29 フレイヤ、提案をする
「納得できないお気持ちはわかります」
チャンスを与えられなかった。本来なら与えられても良かったチャンスを。
それは公平ではない。
「では、試してみませんか」
今更だが。それで気が済むものならば。
「どうやって」
「王宮の護りの水晶に触れればわかることです。私が触れたら光りますよ」
自信満々に言い切る。
内心はそれほど自信があったわけではないが。
どういう仕組みで光るかはフレイヤ自身にもわかっていないのだ。
だが、ここでひるんではならない。フレイヤが押し負けたら彼女とランドールは殺されて、国には反乱が起きるのだ。
とりあえず、今、この場をしのがなければ。
「陛下もお呼びしましょう」
フレイヤは勝手に約束した。
「もし、王弟殿下が護りの水晶を光らせることが出来れば、陛下は跡を譲られるかと思われますが」
そんな確証はなかったが、自分に加護が無く、弟にあるとなれば、身を引かせるのも不可能ではない。
「光らなかったらどうなる?」
懐疑的に口を挟んだのはブライアンだった。
「王太子殿下に試していただきましょう」
「それでも光らなかったら?」
誰も光らなかったら、ということだ。
ブライアンの祖父は光らなかった現場を見ており、実は加護など無く、水晶は光らないと伝えてきたのだ。
そんなに誰彼構わず光るものではないという知識があるのだろう。
「その時は」
フレイヤはちらりとランドールを見た。
「私がランドール様と結婚しましょう」
「は?」
ランドールが驚くのを目線で黙らせる。
「そもそも、王族以外で加護を持つ乙女がいた場合、婚姻を通じて王家に取り込むものと聞いています」
前にそう聞いた。
「だってそうでしょう?他の方には奥方がいらっしゃいますもの」
国王にも王弟にも王太子にも。
「まさか、加護を持つ乙女を側妃にしたりはしませんよね?」
フレイヤはまだ鈍く光る左手を振った。
善は急げというわけではないが、そのまま王宮に向かう。
とりあえず説明なしに呼び出したので、国王と王太子は戸惑いながら精霊王の間に現れた。
「一体なんとしたことだ」
強気で呼び出したはいいものの、フレイヤは口ごもった。
まさか、国王陛下に、貴方には加護がなく、精霊王の祝福も受けていないですよね?とは言いにくい。
そんな様子を見て取ったのか、ランドールが口を開いた。
「父上が王位継承の際に精霊王の祝福を受けていないと申す者がいまして。当時の宰相が話したということなのですが」
ランドールはブライアンの祖父に責任をひっ被せた。
「根拠のない噂だとしても、そのような話が広まるのはいかがなものかということになりまして。お呼び立てした次第です」
王太子だけが驚きの表情を浮かべた。
国王は自分のことで知らなかったはずはないし、残りは先程、王弟の家でその話をしている。
何も知らない王太子だけが、落ち着かないそぶりで周囲を見回している。
国王の機嫌は見る見るうちに悪くなった。
「我の継承が疑わしいと言うのか」
「そういう噂が立つのが良くないというお話でございます」
「なんと」
国王はその場にいるブライアンをじろりと睨んだ。
「祖父は晩年、頭が惚けてしまったようで、誰彼構わず若かりし頃の自慢話をしておりまして」
ブライアンも祖父のせいにした。
「カレル侯爵は部屋の外で控えていたと思ったが、見ておったのだな」
ややあって国王は言った。
それは、継承の儀式のときに、水晶が光らなかったのを認めているのに等しい。
「加護は簡単に顕れるものではない」
国王が左手をあげる。
もちろん光りはしない。
「儀式は単なる儀式で、加護の有無にかかわらず継承は行われるのだと父が亡くなる前に聞いた」
ずっとそういうものだったと国王は言う。
「そもそも、何故かはわからぬが、女のほうが加護が出やすいのだ。叔母上も女だしな」
王弟、ブライアン、ランドールがフレイヤを見た。
なるほど、女のほうが出やすいのか。
「王弟殿下はご自分も試してみたいと仰せです」
フレイヤはそっと口を出した。
このまま、そういう伝統だから、で、片付けられては王弟は納得しないだろう。
「加護などないぞ」
「やってみないとわかりません」
王弟が言った。
真っ直ぐに兄を見据える。
疲れたように目をそらしたのは国王の方だった。
「やってどうする」
「なにも。兄上から王位を奪おうなどとは思ってはおりません。ただ。試したいのです」
「わかった」
国王は頷いた。
「やれば満足するのだな」
「はい」
そのやりとりにフレイヤは焦った。
王弟が試して満足して、そこから先はどうするのだ。
同じことにランドールも気が付いたようだった。
「父上。もし水晶が光ったらどうなさるおつもりなのですか」
「光らんさ」
国王は冷めた目で息子を見やった。
「叔母上が若かりし頃に数回光ったと言うが、見たことはない」
「でも、もし」
「そうだな。本当に水晶を光らせることが出来るのであれば、王位を譲っても良い」
「何をおっしゃるんですか」
国王の言葉に、王太子ランズベールが驚いて進み出る。
それはそうだ。
王弟が国王になれば、そのあとを王弟の息子が継ぐことになるかもしれないのだ。
ここに至って、ランズベールは自分も呼ばれた意味を悟ったらしい。
「それともおまえも試してみるか」
「そんな」
合理的で科学を重視する王太子は、本当に水晶が光ると思っていなかったらしい。
王太子はしばらく考え込んだ。
「別に王位は継がなくてもいいですが、このようなことを明らかにするのは良いことだとは思えません」
ややあってランズベールは言った。
「叔父上が加護をお試しになって駄目だったとして。私やランドールも光らないということになれば、精霊王の加護自体に疑念が出てきます」
それは良くないとランズベールは言う。
そもそも、国王の儀式のときに水晶が光らなかったのは発端だ。
疑惑があった以上、密室で行って光ったと言い抜けるのも難しいのではないか。
国王の王位継承の正統性に疑念が残るのは好ましくない。
ランズベールが述べるのに対し、王弟から異議が唱えられた。
「衆目のある所で誰かが水晶を光らせることが出来れば、その者が王でよいだろう。
他に人がいなければ光らないというものでもないのだろう?」
その問いはフレイヤに向けられていた。
そう言えば、さっき、皆の前で光った。1人で祈るの1人の部分は必須ではないのかもしれない。
「もし誰も光らせられなければ、デュアルフ伯の娘の言う通り、ランドールが継げばいい」
デュアルフ伯の娘。
先程のやり取りを踏まえて王弟が言った。
それを聞いていない国王陛下と王太子殿下は、もちろんそんな大したことのない伯爵家の令嬢のことなど知らなかった。
だが、そこにたたずむフレイヤのことは気にしていたようだ。
「そもそも、その娘は何者ですか?何故、ここに?」
「この娘は加護を持っている」
「まさか」
疑惑の声が上がるのをしり目にフレイヤは守りの水晶に近づいた。
手を触れると水晶が光を放つ。
ついでのように、フレイヤの左手も光った。
もう、王弟やランドールには目新しくないのだろうが、国王と王太子はたいそう驚いた。
信じられないとばかりにまじまじと手首のあたりを見つめる。
何の種も仕掛けもない、光が紋章の形を作る。
「まさかこんな」
「デュアルフ家の娘なのか」
「伯爵家の娘に顕現するなんて」
「どういうことだ」
口々に問われても、それはフレイヤも知らない。
ただ、この部屋で。殺されかけて。
それを助けてくれたのなら、精霊王は慈悲を持つ王なのだろうと思うだけだ。
「なんだかうるさいな」
誰かが部屋に入ってきた。
精霊王の間で、王族ばかりが集まっているところに割って入る。
その堂々とした振る舞いをフレイヤは知っていた。
しかも、後ろには彼女の双子の妹までいるではないか。
「ローラン。何故ここに?」
「義姉上がうるさいからだ」
ローランがフレイヤの方を見て顎をしゃくる。
「義姉上?誰が?」
「おまえだ。俺はフルールを娶ることにした」
「そうなの。前々から話し合ってはいたんだけど」
フルールが頬を染め、喜びをあらわに微笑む。
とても場違いだ。
こちらは深刻な話をしているのだが。
「それはよかったわね、おめでとう」
さっさと立ち去ってくれないか、と思ったものの、そもそも2人はどうやって入ってきたのだろう。
ここは神聖な精霊王の間で、許可なく立ち入ることはできない。
しかも、今は、国王はじめ王族が集まっているのだ。護衛騎士は何をしているのだ。
「おまえは何者だ」
王弟がぐいと前に進み出た。
兄と甥たちを守るように距離を取る。
まずは気が利く人から行動を起こすのだな、と、フレイヤは面白く思った。
ランドールはフレイヤからローランのことを聞いているので落ち着いていて、国王と王太子は不審げにしているのみだ。
王弟が自分が立ち上がらねばと考えた理由がわかる気もする。
「人に名を聞くなら、自分から名乗るものだな」
悠然とした態度のローランに、王弟はカッとなったようだ。
「何を無礼な」
手を伸ばしかけた王弟が跳ね飛ばされ、くるりと円を描いて床に転がった。
「な、なにが」
王太子がきょろきょろと周囲を見回す。
ローランの身体が光っている。
精霊王の紋こそ見えないが、身体全体が神々しい光を纏っている。
「俺はローラン。精霊の王だ」




