立ち込める暗雲
こうして俺たちは三人の戦闘班で、アウレウス騎士団として活動することになった。
初めての依頼は、ラガルディア王国から離れた場所に生息していた大型の魔物の討伐。アースタートルという名の巨大な亀の形をした魔物で、ゆっくりと近隣の村へ迫っているとのこと。ランクはSだと言われた。
だが、苦戦することはなかった。
ガーネットが敵の攻撃を防ぎ、サーシャが銃で敵を怯ませる。そして、俺が魔法を放って終わり。たったそれだけだ。
ヘルドレイクと同じランクだから当然と言えば当然だが。
俺たちの早すぎる 凱旋は騎士団の予想を大きく上回るもので、団員たちには、本当に倒し終えたのか再三聞かれるはめに。特に面倒だったのがタイソンだ。
「一日で倒せるわけないですよ! 新入りが、それもたった三人でランクSを!」
唾をまき散らすくらい、わめき立てるタイソン。その体格も相まって、大きな豚が鳴いているみたいだった。
「落ち着きなさい、タイソン。 ちゃんとアースタートルの牙を一本を持ち帰ってきたんだ。 それが疑いようもない証拠であろう? それに、回収班が向かっている。 すぐに彼らの言葉が正しいとわかるはずだ」
グラディウスは手に持った岩のようにゴツゴツとした牙を、タイソンに見せる。牙は彼の手のひらに収まりきらず、その半分以上がはみ出していた。
回収班とは、その名の通り討伐した魔物を回収するチームのこと。
だが、タイソンはまだ諦めていない。
「おいお前ら、次はどんなインチキを使ったんだ?」
「だから、インチキなんて使ってませんよ。 これが俺たちの実力です」
少々角が立つような言い方になったのは否めない。さすがにムカついていた。
「なんだと……? 生意気な……!」
「タイソン、お前は今すぐ戻れ。 今日は夜の見回りもあるだろ?」
「ですが!」
「言葉だけではわからないか?」
重みのある静かな物言いで、タイソンは目に見えてたじろいだ。小物臭がぷんぷんする反応だった。
見ていて多少は気が晴れる。
扉が閉まるまで、彼はあの不服そうな顔を俺に向けっぱなしでいた。
「すまない。 タイソンはあんな他人を貶めるようなやつではなかったのだが…… 最近、少し変でな」
「タイソンさんが……? それは本当なんですか?」
「ああ。 ほんの数日前までは、誰にでも優しいやつだった。 周りからは、面倒見がいいと評判だったのだが……」
「とてもそんな風には……」
ガーネットが控えに否定する。
それもそうだろう。何があったら、そこまで豹変できるというのだ。
「私もあやつの変化には驚いている。 何の前触れもなく、急にああなったのだ。 タイソンだけではない。 他の数人も」
「あんなに疑うことないのに」
「あいつらの当初の見積もりは、三、四日だった。 それが一日となれば、こういう反応になるのは必然だろう。 一応私たちは、位的には一番下だからな」
フードを深くかぶるサーシャが言う。
グラディウスには「君たちなら数時間もあれば問題ない」と言われた初依頼。だが、周りは俺たちのことを相当低く見ていたらしい。
「そっか……」
「恩人様の凄さに気づかないなんて、ひどい人ですよ。 次あんな事を言い出したら、私がこの盾でひっぱだいてやります」
ガーネットはその場で盾を素振りをし始める。しかも、その盾は単なる木の板ではなく、騎士団支給の立派な鋼鉄製のものだ。その勢いたるや、普通の人間なら軽々と吹き飛ばされそうなほどである。
「盾って、すごい凶器だったんだな……」
ちなみに、盾の正面には金色のバラが彫ってある。俺の持つ剣の鞘にも同じ紋様が。トゲのないバラがアウレウス騎士団のマークらしい。『一つの傷もなく、一つの傷もつけない』という意味が込められているとか。
結構かっこいい。
しかしだ……
「それにしても、タイソンみたいな考えのやつが他にもいるなんて」
「やっぱり、例外的な入団の仕方を快く思っていない方もいるということでしょうか?」
「そうだろうな。 あいつらにとって、私たちは異端だというわけだ。 戦果をあげられるのは気にくわないんだろう」
「これから先、大丈夫かな……」
急に上手くやっていける自信がなくなる。
「恩人様は優しい人です。 すぐにみんな気づいてくれますよ。 それに、恩人様がどちらの選択をしても、私はただ後ろをついていくだけです」
「私もだ」とサーシャは賛成を示す。
胸の辺りで暖かいものがジワリと広がる感覚。俺は思わず立ち止まってしまった。
二人は不思議そうに俺を見つめる。
「みんなと出会えて、本当に良かった」
そう思って、俺は…… ん?
あれ、待って。今、俺口に出さなかった?
「もう、恩人様…… いきなり大胆になるんですから……」
「わ、わ、私も、お前と会えて良かった……」
ほっぺたを抑えて、身体をくねらせるガーネット。そして、急に冷静さを欠いたサーシャの声。
導きだされる答えは一つ。
「待って! 今の忘れて!心の声だから! 聞かれちゃだめなやつだから!」
「生涯忘れることはないと思います」
「心に留めておく」
二人はしみじみと言う。
基礎好感度が上昇の通知が来た。気持ち悪がられなかっただけマシか……
「あ、みんな!」
西日に照らされた中庭にある通路の先で、こちらに手を振るミカ。隣を歩くのはレイラだ。
「あれ、シン。 何か顔色悪いよ? 回復魔法かけよっか?」
「大丈夫、この傷は魔法じゃ治せないから……」
「え、どういうこと?」
「時間だけが…… この傷を癒してくれる……」
口を開けたままでいるミカ。
どうやら俺の言っていることは通じていない。いや、通じなくていいのだが。
「どうでしたか? 医療班のお仕事は?」
「疲れたけど、すごいためになったよ!」
やはりこの会話、ガーネットが母でミカはその娘にしか見えない。
「医療班はどんな仕事をしていたんだ?」
サーシャが、ミカに対して聞く。
「えーっと…… なんていうか……」
「依頼で傷ついた団員たちの治療です。 それがない時は、一般人の回復を手伝います。 まあ、戦争でもない限り、後者が私たちの主な仕事になりますね」
答えられないミカの代わりに、レイラが丁寧に教えてくれる。
しかし、質問をしたサーシャは釈然としない顔をしていた。
「どうされたんですか……? あ、私はまだ認められていないんですね……」
「いや、家族の居場所を作ってくれたお前には感謝している…… はずなんだが」
歯切れの悪いサーシャを見て、レイラが柔らかく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私もそんなすぐに打ち解けられるとは思っていません。 人間がベスティア族にしてきたことはわかっています」
「悪い……」
「そんな顔をしないでください。 それに、他の皆がどう思おうと、私はあなたたちの入団を歓迎していますよ」
レイラの言葉を聞き、俺はホッとした。騎士団の中でも、こうやって両腕を広げてくれる人はいるのだ。
「そういえば、ローレンス副団長からは何か謝罪の言葉はありました?」
「あー、それが……」
俺は依頼に赴く前に、ローレンスに無視されてしまったことを話した。
「はあ…… まったくあの人は……」
レイラは顔を手で覆った。
「時々子供っぽい事をするんですよ、あの人。 今日は特にそれがひどくて、私にも口をきいてくれなかったんですよね」
「何か考え事をしてるみたいでしたよね」
ミカが付け足す。
「模擬戦で負けたことを、まだ根に持ってるのかもしれません。 しばらくすれば元どおりの、むっつりさんに戻ると思うので……」
「それって、見分けつくの……?」
正直、ローレンスは普通の状態でも寡黙そうな人だ。
それにしても、タイソンといいローレンスといい、俺が入団してからあんなになってしまったのだろうか。
俺が入らなければ、あの人たちは……
実はタイトルを変えました。
いい感じのタイトルが他にないか模索中です……




