30 フレイヤ、精霊王と会う
「聞こえなかったか?精霊王だと言ったのだが」
「ええ?」
変な声が出た。
精霊王の加護があるようなことは聞いていたが、まさかの精霊王本人とは。
フレイヤが妹を見ると、フルールはうっとりとローランを見上げていた。
どうなっているのだ。
「なんで精霊王がこんなところに」
「いたっていいだろう」
ローランがこともなげに言う。
「ここは俺の人間界での棲み処だ。そういう契約になっている。
「どういう契約?」
「国に精霊の加護を与える代わりに、国もこちらに相応のものを払う」
精霊に払うようなものとはなんなのだろう。
フレイヤのイメージでは精霊は人間の資産など欲しがらないものだったか。
「具体的には?」
「敬愛の念、信仰心といった精神的なエネルギーだな」
人間界にいることで、そういったものを受け取ることが出来るのだという。
守りの水晶はその依り代だ。
その為、王宮にいることが多くなるという。
「勝手に住み着いているわけ?」
「意味が分からん。そもそもそういう約束だ」
おそらく、その約束は数百年前の約束だ。
「精霊王が本当にいたとは」
後ろで誰かの声がした。
その目で見ていながらも信じられないのだろう。
「それで。この騒ぎはなんだ?」
ローランはフレイヤに向かって問いかけた。
彼からしたら自分のねぐらに人が集まって騒いでいるようなものだ。
しかし、逆に言えばこれはチャンスではないか。
何と言っても精霊王が目の前にいるのだから。
「王様が新しい国王になる時に、ここでお祈りを捧げたら水晶が光るという話があるのだけれど」
「そんなものがあるのか」
ローランが首を傾げる。
「ご存じないですか」
「まあ、真剣に祈りを捧げられたら、返事の一つもするヤツはいたかもな」
複数形が気になった。
「精霊王はおひとりではないのですか?」
「いや?この世界とは異なるが、精霊界で普通に生まれて死ぬからな。先の精霊王が亡くなれば、誰かが跡を継ぐ」
ローランは割と最近に精霊王になったらしい。
「王によるから、光らない方が多いんじゃないか」
身も蓋もない回答だった。
「それはどうかしたか?」
どうかしたかと問われれば、等もしないことではあるが。
「ここにいる面々でお祈りして、水晶が光った方が次の王に決めようかと思っていたのです」
ローランは鼻で笑った。
「馬鹿じゃねえの」
言われれば馬鹿みたいだ。
だが、フレイヤとローランでは意味が違っていたようだ。
「次の王はおまえだろう」
言われてフレイヤは茫然とした。
「私?」
「そうだ」
確かに、フレイヤには加護があって、水晶を光らせることが出来るが、それで王になるとは考えてもいなかった。
過去の事例に照らし合わせても、精霊王の加護を持つ巫女のような女性がいたと言われているが
王になったわけではない。
「何故、私?」
「そういうものだ。前に国が今の形になった時もそうだったろう」
建国の神話はいくつもある。一番有名なのは英雄王の冒険譚だ。
各地を治め、その中で精霊王と交友をはぐくむ。
ローラン自身も生まれる前のことだろう。
精霊王と関係あるとしたら、最後のところか。
「王と精霊王が友人になり、精霊王が王の妹と結婚したのだっけ」
「逆だ」
ローランもきちんと訂正を入れた。
「麗しき娘を娶ったから、その兄を国を治める王に任命したのだ」
それはつまり。
「なので、フルールの姉であるおまえが王だ」
そんな馬鹿な。
だが、フレイヤ以外は馬鹿なことだとは思わなかったらしい。
そこから先はあっという間だった。
精霊王の言うままにフレイヤを王にすることはできないと言われた。
だからと言って、殺して口をふさぐことも不可能だ。
なので、フレイヤの提案通り、ランドールとフレイヤが結婚して王位を継ぐことになった。
精霊王側のルールとしても、実質的な支配者ということであれば、名前が王妃でも問題はないということらしかった。
国王と王弟は速やかに飢饉対策に打ち出し、その前面にランドールを立たせた。
それと並行して、王太子が病気のために田舎に療養に行き、王太子の座ををランドールに譲ることとなった。
ランドールは飢饉対策に貢献したデュアルフ伯の娘を娶ることとなった。
マージョリーは王太子の妃として嫁いできたのに、王太子が廃嫡されるのは契約違反だということで
離縁して火の国に戻ることとなった。
ここまでが整えられた国民向けの公式発表だ。
ランズベールは田舎でジョアンナと仲良く暮らしている。娘が生まれて幸せになっているようだ。
ブライアンはあの王宮の場からそっといなくなっており、そのまま行方をくらませた。
詳しく調べると、どうも火の国の王太子と連絡を取っていた痕跡があった。死んだ男は水の国の間諜だったようだ。
ブライアンの父親であるカレル侯爵はブライアンが個人でしたことだし、本人がいないので真偽もわからないと主張し、結局、侯爵家としては罪に問うことは出来なかった。
ブライアン本人も火の国にいるようだったが、罪状が曖昧で国外に出て行ってしまったため、日の国としてはそれ以上の追及は出来ず、曖昧なままに終わってしまった。
国内の状況が悪く、未遂で済んだことに割く時間が惜しいということもあった。
王族は総出で対応し、荒れていた国は持ち直し、驚くほどすんなりとすべてが好転していった。
おそらくは、前世の時は、ブライアンやその一味が民衆を扇動していたのだろう。
そんな中でフレイヤはランドールに謝った。
さすがにあまりに無茶をし過ぎた。
フレイヤが提案したせいで、彼はフレイヤと結婚して王位を継ぐことになってしまった。
「あの時は、切り抜けることしか考えていなかったのよね」
本当に殺されるかと思ったので必死だった。口から先に出てきたのかというくらいペラペラ喋った。
自分が光るんだから、王族を集めれば、誰か1人くらいは光るんじゃないかと考えていたことも事実だ。
「いいんじゃないのか。丸く収まった」
「でも」
あなたの気持ちは?
聞かなければいけないとは思うものの、その勇気だけは出なかった。
「おまえは正しいよ。国の為に一番いい選択をした」
でも、それはランドールの人生を変えてしまった。
他国で会ったことのない幼女と結婚するよりはマシだと思うものの、それを自分で言うのはどうかという見識も働いてしまう。
「いいんじゃねえの」
ランドールはフレイヤの手を取った。
「他の方法じゃなかったのは光栄だと思うよ。その気があったから、俺のこと選んだんじゃねえの?」
悪戯っぽく笑う。
「熱烈なプロポーズだと思っておく。俺から出来なかったのだけが残念だ」
「それは私も残念かもしれません」
せっかく好きな人と結婚するにのプロポーズがなかったなんて。
でもそれはたいしたことではない。
冤罪で殺されかけたところから考えたら、とんでもない大逆転だ。
緩やかに時は過ぎ、王妃になったフレイヤは子供を授かった。男の子だった。
ローランとフルールが祝いに駆け付けた。
彼らは精霊界で過ごしている。
会う機会も少なくなった。
あれから3年ほどたって、国王は引退し、ランドールが国王になった。
王弟は臣下に下り、元王太子だったランズベールはまだ療養していることになっている。
もう少し落ち着いたら、快癒したことになって戻ってくるだろう。
最近はとても気候がよく、作物もよく取れた。
精霊王の祝福だと言われている。
美しく花が咲き誇る東屋で、フレイヤは妹夫婦に息子の顔を見せている。
フルールは嬉しそうに甥をあやしていた。その横顔はもうフレイヤとうり二つだったころとは変わっている。
フレイヤは大人の女になったが、フルールはまだ少女の面影を残している。
精霊界のほうがゆっくりと時が過ぎるようだ。
きっとどんどん年齢が離れて行ってしまうのだろう。
それは寂しいことだが、お互いに愛する人を見つけ、その人とともに生きることを選んだのだからしかたのないことだ。
おそらくは取り残されるフルールの方が寂しいことだろう。
今日はランドールが忙しくしていて留守だった。
ローランは少し離れたところで姉妹のやり取りを見守っている。
屋外なので、使用人は更に遠い。
今しか機会は無いのではないか。
「ローランはどうして私を助けてくれたの?」
もうずっと昔、フレイヤが過去に巻き戻った時に。
聖域を汚されて怒った等、いろいろ考えたが、確証の持てるものはなかった。
「自らの巫女を助けるのは当然だろう」
ローランは不思議そうに言った。
「私が巫女」
そんなものになった記憶はない。
「ずっと部屋を掃除していただろう。水晶を祀る者が巫女だな」
「それはユリアーナ様の侍女だったから」
「その女は見たことがないな」
精霊王の間を掃除するのは王族の女性の役目だ。
王女であったユリアーナの役目だったが、王女が自分で掃除をするわけもなく、侍女がやることになっていた。
いつもフレイヤがやっていたのは、押し付けられた結果だ。
だが。
人知を超えた存在なので、何でも知っているように思われるが、
果たして、その使用人が誰の命令で来ているというような些末なことを精霊王が心得ているだろうか。
「実際に手を動かした者が巫女なの?」
フレイヤは慎重に聞いた。
「そうなるな」
これは重要なことだ。
おそらく、これまでの加護のある王族の女性は自分で掃除をしていたのだろう。
自らの責務だと考えていたか、フルールのように妖精に興味があったとか、理由はともかくとして。
それで、加護を与えられた。
使用人は交代で仕事にあたっていた場合、分散されて、強い加護を与えられなかったのではないだろうか。
つまり、誰でも、4年くらい続けて掃除をしていれば、加護を貰えるということだ。
秘密にしなくてはならない。
そして、自分で掃除をしろと子供たちに言い伝えなくては。
ユリアーナも婚約者が決まり、もう精霊王の担当ではなくなっている。
メイドにやらせていたが、このままだとメイドが加護を持ってしまう。
それはよくない。
フレイヤは頭の中で人事を考えていたが、ふと思い直した。
それはそれでいいのかもしれない。
真面目に仕事をしたものが報われるならいいことだ。
王族が怠けてフレイヤにチャンスが訪れたように。
ただ、明日からは自分で掃除をしようと、フレイヤはそれだけ心に決めたのだった。
これで本編おわりです。
上手くまとまらなかったので、どうしても入れたかったところだけ、おまけになります。
出番の少なかったブライアンの謎部分です。
視点の切り替えが上手に出来なかったのでフレイヤ視点のみになりました。
お読みいただいてありがとうございました。




