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舞踏会に現れたエクトール・ヘッセン侯爵子息は注目の的だった。金色の髪に翡翠の瞳。すらりとした長身。顔は神々しいまでに整っている。
彼はヘッセン侯爵家の長男であり、20代前半の若さでありながら、既に宰相である父の補佐をしている。
ひょっとすると最年少宰相になるとさえ噂されているのだ。
令嬢たちは皆彼に熱い視線を送る。
しかしエクトールは周りの令嬢には目もくれず歩いていった。立ち止まったのは、ベージュ色の、比較的地味なドレスを着た令嬢の前だった。
「こんばんは、コルネリア伯爵令嬢。僕と一曲踊って頂けませんか」
エクトールは頭を下げる。
羨望と嫉妬の眼差しがコルネリアに集中する中、彼女はカーテシーを返した。
「エクトール様、お誘いありがとうございます。けれどごめんなさい。今は少し体調が優れなくて……」
「それは良くない。夜風の当たる場所へ行きましょう」
エクトールはコルネリアの手を引きバルコニーへと移動した。
「コルネリア嬢ったらエクトール様に気に入られているのね」「良い身分だわ」「私なら絶対に断らないのに」などの言葉が漏れ聞こえてくる。
夜風は涼しく、優しく頬を撫でる。
「どうですか、気分は」
「ありがとうございます。少し良くなりましたわ」
コルネリアは夜空を見上げながら言った後、エクトールに向き直った。真面目な顔だった。
「あの、エクトール様。どうしていつも私を誘ってくださるのですか? 私なんかじゃ、その、不釣り合いだと思うのですが……」
実際、コルネリアの実家は伯爵家だ。侯爵であり、尚且つ父親が現役宰相のエクトールとは、全く家格が釣り合っていないように思えた。
エクトールは首を傾げ、優しい微笑みをコルネリアに向けた。
「あなたは自分を過小評価し過ぎです。見て下さい」
そう言って会場の参加者たちを指す。
「この選りすぐりの花たちが集う舞踏会で、コルネリア嬢は最も美しい花だ。あなたにその自覚が無いのは非常に勿体ない」
「それは褒めすぎです」
コルネリアは俯いたまま言った。その手をエクトールが取る。
「僕は嘘が嫌いです。勿論あなたに嘘を付いたことなどありません。コルネリア嬢、結婚を前提にお付き合い頂けませんか」
これまでも何度か、他の令息から言い寄られたことはあった。けれど、ここまで情熱的なのはエクトールだけだ。
コルネリアは初めて笑みらしい笑みを見せ、頷いた。
「まだ、はっきりとお返事は出来ません。けれど今度、我が屋敷にいらっしゃいませんか? ちょうど庭のバラが見ごろなのです」
暗い中でもエクトールの表情が華やぐのが分かった。
「ええ、是非!」
エクトールはコルネリアの手を握り、力強く言った。
***
そして約束の日になった。
使用人たちが慌ただしく準備を行っている。コルネリアの父、エグモントの指示だった。
家に来るのは宰相の息子。縁談に繋がる大事な来訪だ。
コルネリアがドレスに着替え、一階に向かおうとした時だった。
「お姉さま」
背後から声がした。振り返ったコルネリアは思わず眉間にしわを寄せた。義妹のイレーネだ。
今日、彼女に予定はないはず。それなのにピンク色の可愛いドレスで着飾り、化粧も入念にしている。男好きのする、可愛らしい外見に磨きがかかっていた。
「どうしたの」
「今日、エクトール様がいらっしゃるのよね」
その一言で意図が分かった。間違いなくエクトールと会おうとしている。奪おうとしていると。
イレーネと初めて会ったのは12歳の時。父親と再婚した義母の連れ子だった。妹が出来るなんて、なんだか新鮮な気分だと思ったのは最初だけ。
彼女は何かにつけてコルネリアの物を奪った。抗議すると「お姉ちゃんだけずるいわ」と涙を溜め、上ずった声で言う。彼女の殺し文句だった。
お気に入りの魔道具も、ドレスも、髪飾りも、欲しがるものは殆ど彼女に渡ってしまった。
両親はわがままな妹を叱るどころか甘やかし続け、コルネリアには我慢を強いた。
義妹は強欲な心の持ち主なのだと考えていた。しかし数年経って、どうやらコルネリアの物をひたすら欲しがるには、別の理由もあると思い直す。
イレーネに奪われたものが、そのまま庭の隅に捨てられていることが何度もあったからだ。
義妹は恐らく、コルネリアの存在自体が気に入らないのだ。彼女を苦しめること自体も目的だったのだろう。
コルネリアは勉強も出来たし魔法も使えた。それに伯爵家の血を継いでいる。本来はコルネリアの方が優先されるべきだ。
それが彼女は気に入らず、物を盗ることで攻撃してくるのだ。
「エクトール様は私の大切なお客様なの。だから、あなたは絶対に出て来てはいけないわ」
いつになく強い口調でコルネリアは言った。
するとイレーネは困ったように眉を下げ、涙声になった。
「お姉さまだけずるいわ。私も、エクトール様と会いたいのに」
「今回だけは絶対に駄目なの」
「どうして?」
「どうしても!」
コルネリアは語気を強めた。言いながらも彼女は思っていた。これで義妹が引き下がるはずがないと。




