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16 フレイヤ、社交界デビューをする

いろいろと思い悩むことはあれど、貴族の令嬢として、やらなければいけないことはこなさないとならない。

それも上手に。

社交界へデビューすること。それはとても重要な通過儀礼だ。

ついに王宮で行われる舞踏会の招待状が届いた。

社交界デビューの記念すべき第一歩だ。

まずは交友関係を広めること。

いい結婚相手を見つけるためには伝手が必要だ。

目的の男に近づくために、情報通の貴族に混じって噂話に耳を傾けられるようにならなければ。

娘をデビューさせるのは父親にとっても重大なイベントだ。

デュアルフ伯爵はわざわざ着付けの女性まで呼んできた。

彼女は平民だが、裕福な商家の生まれで、服飾品に対する目が肥えていたらしい。

そこを買われて侯爵家の侍女に抜擢されたというから驚きだ。

「じゃあ侯爵家でも同じ仕事をしていたことがあるんですか?」

「もちろん。カレル侯爵夫人にはとてもよくしていただいて」

彼女は自慢げに言った。

「お嬢様の着付けをすることになったのもそのご縁ですもの」

フレイヤは驚いた。

父親がこんな腕のいい女性をどこから見つけてきたのかと思っていたが、侯爵家のツテとなるとまた驚きだ。

いつの間に食い込んだのだろうか。

前に人生ではずっと王宮で地道に働いていたから、実家がいつの間にか裕福になっていたことに気付かなかった。

父がいろいろ援助してくれていたら、フレイヤの王宮生活はもっと楽だったと思われるのに。

ただ、父も悪い人ではない、きっと気が付かなかったのだ。

そう思って、これからは自分がもっとフルールへの支援に気を配ろう。

フレイヤはそう心に決めたのだった。


デビューの舞踏会自体は粛々と進んだ。

他のデビュタントたちと並んで、最初のダンスは父親と踊った。

その後、父親の知り合いの家の令息を紹介された。

最近になって小金持ちにはなったけれど、以前は貧しくてお茶会などの付き合いにも出ていなかったので、フレイヤ自身の知り合いはとても少ないのだ。

「踊っていただけますか」

ブライアンが現れた。

裕福な侯爵家の令息にふさわしい服装をしている。

刺繍や袖のレースも見事なものだ。

「知り合いか」

デュアルフ伯爵がフレイヤの耳元で囁いた。

「大叔母様の」

フレイヤも囁き返す。

「びっくりだな」

それはそうだろう。

侯爵令息が娘をダンスに誘ったら、その辺の伯爵はみんな驚く。

既に何度か会っていることを話しておくべきだった。

「今日もとても美しい」

ブライアンが微笑んだ。

まさに貴公子で、ブライアンの方が美しいのではないかと思う。

さすが侯爵家の御曹司だけあって、ブライアンは踊るのも上手かった。

滑るような滑らかなステップを踏み、リードも巧みだ。

そういえば、前の人生でもブライアンは社交界で大人気の貴公子だった。

なのに、何故、デビュー前のしがない伯爵家の娘に誘いをかけるのだろう。

フルールが付き合っていた時は特に不思議に思わなかった。

見た目は美しいし、フルールは心根が優しくて言動が愛らしい。

なので、ブライアンという男は人を見る目があったのだろうとくらいに考えていた。

だが、いざ自分が付き合うとなると、何故、声をかけてきたのだろうというのが先に立つ。

ぼんやりと志向を巡らせている間に曲が終わった。

「もう一曲いかがですか」

ブライアンが言う。

「婚約者でもない相手と何度も踊るのはよくない」

後ろから声がかかった。

低めの声は丁寧な物言いだと甘く響く。

フレイヤには誰かすぐにわかった。ランドールだ。

「殿下」

ブライアンが振り返った。

「彼女は今日が舞踏会に初めて出席するデビュッタントですよ」

「だからこそ、王族の俺が踊ってやろうというのだ。なに、気にすることはない。おまえで4人目だ」

最後の言葉はフレイヤに向けられていた。

「光栄です」

デビュッタントの令嬢の箔付けのために、その場にいる身分の高い貴族が踊ってくれるというのは聞いたことがある。

父親はきっと喜ぶだろう。

フレイヤはブライアンに軽く礼をしてランドールの手を取った。

「タイミングを見ていたんだ」

「なんのですか」

「おまえがブライアンと踊るのをだ」

「ええと、それはどういう?」

「一曲くらいは社交辞令だが、親しくなろうとしていたら、声をかけようと思っていた」

「なんでそんなこと」

「目の前でかっさらってやったら楽しかろうと思ってな」

それで踊り終わったタイミングで声をかけてきたのか。暇人め。

「またつまらなそうに踊っていただろう」

「どちらがですか」

「どっちもだけど、主におまえが」

確かにランドールの言うとおりだった。

フレイヤはぼんやりと上の空で踊っていた。

だが、言い訳をするのであれば、デビューという大舞台で緊張していたのだ。

「楽しむほど余裕がないんですよ」

今日のところは恙なくこなすというのが一番の課題だった。

「会話をするのも仕事の内だぞ」

「してましたよ」

「話しかけられて返事だけするのを会話とは言わん」

そうだっただろうか。

考えてみるとそうだったかもしれない。

上手くやろうと思うあまり、話自体は適当に流していた。

ブライアンとは何を喋っただろうか。

「私、何を喋ったかしら」

「覚えてないのか」

「なんか、興味を引く話じゃなかった気がします」

着ていたドレスを褒められて、流行りのデザイナーの話をされたような気がする。

そう告げるとランドールはあきれたように肩をすくめた。

踊りながら肩をすくめるそぶりをするとは器用なものだ。

「おまえが興味があると思って話してくれたんだろう。女はドレスの話が好きだしな」

なるほど。気を使われていたのか。

「おまえは好きじゃないのか」

「手の届かないところのお話だと思ったので」

侯爵家が行くような高級な店では何も買えないだろうし、買えない店に行っても仕方がない。

「じゃあ、なんに興味がある?」

フレイヤが一番関心があること。それはフレイヤ本人とフルールの安全と幸せだ。

前の人生のように変なことに巻込まれる前に王宮を去ること。

それが何より大事だ。

だが、娘が王宮の侍女であるということは、父親にとって大事なことだ。

ユリアーナの侍女として重用され、ゆくゆくはユリアーナが産む子供の乳母になれれば

デュアルフ伯爵家の力が増す。

フレイヤはそれがわかっていながら、ユリアーナの機嫌を取って栄達を目指す道は取らなかった。

それは、叶えばいい程度の話で、本気で画策するようなことではないからだ。

フレイヤよりももっと適任の侍女のすることだろう。

適当なところで退いて、穏やかに暮らしたいと思っていた。

そもそもユリアーナは未婚の王女だ。どこか他国で結婚でもしたら嫁ぎ先に連れていける侍女は限られている。

そうしたら、家に戻るか女官になるかだ。

前の人生でのフレイヤは、女官になろうかと思っていた。

その前に命を絶たれてしまったが。

今、侍女として王宮にいるフルールは、出世を望む父親の意向を知ってか知らずか、特に何もしていない。

人を押しのけてまで出世したい性格ではないのだ。

フレイヤと同じように、毎日祭壇を磨いて地味に過ごしている。

そんな妹の幸せを願うことが、フレイヤの一番の興味関心だ。

「私、無趣味かもしれません」

考えながらフレイヤは言った。

フルールのために手助けがしたい。

それ以外は、他から課せられた『やるべきこと』だ。

領地を治める為の勉強も、いい夫を見つけ、家を治めるための淑女教育も。

「やらないといけないことばかりに追われている気がします」

「いいんじゃないのか」

ランドールは肯定的だった。

「やりたいことをしていられるのは幸せなことだ。残念ながらそうじゃない人間の方が多いだろう」

「殿下もですか」

「そうだな。驚いただろう」

「驚きはしませんけど」

周囲からはのんきに遊んでいる第二王子だと思われているが、王族であれば課せられるものも多いのだろう。

彼がいろいろと尽力していることを、もう、フレイヤは知っている。

「それで。おまえのやらんとならんことはなんだ」

「妹にいい嫁ぎ先を見つけたくて」

やりたいことはフルールの幸せを望むことで、やらないといけないことはフルールの嫁ぎ先を見つけることだ。

いい嫁ぎ先があれば、円満に侍女を引退することが出来る。

「自分じゃなくて妹か」

「妹は王女殿下の侍女なのです。出会いの機会が無くて」

「王宮勤めならいくらでも相手が見つかるだろうよ」

フレイヤにはそうは思えなかった。

何故なら、前の人生であまりいい相手に出会わなかったからだ。

遊び相手を探しているようなチャラチャラした貴公子ばかりで、結婚相手に良さそうな男はいなかった。

「使用人の縁談なら、主人が紹介してくれることもあるしな」

「ちょっと望み薄です」

確かにランドールの言う通りで、仕えている主人がいい縁談を持ってくることはある。

しかし、フルールの主人であるユリアーナはまだ幼い。

気を利かせることはないだろう。

「義母上が手配すべき分野なのだろうな」

ランドールと王太子である兄の母親であった王妃は流行病で亡くなっている。

今の王妃は後添いに入ってユリアーナを産んだが、まだ若く、今も少女のような振る舞いが目につく。

あまり王宮や使用人の管理には熱心でないという評判だ。

「せめて、デビューの時期にお宿下がりがあるといいんですけど」

そうしたらフルールも舞踏会に出られる。

「あったと思ったぞ」

「え?」

「義姉上の侍女がそのくらいの年齢で、どうするか話していた」

ランドールの兄と言えば王太子殿下で、その妻は他国の王女だ。

「結局、その侍女は辞めたと思ったが」

「なんだあ」

やはり辞めないと駄目なのだ。

難しいものだ。

「だいたい、おまえや妹の縁談なら、おまえの親がなんとかすべきだな」

「父に任せておいたらどんな人になるかわからないですもの」

商売の縁があったとかで、ものすごい爺さんを連れてこられても困る。

「それでブライアンか」

ランドールが鼻で笑った。

「婿には向かんと思うがな」

その言い分に腹が立つ。

「ブライアン様のことは対象に考えておりませんよ」

フレイヤはぴしゃりと言った。

「そもそも侯爵家なので不釣り合いでしょう」

「理由が家柄とはつまらん女だ」

「デビュッタントに面白さを求めないでください」

「年齢ではないが。おまえには初々しさが足らん」

フレイヤはぐっと詰まった。

残念ながら4年ほど巻き戻ったので、通算で言えば20歳だ。

社交界的にはそこそこの年増だ。

考えながらステップを踏むうちに曲が終わりに近づいてきた。

自分が名残惜しいと思っていることにフレイヤは気が付いていた。ランドールと踊る機会なんてそうそうあるものではない。これが最初で最後かもしれないのに。

なんだか普段通り、憎まれ口をたたいてしまった気がする。

ふいに、ランドールが言った。

「口をきいてやろうか」

「え?」

「これでも王子だからな。誰かに言って休みを取らせる程度のことは出来るぞ」

思いがけない申し出にフレイヤは固まった。

「本当ですか?」

「ああ。ただしタダとはいかん」

ランドールがにやりと笑った。

「淑女のくちづけを」

一瞬、聞き間違えたかと思った。

ランドールがそのような冗談を言ったのは初めてだったので。

本気だろうか。

お堅い侍女に対する戯れか、ブライアンの鼻を明かしたいとでも考えているのか。

フレイヤには誰かとキスをした経験がなかった。今の人生でも、前の人生でも。

でも、それがなんだというのだろう。

身体を要求されたわけではない。

口と口がちょっとひっつくだけだ。

「わかりました」

返事と共に曲が終わり、フレイヤはさりげないエスコートと共にベランダに押し出された。

「本当にいいのか」

「はい」

唇を引き結んで目をつぶった。

身体が震えるのを悟られないようにドレスのスカートをぎゅっと握る。

男の身体が近づいた気配がしたが、なかなか唇には触れない。

するなら早くすればいいのに。

そう思ったとたん、首筋に冷たい指が滑ってきてうなじを撫でた。

「きゃっ」

思わず変な声が出てしまった。

「なんだ。充分初々しいじゃないか」

目を開けるとランドールが笑っていた。

からかわれたとわかってフレイヤは真っ赤になった。

「殿下」

「変な男に引っかかれないように気をつけろ」

耳元で囁き、そのままランドールは次のデビュッタントと踊る為にホールに戻っていった。

変な男というならおまえがそうだろう、と苦々しく思う。

王子と付き合っても結婚は出来ない。

貴族女性はきちんと打算で付き合う男を見定めるものなのだ。

それはわかっているのに、気持ちはそうは動かない。

難しいものだ。

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