラスの顔に新たな跡ができ、真っ赤に腫れあがっていた顔がさらに赤みを増した。


「俺を呪おうとするのは止めといた方がいいぞ、呪いのことならそこらの呪躁師よりも詳しいからな」


 呪いと言えど、その根源は魔法にある。つまり魔法であれ、呪いであれ、それを発動するためには詠唱が必要となる。

 呪いは一定の距離にいる者にしか効果がないため、掛ける相手に気付かぬよう口を開かなくとも詠唱ができるように改良がほどこされている。

 トレイルはまだ幼さが残っていた頃にそれらの知識をあらかた学んでいた為、トラスがなにをしようかなど手に取るように読めていた。


「それじゃあ、聞かせてもらうぞ。古聖獣のこと、お前の仲間のこと、色々全部な」


 杖を放し、様々な物が入った衣服の内ポケットを探るトレイル。

 中から取り出したある物を目にしたトラスは、全身の血が凍るほどの悪寒を抱いた。

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