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姿なき狩人  作者: 二条路恭平
プロローグ

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アサシン

ジャングルのような山林を苦労して狙撃ポイントを探し歩いたカワサキは、人感センサーの網に引っ掛かることなく劉の居宅から800メートルくらいの距離まで迫ることができていた。その時ちょうど、CIAから送られてきたメールが届き、胸ポケットに入れてた携帯電話から着信を知らせる振動があった。

それに気付いたカワサキは、休憩代わりに立ち止まると胸ポケットから携帯電話を取り出すと着信したメールを開いた。

送られてきたメールは、カワサキが待っていた劉の身体的特徴に関するレポートで、結論として劉虎健本人の身体的特徴は左目が義眼となっていることと記載されていた。それを隠すために劉が常時サングラスを掛けているようである。レポートには、その後半から劉が義眼となった経緯が長々と記載されているが、長距離から劉を狙撃しようとしているカワサキからすれば、たぶん劉本人と至近距離で向かい合うことはないので、劉が義眼となった経緯を知ったところで大した意味があるわけではない。

それよりは、いざライフル銃を構えて劉と思われる人物と対した時に、スコープ越しであっても義眼であることを確認しないうちは、下手に引き金を引くわけにいかない。兎に角、劉の特徴である義眼を確認して狙撃するまではボディーガード達に発見されて無駄な戦闘になってしまわないかが不安なだけである。

しかし、不安があるからという理由で暗殺を取り止めるという選択肢がカワサキにあるわけではない。あくまでも特殊要員としてCIAに雇われている身であり、祖国である米国の国益を守るという名目の元に、雇用主であるCIAから命じられるミッションを実行しなければカワサキ自身の存在価値がないことになる。ただし、カワサキとて安直な戦闘を強いられた結果、死ぬかもしれないような事態を望んでいるわけでは決してはないのだ。

そんな思いのなかで、数メートル程を進むと目の前に高さ3~4メートルの切り立った崖が現れてきた。その崖を見下ろしてみると、幸いなことに何箇所か足場となりそうな突起部が見受けられる。それを見たカワサキは躊躇することなく崖を降り始めると1メートル程降りた時に、カワサキから見て左斜め前方からライフル銃の発砲音が聞こえた。一瞬、自分が狙われたように感じて驚いたカワサキが、崖の残りの高さを一挙に滑り降りるようにして地面に着地すると、周囲を見渡して安全を確認してから、急いで背負っていた大型バックパックを降ろして中から双眼鏡を取り出すと枝葉の隙間から劉の居宅に焦点を合わせた。

双眼鏡で建物の正面を子細に見渡すと、建物正面2階の左側窓枠の下30センチメートルくらいに外壁の色が剥げて弾丸が着弾したと思われる痕跡を見付けることができた。痕跡は、直径5センチメートルくらいの円形で、深さ1~2センチメートルはコンクリートが抉れている。

たぶん、狙撃した距離はカワサキの後方から発砲音が聞こえたことからして、直線距離で900~1.000メートルといったところだろう。もし、それ以上の距離からの発砲であれば、マグナムライフルやアンチマテリアルライフルということになるが、発砲音からしてハイパワーなライフル銃を使用したとは思われない。それに、ハイパワーなライフル銃を使用したのであれば、建物のコンクリート壁なら簡単に貫通していただろう。コンクリート壁を僅かに抉る程度であれば、鉛を使った弾丸の表面を銅でコーティングした狩猟用のライフル弾薬を使った物と推測できる。ただし、着弾修正した発砲を行っていないところをみると、射程距離を取り過ぎて狙撃が困難だと判断したのだろう。


カワサキが使用しているライフル銃は、長距離射撃には適しているが、決してハイパワーライフル銃ではない。そのため、今回の暗殺にあたって徹甲弾をCIAへリクエストしたのだが、徹甲弾は弾丸が鋼で作られ表面に銅がコーティングされてある。弾丸が鋼のために貫通力が増してコンクリートはおろか、戦車等の装甲さえ貫通する。ただし、弾丸全てが鋼となると銃腔内のライフリングの山部が削られて、弾丸にライフルマークが着かず狙った方向に飛翔しなくなるので、比較的柔らかな銅をコーティングすることで、弾丸にライフルマークが着いて直進性が良くなるのである。なお、固さのある目標物に着弾するとコーティングされた銅は剥離して、鋼の弾丸が飛び出すことになるために固い物体を貫通した後、甚大な破壊力を有することになる。


この別な要員が行った無意味な発砲は、カワサキにとってターゲットである劉が警戒心を強めて狙撃可能な場所に現れなくなる可能性がある一方で、劉のボディーガード達が襲撃者として別の要員に注意を傾注してくれるのであれば、カワサキに対する注意が薄くなり劉を狙い易くなる。ただ、このようになった以上は、あまり時間を置かずに今日か明日には決着を着けなればならない。

そんな事を考えていると、再びCIAからメールが届けられてきた。カワサキが早速メールを開いてみると別の要員がカワサキから知らされた人感センサー等の設置を懸念して1.000メートル近くからの狙撃にチャレンジしたが、狙撃を成功させることが困難と判断して、狙撃距離を詰めるためカワサキと同様に山林を移動中との知らせであった。それを読んだカワサキは、今さらという思いがあった。元々、ライフル銃やライフル弾薬の性能としては1.000メートルくらいは弾丸を跳ばす事が可能であるが、そこに銃器を扱う人間のスキルを加味すると、せいぜい700~800メートルが限界であって、通常は500~600メートルまでが妥当な射程距離とみるべきである。

にも関わらず、CIAのミッション担当者が1.000メートルの長距離狙撃にゴーサインを出した事に呆れてしまうが、流石にカワサキは、今回のようなラッキーパンチを狙ったような銃器の発砲は、暗殺等の少ないチャンスで行うようなケースでは、ある程度の成功確率が望めない場合は、CIAのミッション担当者が歯止めを掛けるようにメールを送った。


劉の居宅内にあるボディーガードの指令本部では、副リーダーが見詰めているパソコンに、山林に設置していた人感センサーが反応したことを表示していた。それを認めた副リーダーが

『先程、こちらに発砲してきた狙撃ポイントから、我々の方に接近した地点で人感センサーが反応しています。ただし、野生動物の可能性もありますが』

リーダーに対して報告すると

『その地点へ向けて落石させられそうか?もし、爆薬を仕掛けたポイントで落石が可能なら起爆させて落石作戦を実行しろ』

自らの胸の前で腕組みをしているリーダーは、事も無げに副リーダーへ命じた。

『それじゃあ、近場のポイントで1箇所だけ爆破させます』

副リーダーが告げると、パソコンのキーを押した。

劉の居宅から直線距離にして2キロメートルほど離れた斜面で、比較的小さな爆発が起こると、土煙を上げて大きな塊の岩石が転がり落ちていった。しかし、その落石は比較的早い段階で、落石が止まってしまって狙撃位置まで届かなかった。

落石を起こすために、爆薬が炸裂した瞬間に偶然にも、爆薬の炸裂音に紛れてライフル銃からの発砲音も響いていた。発射されたライフル弾は、劉の仕事部屋の窓に設置された鉄格子に命中してゴンッという鈍い金属音を立てる。仕事部屋に居た劉は、室内に響いた金属音に一瞬ビクッとして窓の方へ視線を向けた。

劉の居宅に使われている窓ガラスは、全て二重ガラスの間に強度と柔軟性に優れた透明な樹脂中間層がある物で、防弾ガラスではないものの防犯対策が施させれている。ちなみに、防弾ガラスを使用していないのは日本における一般住宅用の窓に使える防弾ガラスの流通量が少ないためである。

『フッ』

金属音に驚いた自分を失笑するような笑みを溢した劉が、窓ガラスの前へ歩いて行くと

『このガラスは、簡単に貫通することがなかったな』

と呟くと、外の景色を眺めながら

『この落石で、騒がしい害虫が踏み潰されたのなら良いが』

悠然とした表情で独り言を口にした瞬間、再び正面方向からの発砲音を耳にした。それから、半呼吸ほど遅れて窓枠の下の外壁に着弾したゴンッという音が聞こえる。その音を聞いた劉は、窓から離れて事務机に置かれてた内線電話の受話器を取ると

『どうやら、採用した手段でも手緩いようだ。害虫が、少しも大人しくならんのでは、何人かボディーガードを出動させて害虫を殺してこいッ』

電話口に出た副リーダーに怒りを抑えたような口調で伝えると、電話口の相手がリーダーに替わり

『相当、気分を害されているようで申し訳ありません。これから、数名を送り込んで襲撃者を射殺するよう手配しますので、暫くお待ちください』

リーダーが詫びるように伝えると

『私は、君達を日本で遊ばせるために雇っているわけじゃないことを忘れぬように』

劉は、苛立ちを含んだ口調でリーダーへ告げると受話器を元に戻した。

リーダーも内線電話を切ると

『ボスは完全に腹を立てている。パトロールしている全員で、連携を取りながら襲撃者を射殺せよとメールで伝えてくれ』

副リーダーへ命じた。副リーダーは無言のまま頷くとパソコンのキーを叩いてリーダーの命令内容を送信する。


内線電話を切った劉は

『まったく、最初から数人を送り込んで始末すれば済むものを変に大物ぶって、このざまでは話しにならん』

溜息混じりに首を左右に振りながら呟くと、椅子から立ち上がり仕事部屋に備え付けのトイレへ向かった。小用を済ませて事務机へ戻ると椅子に腰掛けて、机の上のパソコンキーボードに手を添えるが、なかなか手が動き出す気配がない。暫くは、そのままの姿勢でいた劉が、溜息を一つ漏らすと椅子から立ち上がり窓の方へ歩いて行く。

窓の前に立ち、これと言って何処を見るというわけでもなく外へ視線を向けた劉が

『本当に、忌々しい害虫がッ』

吐き捨てるように独り言を口にした瞬間、再び離れた位置からライフル銃の発砲音が聞こえる。ただ、劉には先程の発砲音より幾分小さい気がして、多少の違和感を覚えていると、劉が立っている窓枠の直ぐ下の壁がドッという鈍い音と共に孔が開いたと思う暇もなく、コンクリートの破片が劉に向かって飛散すると、劉の左骨盤上部に衝撃と同時に、高熱の火箸を体内に無理矢理突っ込まれたような感覚を覚えた。

劉は、自身の身体が尻餅をつきそうになるのを何とか止まって、自分の左腰へ視線を向けると、履いていたズボンの前ポケットの辺りに被弾した孔が開き、左臀部に至っては何かに引き裂かれたような状態になっている。そのボロボロになっている孔からは多量の血液が流れ出ており、ズボンの左側は血で赤く染まっている。更に、足元へ流れ出た血液は絨毯をも赤黒く染め出している。

劉の頭の中は、突然の事態に錯乱しており事態を把握できないでいたが、徐々に広がってきた痛みで、一刻も早く助けを呼ばなければと焦る気持ちになっているが、急に左脚から力が抜けて左膝を絨毯の上に突くと、そのままの姿勢で動けなくなってしまった。その頃になって自身が被弾したことを自覚して、助けを求めるために立ち上がろとするが被弾した左側の腰から下に力が入らない。

出血により血の気が失せていく状態で、意のままにならない己の身体に業を煮やした劉は

『資本主義のゴミ虫がッ、これきしの事で負けはせんぞ』

と力なく叫び、血の気が薄い顔色に加えて覚束ない足元ながら、痛みに耐えて歯を食い縛りやっとの思いで立ち上がる。劉は、更に自らに気合いを入れて踵を返し事務机へ向かおうとするが、ふらつく身体では思うように向きを変えられず転倒しそうになる。

その時、事務机の内線電話の呼び出し音が鳴り出した。出血が止まらず力が入らない左脚を引き摺りながら受話器を取ろうと必死になっている劉の背後から複数の爆発音がが聞こえてくる。ボディーガード達が仕掛けた爆薬を複数箇所、同時に起爆させ大規模な落石を起こすのだろう。これによって劉の居宅前の道路付近まで大小様々な岩石が落ちてくるはずで、落石が発生したエリアからは容易に脱出することはできず、襲撃者は落石の餌食になるはずである。

『この落石で、私の足元にひれ伏すように潰されてしまえッ』

劉は、勝ち誇ったように力なく叫んだ。しかし、複数箇所の爆薬が起爆した破裂音に混じって、ライフル銃の発砲音が鳴り響いた事に劉が気付くことはなかった。

震える右手を精一杯伸ばして内線電話の受話器を掴もうとする劉の背後で、窓ガラスに何かが衝突して貫通したような音が聞こえ、後頭部に高温の火箸が突き当てられたように感じたところで、劉の意識は途切れて何も感じることが無くなった。


何度も内線電話で呼び出したが、劉が電話に出ないことに不審を感じたボディーガードのリーダーが、執事に部屋の様子を見に行くよう内線電話をした。連絡を受けた執事が、劉の仕事部屋のドアをノックして、静かにドアを開けて仕事部屋に入室すると、目の前には床の至るところに血飛沫が点在して、事務机の右側に寄り掛かった血だらけの劉の身体が飛び込んできた。しかも、劉の頭部は上顎から上が消失して机の上が血の海になっていた。


同じ頃、CIAのミッションルームでは劉暗殺に出動させた2名の要員に貸与している携帯電話のうち片方が反応しなくなっていた。慌てた担当者は、その携帯電話にコールしてみると

『お掛けになった番号は、電波の届かない所にあるか、或いは電源が入っておりません』

というアナウンスが流れるだけで繋がることはなかった。

初めての投稿作品に、お付き合い頂きまして誠にありがとうございます。

一つの作品として綴らせて頂いたわけですが、改めて自分の語彙力が未熟であることを痛感させられました。

貴重な時間を、私の作品を読んで頂くために使われた方々には大変失礼なことになりますが、更に的確な表現ができたのであれば、更に楽しんで頂けたのではと反省するところです。

この作品は、だいぶ前から考えていたのですが、公に発表させて頂く手段がなく悶々としていたところに偶然、このサイトを見付けて勇気を持って作品という形にさせて頂きました。

これからも、自己研鑽に励んで楽しんで読んで頂けるような作品を書いていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

此処までお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。

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