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『ど、どうしたの? ケンカしちゃだめだよっ』
野外に居るにも関わらず寝室の音を聞きつけたユンファイエンスは強制労働の手を止めた、因みに盗聴ではない
「起きたようなので行ってきます」
「あまり構い過ぎるんじゃないよ」
「当然です」
まったく、何が当然なんだい、という母親の小言は耳から耳へと自動で聞き流される
ストレスになるから一人の時間も必要だ、と母親から雑事を言いつけられるが無駄に高性能な為にすぐに片付いてしまい、母親は新しい用事を考える方が面倒になりつつあった
そんな母親と彼女を労う父親を置き去りに寝室へ入ると、都子がおろおろとしながら ぴゃあぴゃあ鳴いてくんずほぐれつ争っている子供たちを宥めようとしていた
『ああ、都子さん心配はいりません
肉食種の、特に同種で歳の近い男児が集まるとよくおこることです』
『え?』
『順位を決めているんですよ、本能的なことです
しかしこの子達は姿どころか能力までもまるで判を押したように一緒ですから
おそらく順位は決まらないでしょう』
『え、ぇえ?』
『そのうち争っても無意味だと学習するでしょう、放っておいても問題はありません』
こうした遣り取りの中で学ぶことは沢山あります、と慣れた育児知識を披露したユンファイエンスは、子供達を宥めようとして気力と体力を消耗した都子を休ませるため、寝台に横になるように促し、少しでも眠れるようにと未だ混戦中の子供達を抱き上げて寝室を後にした
戦場を刺繍作業中の祖母の膝の上に移した子供達は、そこでも相変わらずぴゃあぴゃあと頂上決戦を頑張っていた
元々レヴァルヴム家は子供が多いので、こんなこともあろうかと家の中の刃物や針などは総て対応済みだ
ただし それらには年齢制限がついている、ある程度以上になれば何が危険かを実体験付きで学習する必要が出てくるからだ、そこから更に年齢が上がればまた対応も変わる
「嬉しそうですねぇ」
「そうですね」
慣れた様子で時折膝から落ちそうになる子供達を掬い上げつつ針を操る母親をうっとりと熱に浮かれた眼差しで視姦……ではなく見つめる父親に見向きもせずに手元の作業を止めないままユンファイエンスは返事をした、通常運転だ
「……やはり、女性というのは男よりも強く自分の血の繋がった子を産みたいと思うものでしょうか?」
「……さあ、わたしには何とも」
返事を濁しはしたが、割合に多くの女性がそう思っていることは理解している、それを実行しようとする者と、踏み止まる者が確かに存在することを
そして実行しようとする女を止めない男と、踏み止まる女を唆す男の存在も
降りてきたばかりの子供を、自分の胎に詰め込み、擬似的にも産み直そうとする、その狂った切実な望みを
恐ろしいと、おぞましいと、確かにそう思いつつも、それでも そう思う気持ちも理解できなくはない
そんな理解者が、世間には確かに存在する、けして少なくは無い一定の層が、確実に
それでも、まだ幼い子供にとっては恐ろしいことだ、まだ何も知らない あどけなく柔らかい心に毒の剣を突き立てて抉るような行為は、時に彼らの命を精神的にも肉体的にも奪ってしまう
ユンファイエンスの兄弟の中には、引き取られた犠牲者が何人かいる
「……父さんは、そう、思いますか」
「さて、どうでしょう、彼女が望むならあるいは、とも思いますが」
調律のお陰か、孫や曾孫がいるような年齢の両親は肉体的にはまだ現役だ
もし、総ての縛りから解放されたなら、母親は今ならまだ子を産むことも可能だろう
ことは母親だけに留まらず、人口は急激に増えていく筈だ
ただ、それが叶ったとして、現状は人類の未来が閉ざされていることに変わりは無い
子を産めるようになり、人口が増えたとして、その先はどうする?
限り有る大地、その中程を穿つように広がる何も育むことはない広大な荒廃地帯
どこにも逃げ場は無い
飢餓は必ず人々を襲い、争いは何処からともなく鎌首を擡げ、死体が氾濫すれば疫病が産声をあげる
際限なく湧きいずる難題は再び人口を削り取り、結局は、また、生まれなくなるのだ
たとえ荒野を緑に変えても、大地が有限であることになんら変わりは無い
「お前なら、どうします」
「わたしは指を咥えて見ていられる程 イイコでもオリコウでもありません、――とても強欲な性分ですから」
ユンファイエンスは縫い終わった鞘それぞれに五振りの短剣を納めると立ち上がった
息子の答えに、含んだ笑い声が漏れる
よく似ている
息子の答えは、父親の答えだ
(……今日も冷えるな)
同じ卓につきつつも一言も発しなかったルヴガルドは父親と弟の寒気の漂う会話に頭の天辺から爪先まで冷えを感じて仕方なく、無性に温かいものを食べたくなった
因みに陽気は頗る温かい
今回の更新はここまでです、次章が書き終わるまでまた潜ります
読んでくださりありがとうございました!