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第12話 故郷の苦痛

 コルンタまでの三人の足取りはトレイルの予想よりも遥かに軽いものだった。

 反対姿勢だったアルゴルンも、トレイルの目から見ても意地を張っているとしか思えなかったシシーもコルンタに到着するまで一度も音を上げず、雑談混じりの理想的な旅路が続いていた。

 ウェアウルフの死体はと言うと、完結に、一言で表すのならば『置き去り』にしてきた。正確にはシシーの呪いを解呪するのに使う材料、つまり尻尾だけを切り取り、紙袋の中に入れてある。なにぶん死体とは腐ることしか能がない。そのせいで日保ちしない食糧は持ち運ぶことができずにあの場に置いてきたのだ。

 予定より早くコルンタに到着したの三人だが、シシーは村を見るなり人が変わったように一言も喋らなくなった。

 一番の原因は恐らく、村の中でも更に小さい方に部類されるであろうコルンタの、その中心部にそびえ立っている十字型に結ばれた、二本の丸太のせいだろう。

丸太は焼け焦げ、炭にでもなっているかのように全体が黒く変色していた。

その十字型の丸太を除けばコルンタは、小さな田舎の風景とほとんど一致しており、家の造りも木製で、粗朴を通り越してつまらないとさえ思える。


「シシー、あれが、その…火炙りで使う道具なのか?」


 声は一言も出さずに、小さく頷くだけのシシー。

 村人が少ないので接触する可能性は低いと言う理由で村の中に入ることができたアルゴルンは、二人から離れた位置で傍観ぼうかんしていたが、正直見るに堪えない光景だった。

 シシーのぎこちない歩み方、恐怖に脅えながらも前へ進む姿はこんな場所になど居たくはないと語りかけているようだ。

 それでもアルゴルンは、シシーの意地と、トレイルの優しすぎる心を信じていた。


「とりあえず、呪いの元を探すとするか。シシーの呪いが呪躁師の仕業か、怨念の仕業かをはっきりさせるために」


 トレイルは杖を持ったままの右手を大きく空に掲げると、小さな声で雄叫びを上げる。

 そんなトレイルに、クスリと笑みをこぼしたシシーは遠くにいた老人に発見されることとなった。


「おや?シシーちゃんじゃないか、今までどこへ行っておったんじゃ?村の者が皆心配しておったぞ。早く家へお帰りなされ。親御さんがシシーちゃんの帰りを待っておるぞ」


 シシーは困惑していた。自分が呪われたからすでに三日は経っているというのに村の老人は火炙りのことなど一切口にしない。

 それどころか、自分の安否さえも気に掛けてくれている。両親にしか伝えていなかったあの事実は、村人の誰にも広まってはいないだろうか?


「なにが『あの村は、もうあたしのことを村の一員と見ていない』だよ。誰もお前を敵視なんてしてないじゃないか、安楽椅子に座ってる爺さんも、クワを片手にせっせと働いてるおっさんも、皆お前をどんな目で見てる?俺の目には『少し意地っぱりな女の子』、て映ってるぞ」


 安楽椅子に腰を掛けている老人も、クワで畑を耕している大人も、シシーを見るなり手を振り、挨拶してくれる。そんな光景を見るたびに、あの時両親から言われたあの言葉が、もしかすると聞き間違えだったのではないか?と、一物の期待が胸を膨らませる。


「ええ。トレイルの言う通りかもしれないわね」


 小さく微笑むと、シシーはトレイル達を手招きしながら村の中を歩き、十字型に結ばれた丸太を通り過ぎていく。


「おい、どこに行く気だ?」


「あたしの家に決まってるでしょ。ほら、あんた達も早くきて」


 トレイルが目にした振り向き様のシシーの表情はあどけなく、安堵に満ちたような笑顔だった。だが、アルゴルンの目に映ったのはそうではない、シシーの隣にたたずんだ十字型の丸太が笑顔の彼女と合わさり、見たくもない光景が頭の中で浮かび上がる。

 そんな二人は、足早に実家を目指すシシーの後を急いで追う。そんな中でもアルゴルンはトレイルの後方で抜け目なく周囲の人間に警戒していた。

 十字型の丸太を過ぎ、二人がシシーに追いつくと、トレイルは村にしては大きめの墓地があることに気づき、シシーに質問していた。


「あの墓…やたら多いな、ちゃんと火葬してるのか?」


 墓の数は百近くあり、その全てに苔やら蔓やらが付いており、大分昔に作られているのだと推測ができる。


「火葬?あの墓地の人は皆、土の中で眠っているの。つまり土葬よ」


 トレイルはシシーの一言に身を硬直させ、聞き返す。


「土葬だと!?」


 急に動きを止めたトレイルに、後ろを歩いていたアルゴルンは慌てて後ろに跳ねる。


「トレイル、止まるなら止まると言え、危うくカウントが減るところだったぞ」


「じゃあ、止まる」


 遅すぎる宣言に腹を立てるアルゴルンだが、トレイルはそれを無視し、シシーにもう一度聞く。


「シシー、本当に土葬なのか?もしそうなら、あの墓地に眠っている人物は…」


 しかし、アルゴルンとの意味もない遣り取りをしている間にシシーとまた、距離が離れてしまっていた。トレイルは辺りを見回すと、他の家と大差ない素朴な木造の一軒家の前でこちらに手を振っているシシーの姿が見えた。


「質問は後にして、今はスィスィルの元に急ぐぞ」


 今度はアルゴルンが先を行き、シシーの元に翔けていった。しかしトレイルはその場を動かず、墓地が秘めている可能性を模索し続けていた。


「おーい、トレイル、早く来い」


 考え込んでいたトレイルにアルゴルンは大声を張ると、さすがにそれが耳に届き、考えを中断させ、二人の元へ足を急がせた。


「それじゃあ、あたしの家を紹介するわね」


 シシーは扉の前で足を止めると、二度ほど深呼吸を繰り返し、扉を叩く。

 コンコンコン。

 三回叩いてからは、ひたすらに扉の向こうから誰かが顔を出すのを待つことになった。

 シシーは自分が完全に村から化物扱いされていない、などと言う甘い考えは持っていなかった。もしそうであるならば、自分の家に対して、『扉を叩き、家の中から誰かが出てくるのを待つ』など、そんな行為はとらないはずだ。

 待っている時間は予想以上に長かった。いや、ただトレイル達が長いと錯覚していただけかもしれないが、どちらにせよ、この場に重い沈黙の時間が流れていたのは紛れもない事実だ。

 家の主が顔を出すまで、雑談をしているわけにもいかず、トレイルが考え込んでいた墓地の謎もシシーからの情報が不足しているため、決めつけることはできなかった。


「誰だ?こんな時間に…」


 扉が小さな隙間だけを作るように開くと、家の中から四十代前半ほどの頑固そうな男が顔を出してきた。男は恐らくシシーの父親だろう。外見に似ている点はあまりないが、シシーの実家にいるのだから父親でなくては困る。

 太陽が真上を向いている時間帯でありながら訪問者に対して文句をこぼしていた男はシシーの顔を見るなり、血相を変えてシシーを罵倒しだす。


「なぜ村に帰ってきたんだシシー!ここはもう貴様の住むところではない、村から出て行かんか、この怪物め!」


 父親であろう男はシシーに次々と罵倒を投げかける。シシーが一体どんな思い出で罵倒から耐えていたのかは後ろ姿しか見えなかったトレイルでは見当も付かなかった。

 罵声を浴びせれている間、シシーは一言も声を出さずに震えていた。罵倒には、耐えていたと言うより足がすくんで動くことができなかったの方が的確だろう。

 一頻り、罵詈雑言ばりぞうごんを言い放っていた男は最後に吐き捨てるようにシシーに言う。


「この村はもう、貴様を村の一員として見ていない。そう言ったはずだ、貴様はどこか遠くに行き、そこで野垂れ死ぬ運命なのだ」


 扉が摩擦による古めかしい音を立てながら閉まろうとするが、シシーは俯くことすらせずにジッと男の姿を見つめていた。

 トレイルは山のように積み上がった文句をぶつける勢いで扉の隙間に杖を差し込み、扉が完全に閉まるのを防いだ。


「誰だ、こんな無礼なことをする愚か者は?」


 男の言い方は、トレイルの存在に気づいていなかったように聞こえる。だが、よく考えてみれば扉はほんの少ししか開かれておらず、男はシシーだけに注目していたのだから、トレイルに気づいていなかったとしても不思議ではない。

 男が扉の向こうから身を乗り出し、トレイルの姿を目を細めながら睨むと、急に態度が一変し、腰を曲げだす。


「あ、あなたはもしや、解呪師様ですか?」


「…そうだが?」


 男の、高貴な職についている者への腰を曲げ、敬語を使うと言う姿勢にトレイルは嫌悪感を覚え、そっけない返事で返す。


「それは大変無礼なことをしでかしてしまいました。まことに申し訳ございません。解呪師様には似付かない村かもしれませんが、どうぞお入りください」


 先ほどまではトレイルに対して無礼と言っていた男も今は、自分自身が無礼だった反省し、なぜかトレイルを家の中へと案内しだす。

 それに続くように家の中に入るシシーは、男に睨まれるのを直視しないように努力し、オマケで入ってきたアルゴルンは不審者を警戒する目で見られていた。

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