15 フルール、爆弾発言をする。
フレイヤがブライアンが知り合ってから半年近くが過ぎていた。
観劇に行ってから、何も進展していない。
やる気とかの問題ではない。
侯爵家の領地で蝗害があり、ブライアンは父親である侯爵と共に対応に追われていたのだ。
来年には天候不順で全国的な不作になる。
前の人生では気づいていなかったが、もう今年から食糧不足は始まっていたのだ。
2年続いたせいで、被害が大きくなったのだろう。
それを考えると憂鬱だ。
そんな気持ちとは関係なく、フレイヤの社交界デビューが近づいていた。
令嬢をデビューさせるにはお金がかかるものだが、それは大丈夫なようだった。
フレイヤの家はそもそも作物が育ちにくい。穀物ではなく、瘦せた土地でも育ちやすい種類の芋を育てている。
それが逆に良かった。芋は麦ほど天候不順の影響を受けず、フレイヤの勧めもあって増産していたので十分な量が確保できた。食糧が不足しているところにつけこんで、上手に売りさばくことで多大な利益を得ることができたのだ。
今のところは、他の貴族のような打撃を受けずにすんでいる。
デュアルフ伯爵はブライアンのことは、家格が違いすぎるので、侯爵家の反対で上手くいかないだろうと現実的な見方を示していたが、娘がデビューして、いい相手を見つけること自体は望んでいた。
いいドレスを仕立てるお金も用意してきた。
しかし、フレイヤは気が進まなかった。
もちろん、フレイヤもいい男性と巡り会って結婚したいと思う。
どうにもならない王子様に現を抜かしている場合ではないこともわかっていた。
だが、彼女は妹の人生を変えてしまった。
侯爵令息であるブライアンと愛し合う人生を。
あのままフレイヤとフルールが死んでしまったら、幸せに添い遂げるまでには至らなかったので、やり直しが悪かったとは思わない。
でも、その瞬間の、お互いの気持ちが通じ合う喜びなどを奪ってしまったことは事実だ。
それをリカバリーするためには、フルールとブライアンを会わせるのが重要だ。
だが、まだ『王宮に出仕している妹を紹介する』ところまでは至っていない。
前の人生でフレイヤ自身もブライアンに会っていなかった。
王女の侍女というものは、それだけ一般社会から隔絶されているのだ。
自分が行けないのもあって、フルールはフレイヤの社交界デビューをとても楽しみにしていて、ドレスが見たいと残念がった。
「私は、ルーがデビューの舞踏会に出るべきじゃないかと思うの」
フレイヤは言った。
デビューに王宮での舞踏会に出ることは貴族令嬢のあこがれだが、誰でも出られるというものではない。デュアルフ伯爵家くらいなら、地元やもうちょっと格の落ちる舞踏会に出るのが普通だ。
つまり、王宮で、というのは、父であるデュアルフ伯爵が手を尽くして工面した招待券なのだ。
本来行かなかったフレイヤがそこに行くことは、フルールのチャンスを奪ってしまったように感じる。
「私はこれからだっていつでも王宮の舞踏会に参加できるから」
嘘ではない。ブライアンと付き合っていれば、そういう機会も多いだろう。
フレイヤの言葉にフルールは首を振った。
「何を言ってるの。大事な一生に一度のデビューじゃない」
「フルールだって同じだわ」
「私は…本当に出なくてもいいと思っているの」
「なんで」
「特に興味がないからかなあ」
その様子は本当に興味がなさそうに見えて、フレイヤは茫然としてしまった。
「レイが言うブライアン?のことも。あんまり会う気しない」
「え?恋人だったのに」
「それはレイが言う前の人生のことでしょう?その時の私はその人が好きだったのかもしれないけど」
今は会ったことのない人だからと言う。
「会ってみたら素敵だと思うかもしれないじゃない」
運命のように愛し合うかも。
「どうだろうなあ」
フルールは曖昧に笑った。
「今の私はその人と愛し合いたくないかもしれないわ」
彼女は真剣な眼差しでフレイヤの手を取った。
「私、好きな人がいるの」
そう言ったフルールが自分よりもずっと大人に見えて、フレイヤは唇を噛んだ。
「レイがずっと私のことを気にかけてくれてるのはわかってるけど。でも、私はブライアンとは結婚できない。 ブライアンだけじゃなくて、彼以外の人とお付き合いは出来ない」
フルールは決して声を荒げたわけではなかった。
静かに、淡々と、しかし強い決意を告げた。
「好きな人だなんて。どこのどいつよ」
「ローラン」
それは、たまに会うという騎士のことだろうか。
フルールが出仕してすぐの頃から、菓子をもらったり、いろいろ気遣ってくれた話は聞いている。
そういえば、最初の頃は何度か話を聞いたが、その後は全然話に出てこなかった。
「変わったお菓子をくれた人だっけ」
「そうよ。その後も、時々会ってた」
「話に出なかったわ」
「だって、わざと内緒にしていたんだもの」
フルールは面映ゆそうに微笑んだ。
「とても素敵な人なの。話してフレイヤも素敵だと思ったら困るじゃない」
フレイヤは言葉も出なかった。
なんということだ。
フルールはその男を好きになったから、その男の話をしなくなったのだ。
本気で好きになって、彼を双子の姉に盗られたくないと思ったから。
でも。
フルールが秘密を作るなんて。
フレイヤはそのこと自体に衝撃を感じていた。
でも、思えば前の人生でもそうだった。
フルールはブライアンと出会い、恋人同士になっても、フレイヤには教えてくれなかった。
何でも話していた仲良し姉妹なのに、その理由がわからず、ずっと不思議だった。
今、わかった。
おそらくは、今と同じように、恋人を見せてフレイヤに盗られたくないと思ったから。
フレイヤは自分よりもおっとりして人のいい妹を、自分が庇護しないといけない存在、自分の一部のように感じていた。
だが妹は自立した一個の人格で、フレイヤが妹を思うようには思っていなかったのだ。
「そんな、会ったことない人は好きにならないわよ」
衝撃を押し隠してフレイヤは言った。自分は妹の恋人を取るような人間ではないという意思を込めて。
「そうね。会ってもないのに好きにはならないわよね。私も、ブライアンは好きにならない」
フルールの意志はハッキリしていた。
「わかった。紹介しない」
「そうして。それに、前の人生で彼が私たちの見た目を見て好きになったんだったら、私よりレイを好きになるんじゃないかしら」
フルールが綺麗に結われたフレイヤの金髪のカールを軽く引っ張った。
「ローランはどうなの。美人に弱いんじゃないの」
「どうかしら。私がこんなでも気にしないのは確かだけど」
フルールは地味な茶色に染めた髪をひっ詰めている。
眼鏡をかけて体型に合わない服を着て。
見た目ではないということか。
しかし、パっと見た感じは誤魔化せても、近くで話せば美しいことはわかるかもしれない。
眼鏡の奥の瞳は澄んで、肌もとても綺麗だから。
「どこの家の人なの」
「聞いてない」
「ええ?」
前にも聞いていないと言っていて、フレイヤは呆れたものだったが、まだ進展していないのか。
「多分、とてもいい家の人だと思うの」
物腰がそのへんの男性とは違うのだという。
身に着けている物などは特に目立つものはないのだが、話すと深い教養があるのがわかる。
たまに差し入れてくれる品もあまり見ないようなものだ。
フルールは王女であるユリアーナ付きの侍女だ。
フレイヤもそうだったように、王女の使う上質なもの、高価なものを見て目は肥えている。
そのフルールが珍しいと思うのだから、それはかなりの逸品だ。
「だから、お付き合いとかは無理なのかなって思うの」
「付き合ってないの?」
フレイヤはうっかり大声を出した。フルールに身振りで諫められる。
「男女のお付き合いという意味では」
「じゃあ、どういう付き合いなのよ」
「たまに会って、お話するだけ」
フルールはそっと身を掻き抱いた。
「でも、それだけで、震えるような喜びを感じるの」
それは本当なのだろう。頬を薔薇色に染めたフルールは美しかった。
幸せであるとはっきりわかる。
「ローランは私に何も要求しないわ。触れもしない。ただ、言葉を交わすだけ」
だから何も言わずに見守って欲しいとフルールは言う。
その真っ直ぐな気持ちはフレイヤにも伝わった。
伝わったが。
それでいいというものではない。
今だけ、というが、貴族女性の適齢期は短い。
結婚できない立場だというのであれば、無駄に気を持たせるのも罪ではないか。
フレイヤはそのローランと言う男を探すことに決めた。
名前すら偽名かもしれないが、高位貴族で早くから王宮に出入りしていた護衛騎士であれば
誰も知らないということもないだろう。
ローランの正体を暴かなくては。
フレイヤはそう思ったが、当然のように伝手がなかった。
とりあえず貴族名鑑をあたって侯爵家までは当たってみたが
ローランと言う名前のそれらしき年齢の男はいなかった。
偽名かもしれない。
建国神話の精霊王がローランと名乗ってこの国の王を助けたのは誰もが知っている。
それにちなんで息子にローランと名づける親は多く、要するにこの国ではよくある名前なのだ。
単に若い娘をひっかけて遊ぼうということであれば、本名を名乗る必要もない。
ただ、それにしてはフルールとの付き合いは長い。
出仕してすぐに名前を聞いているからもう2年になる。そして、その間、なにもされていない。
もちろん、思うより下の爵位の家という可能性もある。
高位貴族であるだろうというのは、フルールの見立てに過ぎないからだ。
フレイヤはランドールと接して『話すだけで身分が高いとわかる』とはならなかった。
ジョーとして振る舞う時は、わざと粗野にしているのかもしれないが、王宮で会うユリアーナの兄としても、『そうでもない』というジャッジだ。
ユリアーナも母に似て美人に成長してきているが、気品と言われると疑問が残る。
フレイヤに残る記憶で威厳があると思われるのは王太子くらいだ。
それも、直接話したことがないからそう見えただけかもしれない。
ローラン。
どんな男なのだろう。
これは絶対に本人に会わなくては。




