39 陰気な男
左腕に嵌めた銀の枷が重たく左側に身体が傾いてしまう。
既に問題なく歩けるほど回復していた。
外の空気を吸いたいと思い、バルコニーに出る。
先客が1人居た。
赤い髪を風になびかせ、ロッキングチェアに腰掛け手すりに足を置きサイドテーブルに置かれたドリンクと豆菓子をつまみながら分厚い本を読んでいた。
バルコニーに入って来た客に気がつくと本を閉じ、朗らかに笑いながら話始めた。
「随分寝ておったなヘリオス!」
「ああ…おかげで腹が減って鳴りやまないだ、その豆くれないか?」
「こんなんでは腹は膨れないだろう?」
「無いよりマシ…それに、ここの食事はあまり美味くないんだ」
皿の上に乗った豆を口に入れる。
ポリポリと程よく硬い食感とまぶされた塩の味が口に広がる。
「もう歩ける程に回復したか…」
「ああ…そっちは全治2ヶ月だっけ?」
「医者の言葉など半分聞きで十分よ。我ならあと2、3日もあれば快調よ」
そう言いながら懐から何か、木の枝のような物を取り出し口に咥える。
先端を切り落とし、断面に自分の指先を押し付ける。
「“発火”」
パッと火の粉が舞い、咥えた物の先端から煙が出る。
ガンドルフはゆっくりと何かを味わうよう楽しみながらヘリオスにもどうだとソレを差し出す。
「いらん。なんだそれは?」
「んー?葉巻を知らんのか?」
「変なニオイだぞ?」
「コレの良さが解らぬとは…子供だな…」
フッと勝ち誇ったような顔をするガンドルフに少しイラッとしながら、ヘリオスはその場を退散する。
「もう行くのか?」
「俺、その、ニオイ、キライ」
「フフフ獣のようだぞ」
客のいなくなったバルコニーでくつろぐガンドルフは用意したつまみを取ろうとしてサイドテーブルに手を伸ばすが、いつの間にか皿ごと無くなっているのに気がついた。
たしかにヘリオスに振舞ったが、皿ごと持っていかれているとは思わず、頭をかく。
「我は構わぬが……他の貴族なら罰の一つや二つはあるだろうなぁ…」
同僚の先行きに少しの不安と後で忠告の一つでも言っておくかと考えながら煙を味わう。
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「やっと起きたようだね、ヘリオス!」
「ん」
オリビオが来た。
「なんだい、君。…ベッドの上で食事をするなよ…品がないぞ、食べかすも落ちてるじゃないか」
「んー、おまえは動いて大丈夫なのか?」
「ああ、私は魔力欠乏による疲労が大半で君達のような派手な怪我はなかったからね」
「あのー…お久しぶりです、お目覚めになられてよかったです」
ひょこっと小さく顔を出しながらベッタが声をかけてきた。その後ろからチェリア、カロンが続いて部屋に入ってくる。
「久しぶりってもよ…顔自体は昨日見たんだがなぁ」
「そうなのか?」
カロンが見舞いの品として果実を投げ渡してきたのを受け取りながら聞き返す。オリビオが品がないぞというが聞かずに齧りつく。
「ああ…オレ達は昨日王都に帰ってきたばっかだがな?」
「グスタフ殿が居れば王国内であれば気軽に行き来できるからな」
「あのおっさん、スゲェー良い人そうな顔して悪魔か怪物かみたいなことしか言わねぇしさせねぇーのなんなんだよー」
「何かあったのか?」
「新米のオレ達にはそれぞれ班に分けられて先輩引率での任務だったんだよ」
「聞いたか?ヘリオス。 我々は3人だったのにだぞ? 新兵3人だったぞ」
「応よ、あんたらの話の後だとまぁ、オレ達は可愛げのある内容だったがよぉ」
「聞かせてくれ」
カロン、チェリア、ベッタはそれぞれ別班に割り振られていたらしい。
カロン曰く、彼は新兵集団に先輩集団に入り南西部の違法港を根城にしていた集団を捕縛する任務だったそうだが。
「まぁ…気持ちの良い戦いじゃあなかった」
「気持ちの良い戦いなんて競技ぐらいだろ?」
「ハァ…攫った女子供を盾にしてたりしてな…」
「そうか…」
「なにより、司令官が…いや、なんでもねぇ」
「?」
チェリア曰く、彼女は害獣駆除として訓練場からパルテの間にあった山に棲む魔物の駆除を行っていた。
「休む間の無しの強行軍…夜こそ獣が活発になるのだからと夜戦…アタシは問題なかったが、リタイアした奴も結構な数いたね」
「随分無茶な…」
「そう思うだろ? 無茶だと言ったやつはその場でブッ飛ばされてクビだと言われていたよ」
「えぇ…」
ベッタ曰く、彼女は2人ほど過酷な場所には向かっていないが、ある貴族に会いに行く先輩について回っただけだと話した。
「わ、私は随分ラクな任務だった…のかな? それに、その貴族お抱えの兵士に取り囲まれたけど、全部騎士長が片付けちゃったし」
「ベッタ嬢はあまり戦闘には向いていないからね」
「…そうか?」
「だが、ホント…嫌な上官だったぜ」
「それは誰の事をいっているのかね?」
ピタリとカロンの動きが止まる。
カロンだけではない、チェリアとベッタもまた動きが止まりカタカタと震える。
病室の扉がゆっくりと開かれ、中に1人の男が入ってくる。
黒を基調としたサーコートを身に纏った陰気な顔をした長身の男がカロンを睨めつけていた。
「…どなた?」
「君自分の上司の顔と名前は覚えておきたまえよ」
ヘリオスは彼のことを知らないがオリビオは知っているようだ。
「彼はエゴン卿…グスタフ殿と同じ騎士長だ」
「…まったく嘆かわしい…」
「グスタフ…グスタフ…彼奴め、無駄を削ぎ落とすのが役目なくせにいまだ数が多くのこっている…知っているか?貴様らの同期は既に2割は騎士団を抜けたぞ?素晴らしいな…私が担当している新人集団は、当日に半数は削ったものだが…」
酷い隈が目立つ青白い顔はつい最近戦った吸血鬼や亡者を思い出すが、やけにハキハキと動く彼の動作に目をしばたたいてしまう。
「新人!貴様らが…正確にはケラウノスだが…が持ち帰ったブツが周囲を汚染する危険物と判断されたことに対する対処と解析および何があったのか、地方騎士の怠慢によって蛆のようにわいた魔獣の討伐と最近密入国した海賊連中の処断と国より自己の利益を優先し私服を肥やすどころか国を売った売国奴の捕縛…それぞれの報告書が上がっていないぞ、今書け、直ぐ書け、そして血反吐を吐きながら国の為に働け」
まくしたてるように淡々と述べながら、分厚い紙束を投げ渡してくる。
「失礼、エゴン卿。報告書なら私が書いて提出しましたが…」
「ネレイス、貴公の報告書はよくできていた素晴らしいかった、だが、報告書は任務に参加したもの全員が書いて提出する義務がある。義務なら従うしかないな、では書け」
「あ、あの…私も書いて提出しましたよね…」
「メルクリン、あの詩集のような巫山戯た文体で報告書と言うのかね?ちょうど私の懐に君の報告書(笑)があるのだが、ここで音読してもらおうか?いや、私が読み上げてやろう…!『青々とした晴天の空を、天高く舞い上がっ─』」
「書きます!書き直します!」
「よろしい…」
エゴンから紙束を掴み取り、ベッタは何処かへ走り去った。その後を追おうとしたチェリアの首根っこを掴まれた。彼女は紙束とペンを受け取り、机と椅子に縛られた。
カロンは最初から反抗することなく壁に紙を押し当てながら書き始めていた。
「意外だな…」
「…ハン。反抗はしても無駄なのはもう教え込まれた後なのさ…」
「…皆の反応からして、違和感があるのだが…もしかしてエゴンは魔法使いか?」
「新人…?礼儀を知らんようだな!」
自分の顔の横に青褪めた男の顔があった。
「目上の人間への態度と呼び方から教えねばならんらしいな…それと、同僚同士でも詮索されていい気はしないのだ」
ヘリオスはガシりと掴まれた。
「来い…貴様は特別コースだ喜べ感涙し、私の慈悲慈愛を余すことなく全身で受けよ」
「…遠慮したい」




