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姿なき狩人  作者: 二条路恭平
プロローグ

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メンテナンス

カワサキがアジトのベッドに倒れ込んで、目を覚ましたのは翌日の昼過ぎであった。目が覚めても幾らかは頭がボーッとしていたが眠気と疲労は身体から消え去っている。

ベッドの脇のテーブルにある充電器へ差しっぱなしのタブレット端末を手にしてみると、CIAからのメールが届いていたようだ。メールの着信音は鳴ったのであろうが、それすら気付かずに熟睡していたのだろう。

メールを開く前に、カワサキは1度トイレへ向かい用を済ませてベッドに戻ってくると充電器からタブレット端末を外して、キッチンのテーブルに移動した。タブレット端末をテーブルに置くとブランチの準備を始める。冷蔵庫から紙パック入りの牛乳、厚切り食パンを2切れにバター、そしてカット済みの果物を取り出して、食パン2切れはオープントースターに入れて焼き始め、紙パックの牛乳はマグカップに注いだ。

食パンが焼き上がるまでの間、メールを開いてみると昨日のミッションについての情報であった。

カワサキが海軍の協力で島を脱出した直後に、爆発音が鳴り響いたことで関係各所に通報が入り海上保安庁や地元の警察、消防が出動してきたが、所有者である在日朝鮮人同胞連合の了承なしでは島に上陸できないので、参集した関係機関は島の周囲を海上と空から警戒していたが、島内の建物の火災は朝方には自然鎮火したようであった。なお、警察庁が在日朝鮮人同胞連合に対して現場検証等が必要なことから島への立ち入りに同意するよう要請して、どうにか現場検証を実施したところ5名の焼死体が発見され、その5名の遺体を司法解剖へ回したところ全員の死因は焼死ではなく、火災が発生する以前に射殺されていたということが判明した。更に火災現場からは数丁のトカレフ拳銃も発見されたので、司法当局の見立てでは何らかの理由で施設内にいた5名の間で内紛が始まり拳銃の撃ち合いが行われて死亡したのではないかとみているようであり、火災については内紛が始まる前に食事を準備しようとした際に、ガスの元栓を開けたままにした人間が射殺されたことで、ガスが充満したところに拳銃の発砲による火花が引火したのではないとみている。そこで、在日朝鮮人同胞連合に対して死亡した5名の身元確認をするための情報提供とトカレフ拳銃が研修所にあったことへの事情説明を求めている状態であるとのことであった。

また、現時点ではオフレコとされているが火災現場の周辺から麻薬成分が検出されたことを受けて警察と厚生労働省麻薬取締部が合同捜査を行う方向で調整中とのことである。

一方、事情説明を求められた在日朝鮮人同胞連合は、焼死した5名について該当する人物の心当たりがなく、研修所は不法に占拠されたことで起こった事件なので一切の関わりを否定する旨の回答をしているそうで、日本政府としてもバックに国交のない北朝鮮が関与していることから、日本の暴力団が研修所を不法占拠して発生した事件として処理する方向で、近日中に実質的な捜査が終結するだろうとしてあった。


その様なメールを読みながら、焼き上がったトーストにバターを塗り付けてから、マグカップに注いだ牛乳を交互に口へ運んで質素なブランチを終えた。

ブランチで使った食器等を洗って後片付けを済ませたカワサキは、一休みしてからキッチンのテーブルを移動させて床下収納の蓋を外し地下室に降りる準備をすると、ベッドの脇に置いていたM&P5.7拳銃が収納されたプラスチックケースを右手に持って地下室へ向けて階段を降りて行く。

昨夜のミッションでは、海辺でM&P5.7拳銃を使用しているので海水や潮風に晒されているので、少しでも早く拳銃と消音器のメンテナンスを施さないと錆にやられて仕舞う。

地下室にある事務机の脇にプラスチックケースを置くと、大型書庫からクリーニングマットを取り出して事務机の上に敷いてから、脇に置いたプラスチックケースからM&P5.7拳銃を取り出して装填していた弾倉を外すとメンテナンスの為に簡易分解を始めた。

M&P5.7拳銃の遊底を半分ぐらいの位置まで引いてテイクダウンレバーという部品を90度回し、機関部からテイクダウンレバーを引き抜いてから更に遊底を引いて、遊底を前方に戻してやると前方から遊底が外れる。外した遊底から、発砲した際に後退する遊底を元の位置に戻す為にスプリングが装着されており、そのスプリングが付いているリコイルスプリングガイドロットという部品を取り出してから銃身も取り外した。分解した拳銃の部品は全てクリーニングマットの上に並べて置く。

M&P5.7拳銃の簡易分解が終わると、机の引き出しからウエス、銃身内部を清掃する時に使うクリーニングロット、弾丸が銃身内部を通過する際にライフリングによって削り取られて付着したカス等を溶かして除去し易くするためのソルベント系オイル、スプレー式のシリコンオイルとグリースを次々に取り出してクリーニングマットの上に並べた。

次に、カワサキは銃身を手に取るとウエスで銃身表面を丁寧に拭き出した。特に銃口先端部の消音器を取り付ける為に加工されているネジが切られた部分は丹念に拭き上げてから、銃身の薬室側から適量のソルベント系オイルを銃身内部に向けて垂らした。ソルベント系オイルが銃身内部に行き渡り弾丸から削り取られたカス等が溶かされるまでの間に、遊底やリコイルスプリングガイドロット等もウエスで丁寧に拭き上げてから、スプレー式のシリコンオイルを吹き付けておいて、それぞれはクリーニングマットの上に戻しておき、次に銃身とクリーニングロットを持つと銃口を下に向けてからクリーニングロットのブラシが付いている方を薬室側から差し入れて途中で止めることなく一定方向に銃口部まで、銃身内部の汚れを掻き出していく。

クリーニングロットはブラシ部分も含めて金属製なので、銃身内部の汚れを取り出す際には銃身内部と銃口部分に傷を付けないように慎重かつ丁寧に行う必要がある。汚れを掻き出すので力を入れる必要があるが、力任せで乱暴に行うとライフリングの溝等を擦り減らしたり変形させてしまう可能性があり、そのようになった銃身では射撃精度を保つ事が困難になる。

銃身内部の汚れを掻き出し終えると、クリーニングロットの反対側にある穴に乾いたウエスを通してから銃身の薬室側にクリーニングロットを回しながら突っ込んで、銃身内部に残っている汚れとソルベント系オイルを拭き取るのだが、1回では全てを拭き取ることが出来ないので何度かウエスを交換しながら行う必要がある。銃身内部へ通したウエスに汚れ等が付着しなくなったら、銃身内部にシリコンオイルを吹き付ける。

その後、M&P5.7拳銃の機関部も稼働部分の汚れを拭き取りシリコンオイルを吹き付けて、拳銃を発砲した際に稼働する箇所へグリースを適量塗り付けから元のように組み上げた。

M&P5.7拳銃のメンテナンスが一通り終わると、一旦カワサキは1階のベッドに戻り大型バックに仕舞っておいた弾倉2本とプラスチック製弾薬ケースを持って地下室へ戻る。3本の弾倉から装填していた弾薬を1発ずつ全て抜き取り、抜き取った弾薬の表面状態を注意深くチェックして錆が浮いていないかを確認した後、シリコンオイルを染み込ませたウエスで拭っていく、拭った弾薬は全てプラスチックケースへ仕舞った。弾薬自体も金属製であるので塩害を受ける可能性があり、もし弾薬ケースに錆が発生した事に気付かずに発砲した場合、拳銃本体が破損してしまうだけではなく、カワサキ自身も大怪我を負う最悪のケースに成り兼ねない。

ただ残念なのは、この5.7×28ミリメートル弾薬について空薬莢を再利用するためのリローディングの機器が手元にないので空薬莢を回収しても再利用ができない事である。

しかし、近いうちに5.7×28ミリメートル弾薬を使用するFNハースタル社製のP90という短機関銃が必要になるような予感がするので、機会があればCIAに民間用モデルではなく軍・警察用のモデルを準備するように依頼しておこうと思った。


FNハースタル社製のP90というモデルは、北大西洋条約機構(NATO)がFNハースタル社に弾薬開発を依頼した際、FNハースタル社が開発した弾薬を使用する個人防衛火器として製作した短機関銃の一種である。この銃器の形態は、機関部が引き金とグリップよりも後方に位置するブルパップ方式というモデルで、銃身の長さがある割りに銃器そのものの全長はコンパクトに纏められ取り回しが良いことから各国の軍・警察の特殊部隊に多く採用されている。なお、150メートルの距離から防弾チョッキを貫通させる能力を有していたので、当初は民間に販売されていなかったが、後に弾薬自体の威力を減らした弾を開発したことで、現在は民間市場でもスポーツモデルが販売されているが連続射撃のフルオート機能がオミットされている点で軍・警察用のモデルとは異なっている。


こうして拳銃と弾薬のメンテナンスを終えたカワサキは、次に消音器のクリーニングを始めた。消音器を簡易分解すると、その内部は幾つかの小部屋のように仕切られており、この小部屋構造にすることで銃器を発砲した際に発射ガスの一部を小部屋に導き入れて遅らせて排出することで発砲音を制御して音を小さくさせるのだ。そのために各小部屋には装薬の燃焼によって発生するカーボンや燃焼仕切れなかった装薬のカスが残留するので汚れが酷い。

カワサキは、ソルベント系オイルを垂らしてクリーニングロットのブラシやウエスを駆使して各小部屋の汚れを取り除いてからシリコンオイルを吹き付けて組み立て直すと、M&P5.7拳銃と一緒にプラスチックケースに仕舞った。

その後、クリーニングロットのブラシをオイルクリーナーに浸して、ソルベント系オイルを洗い流した。ソルベント系オイルは金属を腐食させるので、金属製のブラシも洗ってやらないと腐食してボロボロになり使い物にならなくなる。

M&P5.7拳銃と消音器を片付けると、カワサキは再び1階の大型バックへ向かい仕舞っておいたサバイバルナイフを待って、地下室へ再び引き返した。ナイフシースに収められてるサバイバルナイフを抜くと乾いたウエスでナイフ全体を拭き上げてから、歯の部分にナイフメンテナンスオイルを塗布しておいた。

サバイバルナイフは使用される状況を想定して相当な表面処理が施されているだろうが、小まめなメンテナンスを怠れば、いざという時に使い物にならなくなる可能性がある。

こうしてサバイバルナイフのメンテナンスも終えたカワサキは、事務机を片付けるとサバイバルナイフを持って1階に戻った。床収納を元のように戻してテーブルも元の位置に移動させると室内は随分と暗くなっている。

いざという時に、カワサキが命を託す道具なので必要な手入れを怠ることはできないが、思っていた以上に時間が掛かったようだ。

部屋の電灯を点けてから全ての窓のカーテンを閉めると、早速カワサキは夕食の準備に取り掛かった。

冷蔵庫から食材を取り出して料理を始めて、見てくれは決して良くないが味は確かな男料理を完成させると缶ビールと共に堪能した。食器等の後片付けを済ませると冷蔵庫から新たな缶ビールを取り出して、久しぶりに落ち着いた食後のひとときをビールを飲みながら寛いでいると、新たな地でハンティングをしてみようと思い立った。

ベッドの脇机にセットしている充電器に差していたタブレット端末を持ってくるとCIAから新たなメールは送られていないようなので、インターネットを開いて周辺の狩猟情報を調べ始めた。

狩猟期間や狩猟対象等は、前のアジトの時と変わらないし、禁猟エリアは新しいアジトがある辺りと点在する別荘地帯だけのようである。まあ、如何に日本の法規に関心の薄いカワサキであっても別荘地帯でライフル銃を発砲する気はまったく無いのだが・・・。

ある程度の情報を調べ終えたカワサキは、前のアジトでは鹿をハンティングしていたので、今回はヒグマをターゲットにチャレンジしてみようと思った。そうなると、前のハンティングの時よりも準備が必要になるので、明日からヒグマ猟に向けた備えを始めることにした。

鹿とは違って、ヒグマをターゲットにした狩猟ではCIAから送られた市販のライフル弾では威力不足である。何故なら、ヒグマを狙った場合には確実に急所へ命中させなければ、ヒグマの反撃にあって最悪の場合は、自らが死ぬことに成り兼ねない。

その為にも、今夜は早めに就寝してベストな体調で望もうとは思うのだが、ヒグマをハンティングすると思っただけで違った意味のエキサイトしている自分に苦笑いを浮かべた。

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