第47話 決意を思い出し
月明かりがよく照らされる小屋の外に、二人の男がそれぞれの切り株に腰を掛けていた。
晩飯を終え、誰とも会話を交わさなかったアルゴルンは一人小屋の外に足を進め、それをトレイルが追いかける形で今に至ったのだ。
今頃、小屋の者たちは寝床を確保するためにガラクタの整理でもしているのだろう。
「シチューうまかったな」
「……そうだな」
「煮込み料理は一晩寝かした方がうまくなるって聞いたけど、半日でも充分いけるもんだな」
「………………ああ」
いくらトレイルが話題を振ろうとも、それに一言返事しか返さないアルゴルン。話をまともに聞いているのかすら怪しいほどに空を眺めている。
「……なにがあったアルゴルン?」
「……」
痺れを切らしたトレイルは、もっとも単純な方法で質問を行った。
「お前がおしゃべりじゃないことは半年間、一緒だっからよく知ってる。だが、今のお前は初めて会った時みたいだ。一人じゃ辛い問題を抱えてるくせに孤独に身を委ねてる。悩みがあるなら相談すればいいだろ、仲間によ」
「……そうだな」
一つ返事の後に、アルゴルンは視線を夜空からトレイルに変えた。
「もう一度聞く、ゼゼゼアとの散歩でお前の身になにがあった? ゼゼゼアの話を聞く限り、お前とゼゼゼアはオークの群れと対峙したんだよな?」
「ああ、そこで俺はオークの群れを相手に剣の修業をした」
「それだけじゃないんだよな?」
修行と言う言葉に驚きながらも、トレイルはそれをあえて口にしなかった。聞くべき悩みと、そうでない悩みの区別なら、トレイルにも出来るからだ。
アルゴルンは震える両腕を直視しながら頷いた。
「そうだ……俺が倒していった何十ものオークの中にそれが紛れていた、呪われオークの姿にされた人間が! 俺はそれに気付きながらも、大層な言い訳を掲げてそいつを殺したんだ! この両手で……」
震える両手で自分の顔面を掻き毟るアルゴルン。トレイルが何か正当化できる理由を考える間にも、アルゴルンは懺悔のにも近い叫びを上げ続けた。
「それだけじゃない。そいつらがただの善人だとすれば、俺は正直に悔いていただろう。だが、俺が殺した奴は俺を呪ったクソったれな呪躁師と同じ紋章があった。トレイル、俺は悔いなければならないのか? それとも喜んでいいのか? どっちなんだ!?」
トレイルは悩んだ。悩んで悩んで、悩んだ末に答えなど出なかった。
「わからない。それが俺の精一杯だ。ただ、仮に俺の目の前に呪われた奴がいたとしたら、俺はそいつを見捨てないとは限らない。場合によっては門前払いするだろう。なぜだと思う?」
質問に質問で返すトレイル。アルゴルンはそれに気付きながらも、ただ考えた。見捨てる理由を……。
「そいつがとてつもない悪人だから?」
「ハズレ。場合によっては世界を救った英雄だって俺は見捨てる」
「ならわからないな、そもそもこの質問になんの意味がある?」
「意味ならある。俺が悪人であれ、英雄であれ、他人を見捨てるのは仲間の命に関わる時だ」
アルゴルンの心臓が軋んだ。ギシギシと擦れる音と共になぜ自分がオークの群れと対峙したのかを思い出した。
「もしもお前らの呪いが危うい所まで来たとしたら、俺は絶対に他人を見捨てる。他人を見捨ててでも一番大切な友だけを助けようとする。お前はどうだ? 根本から聞くが、お前が修行をしようと思った理由はなんだ?」
守りたかったからだ……。自分の身以上に守りたいものがあったから修行をし、力を手に入れた。
それに気付く頃には、トレイルは横目で小屋を見ていた。それにつられ、アルゴルンも小屋の方に目をやると、そこには顔を半面だけ覗かせたシシーがいた。
「スィスィルか?」
本人とわかっていながらも、疑問を浮かべるように声を掛けると、半面は慌てた表情を見せながら小屋の中に引っ込んだ。
「シシー。出て来いよ」
トレイルが威圧するように小屋に声を掛けると、中から気まずそうな表情をしているシシーが姿を見せた。
「ちょっと夜風に当たろうかな……って思ったんだけど、お取り込み中だったかしら?」
「大体聞いてただろ、お前」
「べ、別に悪気があって盗み聞きしたわけじゃないのよ……たまたま……」
言い訳を並べながらも、少しずつトレイルが腰かけている切り株の前まで行く。
「だけど二度目だよな? コルンタの時と今で」
「うぅ……」
細めた目で鋭くシシーを睨むと、シシーは身を縮ませながら頭を下げた。
「ご……ごめんなさい」
謝罪の言葉を聞いた瞬間、トレイルは口に含んだ空気を噴き出すように一笑した。
「実は怒ってないけどな」
えくぼを作りながら本当のことを述べるトレイルに、頬を抓りたい衝動が湧き上がったシシーだが、なんとか抑えながら目の前の切り株に腰を掛けた。
その切り株はトレイルが座っている切り株と同じもの。二人の話に混ざるにはトレイルが座っている切り株か、アルゴルンが座っている切り株に腰を掛けるのが一番だと思い、シシーはトレイルの横を選んだ。
アルゴルンの隣に座ることはあまりにも非道だったから。
「アルゴルン、たしかに人を危めることを正しいとは言えない、だけど……」
「スィスィル、それならもう納得した」
「え……?」
悩みを聞いてあげるお姉さんの気分にでも浸っていたシシーの心は、一気に冷めてしまった。
「『人を殺す』と言う問題に決別が付いたわけじゃない、だが一つだけ、心に決めていたことを思い出せた。それがあれば最低限、役には立つさ」
身体を倒し、小さめであるが切り株のベットに丸くなるアルゴルン。
それを見たシシーは、一人孤独に呟いた。
「あたしはなんの為にここへ……」
「気を落とすなってシシー。そうだアルゴルン、一ついいか?」
「なんだ?」
「お前の呪いを解呪した後で、お前は呪躁師に復讐するつもりか?」
なにげない口ぶりで質問したが、内心トレイルは緊張気味だった。答えによっては大切な友の命が危ぶまれかねないからだ。
幸いにもアルゴルンは丸まったまま、ついでにシシーも俯いたまま耳だけを傾けていたため、勘づかれることはなかった。
「そうだな……その時になってみないとわからない。どんな感情も、時間が経てば薄れてしまうからな」
ホッと胸を撫で下ろすトレイル。
「それじゃ、シシーはどう思ってる? この質問に答えればここにいる理由は充分できるぞ」
「癇に障る言い方ね……」
不満そうに呟きながらも、指先を眉間に押し当てるシシー。どうやらかなり考えているようだ。
「正直に言うけど、あたしはなにも思ってないわ。あたしの呪いがその呪躁師さんの仕業なのか、自然的な呪いによるものなのかどうかも曖昧だし、なにより村にいた時より今の方が何倍も充実してるから」
頬笑みを浮かべながら伝えると、トレイルも続くように笑った。
「俺もだ」
丸まった身体から見る二人の男女は、肩を並べるように笑い合っていた。
アルゴルンもそれに便乗し、心の底から笑いたかったが、そうはしなかった。彼は今でも故郷の土を踏みたいと心から願っているからだ。
無言を貫いたままのアルゴルンにトレイルは声をかけた。
「アルゴルン、実はもう一つ聞きたいことがあったんだが……」
「これで最後だぞ。俺はもう眠い」
友と笑い合いたい気持ちを悟られないため、わざと不機嫌そうな調子で聞くと、トレイルはしょうもない質問を投げてきた。
「小屋で寝ないのか?」
ため息に似せた欠伸を鳴らすと、アルゴルンは小屋を指差した。
「あんなオンボロ小屋で五人も寝れると思っているのか? 食事の時も額のカウントが減らないか気を使っていたのに、五人が一度に寝たりしたら確実に半径一メートルを超える」
「なるほど……」と掌を叩くと、トレイルはおもむろに身体を倒した。
「なら俺も外で寝るか」
身体を思い切り伸ばすと膝から下、それに首から上が切り株からはみ出してしまった。慌てて状態を起こすと、目の前にシシーがいるのだからさらに驚く。
「シシー、お前は小屋で寝とけ。外は寒いし、危険も多い」
軽く注意するも、シシーは頑なに切り株から離れようとしない。
「あんな中年オヤジ二人と同じ屋根の下で寝ろって言うの?」
「そうだけど?」
「イヤ」
トレイルを切り株の上から突き落とすと、シシーはその場で丸くなった。
「お……お前な」
地面に衝突した背中を擦るように起き上がると、切り株はすでに占領されていた。
「お休み」
一言だけ告げると、シシーは瞼を閉じた。
アルゴルンも同様に眠りにつく準備を終わらせており、トレイルは見事なまでに寝床を失った。
「はぁ……」
ため息を漏らすと、トレイルは小屋に向かった。
扉の開閉を耳で確認したシシーはクスリと笑みを浮かべながらアルゴルンに話しかけた。
「トレイル……怒ってるかな?」
「あいつに限って、それはないだろ」
してやったと、イタズラ心を浮かべるシシー。アルゴルンもそれにつられるように口元を緩めていると、先ほどしまったばかりの扉が古びた音を軋ませながら開いた。
とっさに口元を両手で塞ぐシシー。だが小屋から背を向けるように丸くなっていたため、トレイルに気付かれることはなかった。
「夜風は寒いだろ? いいもん持ってきてやったぞ」
ひたすらに目を瞑っていたシシーにはトレイルがなにを持ってきたのかわからなかったが、アルゴルンは素直にそれを受け取った。
「気が利くな」
シシーにもそれを差し出すトレイルだが、反応がなかったため別の手段をとった。
「シシーはもう寝たのか? まあいい」
トレイルは手に持ったそれを広げると、シシーを起こさないように優しく被せた。
「お休み、シシー」
聞こえないかもしれない微かな声で呟くと、トレイルも地べたに寝転がった。
少し間をおいた後でシシーはさりげなく瞼を開き、自分に覆い被さった物を確認した。ザラザラとした感触をしたなにかが薄く伸びている。
布だ、しかも質の悪い布。だが、質の悪い布でも包まれば多少の寒さは防げる。
シシーは透かさず質の悪い布の中に包まると、目を細めながらトレイルを見た。
布を被り、解呪師の証でもある杖を大事そうに抱きながら横になっている。
質の悪い布に、木彫りで出来た杖を抱きしめるトレイルの姿は、貧相な孤児にすら思えたが、なぜかとても似合って見えた。




