騎士団の洗礼
翌朝、俺たちはすぐに王宮へと向かった。
「そうか、入団してくれるか!」
グラディウスの声は今までにないくらい大きかった。
「はい」
「とても嬉しいよ。 アウレウス騎士団へようこそ」
この一言で、俺たちはアウレウス騎士団の一員へとなったのだ。全く実感がない。
「早速だが、君たちを班ごとに組み分けよう」
「それって、みんなバラバラになるってことですか?」
ガーネットが不安そうに尋ねる。
「そうだ。皆、適材適所で振り分けることによって、それぞれの力を最大限に発揮できる」
「まずは…… ミカ」
「は、はい!」
緊張しているのか、ミカの声はかなり上ずっていた。
「君は回復魔法に長けているらしいね。 レイラから聞いているよ」
「回復魔法しか使えないだけで、別にすごい訳じゃ……」
「十代で皮フのほぼ完全な再生ができるのはなかなかのものだ」
真意はわからぬが、グラディウスが言うと確かな重みがある。
「君はレイラと共に医療班についてもらう。 詳細は彼女から聞いてくれ」
「わかりました!」
ミカは小走りに、扉の外で待っていたレイラの元へと向かっていった。
「君たちは…… 剣、盾、銃。 役割が良い具合にばらけているな。君たちは同じ班で大丈夫そうだな」
つまり、ミカ以外はみんな同じ班ということか。新しいクラスに知り合いが多くいた、あの安心感に似てる。ミカと一緒になれないのは残念だが。
「あの、一つ質問があるんですけど……」
俺はどうしても聞いておきたいことがあった。
「構わない。何でも聞いてくれ」
「魔王の討伐って、どうなってるんですか?」
そう。これこそが俺たちの最終目標。魔王を倒して、この世界の英雄になりたい。
それを聞いたグラディウスの目が一瞬、刃のように鋭くなった気がした。だが、すぐにあの優しい瞳に戻る。
「ほう。 魔王討伐を志しているか」
その声はひどく沈んでいた。
「は、はい」
「正直なことを言うと、現段階でそれは不可能だ」
「え、どうしてですか?」
「魔王イブリース。 数百年前突如出現し、ルクサルデという大国を瞬く間に壊滅させたと言われる悪の権化であり、我々人類の最大の敵」
初見の内容がずらりと並ぶ。これも常識の範囲内なのだろうか。
グラディウスは続ける。
「今のところ、ラガルディアを含むほぼ全ての国が魔王討伐同盟を結んでいて、百年に一度ほぼ全兵力を投入していた。 だが、今に至るまで魔王に傷一つつけるどころか、ルクサルデにたどり着いた者さえない」
「そんな…… 全兵力って…… どのくらい何ですか?」
俺は固唾を飲み、次の言葉を待つ。
「約一万だ。 中には各国の団長もいた」
驚愕の数字だった。ローレンスを超えるような騎士が何人もいるだろうに、それでも歯が立たないというのか。
途端に魔王が途方も無い存在に思えてきた。
「そんな人数が、どうやって……」
「わからん。 誰一人として、帰還しなかったのだ」
何が起こったか伝えられる口がなかったというわけだ。
「そして、百年周期はもうすぐなのだが…… 各国の間には既に無力感が漂っている。さらに、拍車をかけるように起こった、ナハス王国とベスティアの戦争。 少し前に戦力提供はできないという旨の書状が届いた」
「じゃあ、魔王の討伐はしないということですか?」
「少なくとも、ナハス王国の戦争が終わるまではな」
「でも、その間に魔王から攻めてくることはないんですか?」
俺は最大の疑問を投じる。
こんな悠長に構えていていいのか。
「それが最大の謎だ。 魔王は旧ルクサルデから出るような動きを見せたことがない。 詳しいことはわからぬが、一説によると……」
「四大賢者による封印」
うわ言のように呟やいたのはガーネットだった。
俺たちの視線が集まったことに気づき、彼女は慌てて謝罪する。幸い、というか当然、グラディウスはそんなことで気を害したりはしなかった。
「その通りだ。 ルクサルデの四大賢者と呼ばれる魔法の最高峰たちが、魔王の動きを制限したと言われている」
「そんなことが……」
ルクサルデ、魔王討伐同盟、四大賢者。簡単な話ではなさそうだ。
「だが、よく知っているな。 その時の文献は数少ないというのに。 特に四大賢者についての記述は、この国でも二、三冊程度だったと思うが……」
「私の生みの親が、昔のことを研究してて。 そういう話を、よく聞かされました」
ガーネットは、変なところで一拍置いていた。まるで一文字一文字、言葉を発する前に精査しているような。
一人怪しむ俺に対し、グラディウスは感心するように首を振った。
「だが、記述が真実であったとしても、代わりに魔王の配下が至る所で大きな傷跡を残している」
「それが、堕天使……?」
「ああ。 奴らは既にいくつもの村や街を破壊している。 一個体の戦力は、団長クラスと言って良い」
では、あの黒騎士はグラディウスと同等の力があったということなのか。
「我らが今なすべきことは、自国の安寧を守り抜くこと。 その中で、来るべき終戦に向け、力を蓄えなければならないか」
グラディウスはそう話を結んだ。
「なにはともあれ、君たちには早速、初依頼を与えることにしよう」
王宮を出る道すがらで、俺たちは奥の方から歩いてくるローレンスを見つけた。横にはもう一人の騎士がいる。
ローレンスも俺の存在を確認したようだ。
どうしよう。このまま気づかないフリでもしようか。
馬鹿、こんなところで弱気になってどうする! ちゃんと話をつけるんだ!
「あの副団長、昨日のことなん……ですけど」
しかし、俺の言葉に気を止めることなく、ローレンスはそのまま歩き去ってしまった。
「え、ちょっと!」
なんなんだ。敬語まで使ったというのに。
「ははは! 見事に無視されたな! 今の様子だと、お前が副団長を負かした男…… シンとか言ったか?」
もう一人のガタイの良い男が、愉快そうに聞いてくる。
「まあ、はい……」
「随分と若いやつだな。 もっと筋肉モリモリの野郎を想像してたんだが」
俺は苦笑で答える。
「なあ、ここだけの話、どんなトリックを使ったんだよ?」
「は?」
男の言っている意味がわからなかった。
「模擬戦に居合わせた団員の話がどうも信用できなくてよ。 大金でも払って八百長でもしたのか?」
小声でそんなことを言われる。品のない笑みを浮かべる、男の顔が俺に近づく。
信用されてないのか……
まあ、十六の子供が副団長を倒すなんて、普通信じられないよな……
ここは適当にあしらって、穏便に済まそう。そう思った矢先、男の方へ一歩進み出たのはサーシャだ。
「ふざけたことを言うな。 こいつは正々堂々、自分の力で勝ったんだ。 お前なんかにーー」
「あのな、ベスティアの嬢ちゃんよ。 上司に対してその口の聞き方はねえんじゃねえか?」
優しく諭すような言い方と裏腹に、男の顔には明らかに不快感が現れていた。
これはまずい流れだ。
「由緒あるアウレウス騎士団にふざけた方法で入って、その上、目上の者にその態度はなんなんだ?」
「私は正しいことを言ったまでだ。 お前みたいな雑魚はーー」
「サーシャさん!」
ガーネットがギリギリアウトのところで、言葉を遮る。
「すみません。 この子に悪気はないんです」
ガーネットが代わりに頭を下げた。
「ふははは! 面白いやつらだ! 俺はタイソン」
タイソンが自然に腕をこちらに伸ばす。
意外と良いやつなのか?
俺もそれに応じようとすると、その手を強引に引っ張られた。
「二度と舐めたことを言うんじゃねえぞ? ここにいれなくなってもしらねえからな?」
息のかかりそうな距離でそう脅される。タイソンはそれだけ言うと、肩を揺らし歩いて行った。
あんなやつがアウレウス騎士団にいるのか。他の二人も同じことを思っていただろう。




